ふわふわと、ふわり
月兎 咲花
≪春≫覚えられないクラスメイトの名前
これはもう会えない彼女にもう一度出会うための、回顧録。
入学式が終わり、そろそろクラスメイトの顔と名前を覚え始めてきた春。
「キミト君、もう学校が始まって一週間経つけど、みんなの名前覚えた?」
「在校生全員の名前なんて流石に無理」
「もー、違うってば。クラスメイト、ク・ラ・ス・メ・イ・トの名前だってばー」
突然僕に話題を振ってきたのは、クラスの女子。
背が低く、飛び級をしたと言われても違和感がない。
「唐突になんだよ・・・・・・」
「だって、もう一週間だよ。そろそろみんなの名前も覚えた頃かなって思って」
「そもそも、そっちの名前を憶えてないんだけど」
「むー。ふわりだよ、
彼女はふくれっ面を僕に向けながら、改めて自己紹介してきた。
「知ってる」
「そうだよね、キミト君はすぐそうやってからかう人だもんね」
そっぽを向きながらぷりぷりしてるのは、なんだか幼い女の子が怒ってるみたいで可愛い。
「僕は人の名前を覚えるのが苦手なんだよ」
「嘘つき、キミト君はすぐ覚えてたじゃん」
苦笑いする僕を見ずに彼女は唇を尖らせる。
別に嘘ではないんだけど、それにしても彼女は僕よりは覚えるのが苦手そうだ。
何故なら、彼女は僕の名前を間違えているから。
僕は別に気にしないので、特に訂正することもなくそのままにしている。
「そういう花遊はどうなんだよ?」
僕はせっかく自己紹介をしてくれたのだからと、名前を言いながら尋ねた。
「キミト君、何度も言ってるけどね。私のことはふわりって呼んで。ふ・わ・り」
僕にそっぽを向いていた彼女は、僕が彼女の名前を呼ぶとジト目で圧を掛けるように顔を寄せてきた。
ち、近い・・・・・・。
「はい、キミト君。りぴーとあふたみー、ふわり」
「え、やだ」
「やだぁぁぁぁぁぁ?」
彼女は僕の反応に心底驚いたような顔をする。
「で、花遊」
「だから、ふわりだって」
「で、ふわなんとかさん。それはいいから話を進めようよ」
「よくなぁぁぁぁぁい。ちゃんと名前で呼んで」
「だから、僕は名前を覚えるのが苦手なんだって」
「なんでよー、さっきから何度も名前言ってるじゃん、ふわりだよ? ふわり、ふ・わ・り」
「それは分かったから、花遊」
むー、と彼女はむくれる。それも見事な頬袋だ。
ハムスターが口にヒマワリを詰め込んでるのかと思うくらいに、パンパンに膨らませてる。
ふわりって呼んでよ、ねーえー。
駄々をこねるようにして、名前呼びを強要してくる。
それを断固無視していると、それ以上は膨らまないやろと思っていた頬がさらに少し膨らんでいた。
どんだけ膨らむのと笑えてきた。
「あんまり膨らませすぎると空に飛んで行っちゃうよ」
「ぷぅ」
僕の言葉に、花遊は頬に貯めていた空気を吐き出す。
「くくく」
「どうして笑うんだよー」
「だって、なんか拗ねた子供みたいで可愛かったんだもん」
「私は子供じゃないぞ」
ふんがーっと今度は怒り始めた。
「あはははは、もう無理。花遊もう限界」
僕はツボに入ってしまい、笑いが止められない。
そんな僕を見ながらまた、頬を膨らませる。
ず、ずるいよ、花遊。
僕が涙を流すほど笑っていると、彼女はもー。と牛のように唸る。
「とーにーかーく、何人くらいの名前を覚えた?」
余程僕の言葉を信用していないのか、花遊は僕の記憶力の方を信じているっぽかった。
その目はまさに希望に満ちていた。
その期待は重いぜ、花遊さんよ。
「そういう花遊はどうなんだよ」
「えー、わたしー? ふふん、当然覚えてるよ。さっちゃん、あーちゃん、なっちゃんにゆーちゃん!!」
フルネームどころか、まともに苗字すらも出てこない・・・・・・。
「フルネームで言ってみろ」
今度は僕が少し顔を寄せて、圧をかけながら言ってやる番だった。
「えっ、さっちゃんは・・・・・・さっちゃんで、あーちゃんは・・・・・・」
思った通り、面白いように言い淀んだ。
えっと、えーっととちゃんとした名前が出せず、花遊は困っていた。
さては、誰の名前もちゃんと覚えてないな?
「それは名前を覚えたうちには入らないだろ・・・・・・」
僕は思わずため息を吐いた。
そのため息を見た彼女は慌てて。
「いーの、これで大抵の人には伝わるし。コミュニケーションも取れるから!!」
「でも、僕には伝わらなかったじゃん」
「う゛」
声にならないうめき声をあげている。
「でも、クラスの子と話すときはこれで伝わってるからいーのー」
何故かふんぞり返った彼女を見ながら、僕はどこか納得は出来なかった。
「ホントかよ・・・・・・」
「ほ、んとだよ!! そういうキミト君はどうなのよぉ」
これ以上追及されるのを阻止したかったのか、花遊は必死に僕に振ってくる。
あまりにあからさますぎるけど、これ以上はかわいそうだし話に乗ってやるか。
「全っ然、覚えてない」
僕もふんぞり返って堂々と言ってのけた。
「えー、うそー。絶対嘘だぁ、そう言って実はちゃんと覚えてるんでしょ」
自信満々に答えたのに、信じてもらえなかった。
それが残念ながら、嘘じゃないんだよなぁ。
花遊はじーっと僕の目を見ながら顔を近づけてくる。
ち、近い・・・・・・。
「花遊、近いって」
「あっ、ごめん。キミト君が嘘つきオオカミに見えたからつい」
彼女はバッと身を引いて、照れたように笑った。
「僕ってオオカミなの?」
「だって赤ずきんちゃんに出てくるオオカミも、三匹の子ブタに出てくるオオカミもみんな嘘つきじゃない」
「僕はオオカミ少年じゃないぞ」
「キミト君はオオカミに変身出来ないの?」
なんのこっちゃっと呆れるが。
「清廉潔白な僕がオオカミな訳ないでしょ」
「ふふふふ、キミト君が清廉潔白ねぇ」
彼女は笑う。
「そうだよ、花遊と違ってね」
ニヤリとして言ってやった。
「キミト君てさ、一言余計ってよく言われない?」
「そこでその返しはズルくないですか、花遊さん」
「しらなーい」
彼女はそっぽを向く。
今日は花遊の横顔をよく見る日だなぁ、正面に座ってるはずなのに横顔ばっかり向けられてる気がする。
「で、なんだっけ? 僕の記憶力が悪いって話だっけ」
「違う!! 物覚えの良さそうなキミト君がちゃんと答えてくれないって話」
良さそうってだけで、決めつけられるのも困るんだけど・・・・・・。
「じゃあ花遊にクラスメイトの特徴言って貰って、それが分からなければ僕の言ってるのを信じてくれるってこと?」
「うーん、そうかも。でもわざと間違えたりは無しだよ。キミト君はすぐに隠そうとするんだから」
「能ある鷹は爪を隠すって言葉を知らないか」
「私はそもそも爪を隠す意味を聞いてるのよ」
うぐっ、僕は言葉に詰まった。
「とりあえず問題出してよ」
彼女はふーんと何かを察しつつもそこには触れずに、じゃあと問題を出す。
「問題ね。ボブカットのちょっと髪が茶色っぽい細身の子は?」
ちょっと待て、この問題は簡単すぎないか。
「山城 優香≪やましろ ゆうか≫」
彼女は目を見開いてびっくりしながら、ほらーっと言ってくる。
「やっぱり覚えてるじゃん、すぐ答えられるじゃん!!」
むしろなんでわからないと思ったのか、そっちの方が分からんわ。
我らがクラスの委員長様だぞ、さては委員長選任のとき寝てやがったな。
クラス委員長が決まったのは今日のホームルームでだぞ。
委員長ぽい特徴あげられたら、とりあえずあげてみるだろ。
「ほらぁ、やっぱり知ってるじゃん!! しかも女の子の名前なのに」
「クラス委員長だぞ・・・・・・」
彼女はそれを聞いて、あっという顔を一瞬だけした。
「今度は男の子から出すね」
しれっとなかったことにしたよ、こいつ。
「一回で終わりじゃなかったのか」
「私は一回で終わりなんていってないですー。それにさっきのは簡単すぎたからね」
「うちの委員長も知らなかったくせに」
「はい、次出しまーす」
強引に話を持っていきやがった。
誰にしようかなぁと、顎に指を当てながら考えている。
よしっ、と花遊はなにか思いついた様で。
「と、友達が多そうな・・・・・・」
「
まだ一週間くらいで、すぐに出てくるのはコイツしかいなかった。
「なんでこれだけでわかっちゃうのー」
やっぱり正解だった。
「まだ学校が始まって一週間しか経ってないし、そのなかで言ったら荒木しか居ないだろ」
「まー、そうだねー。出す問題間違えたぁー」
「ちなみに他のヒントは何を出そうとしてたの?」
ううう、とうなだれる彼女に他のヒントを聞いてみた。
「髪の毛が立ってるとか、窓際の席とか・・・・・・」
「そっちを先に言えば、流石に即答出来なかったけどなぁ」
「えええええええ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ」
花遊は目の前で大きく、嘆く。
流石にオーバー過ぎて苦笑いが出る。
次はキミト君にも、分からないのにしてやるーと息まきながらスマホを取り出した。
最初となんか趣旨が変わって来てないか?
スマホの画面を僕に見せながら「今度はここから出すね!!」と言って画面をスクロールし始めた。
「わからなそうな名前にしたいし、見ないで決めちゃおー」
なんだか楽しそうに画面をスクロールする花遊の顔を見ていると、不意にドキッとしてしまった。
だから彼女から目を逸らすように窓の外を向いた。
「どれにしようかなぁ。神様の言うと・お・り!!」
最後は神頼みかいっ、と心の中で突っ込みを入れる。
「ねぇねぇ、キミト君、次はこの人だよ」
花遊に呼ばれて彼女のスマホの画面を見る。
『島原達樹』と表示がされていた。
「島原達樹だな」
僕は画面に表示をされているままを読み上げる。
「なんで、また分かったの!? ランダムで選んだのに」
僕は彼女のスマホを指さした。
「あああああああ、キミト君ズルしたんだ!!」
「ズルじゃないって、花遊のチョイスが悪い」
彼女は名前が本名のアカウントを確認して呻いていた。
「キミト君ズルいぃぃぃ」
神様に委ねたのが間違いだったんだ、と花遊は神様の所為にした。
いっそそのまま天罰でも下ればいいのに。
「次はちゃんと選ぶから覚悟してね」
人差し指をビシッと僕に向けながら宣言。
流石に恥ずかしかったのか少し顔が赤い。
「次はちゃんとちゃんと頼むよ」
わかってるよー、と言いながらまたスマホに視線を落としてスクロールしている。
指の動きが行ったり来たりしているのが見える。
そうとう悩んでいるみたいだ。
少し頬を赤くしながらも、うーっと唸りながら真剣な顔でにらめっこしている姿が微笑ましく思えた。
「決まった!! これだ。ん? キミト君どうして笑ってるの?」
とっさに口元を手で隠した。
「笑ってなんてないよ」
「どうせ、こんなに一生懸命探したって無駄なのになぁって思ってたんでしょ。次はちゃんと難しいやつ選んだもん」
彼女はスマホの画面を僕に向けて来た。
「金魚ちゃん・・・・・・」
「流石にわからないんじゃないかなぁ」
僕は表示された名前を読みあげて悩む。
そんな僕を花遊はニヤニヤとしながら見ている。
「流石のキミト君でも今回は分からないと思うよ」
僕の様子を見てわかるはずがないと踏んだ花遊は、鞄からせんべいを取り出した。
「わかったら、これあげる」
「わしゃ、じいさんかっ」
思わずツッコんでしまった。
そのツッコみを食らった花遊は、どこか寂しそうな表情を浮かべる。
せんべい、僕も好きだよ。おいしいよね、うん。
「おいしいのになー」としょんぼりしながら、袋をピリピリと開けてバリバリと口に運ぶ。
僕はその悲しそうな花遊に若干心を痛めながらも、出した言葉を引っ込められないことを少しだけ後悔した。
「か、花遊・・・・・・」
「しょうがないから、当たったら代わりに帰り道のコンビニで肉まんでも奢ってあげる」
「おおおお、景品は肉まん。絶対当てないとな」
「キミト君さっき何か言いかけなかった?」
別になんでもないよと答えると、花遊はキョトンとした顔でまぁいっかと返事した。
「見てろよ、絶対に当てて肉まんを奢らせてやる」
「ふふん、当てられるものならどうぞ」
花遊はこの時点で余裕の笑みを浮かべている。
さてと、とは言うものの正直このレベルだとあてずっぽうになるんだよなぁ。
ただ、どこかで聞き覚えもある気もする。
僕はどこで聞いたのか必死に思い出そうと俯く。
「ふっふっふ、やっぱりわからないでしょー」
今までが即答だっただけに、珍しく考え込んでいる僕に向かってドヤ顔を決める。
見てないから想像だけど。
そんな彼女を無視して、僕は最近の出来事を思い出してみる。
────あっ。
「金城・・・・・・?」
名前を出すが彼女は何も言わない。
僕は顔を上げて彼女の顔を見た。
目を大きくして時が止まっていた。
それからゆっくり動き出すようにして。
「な、なんでぇー」
と教室に響くくらいの声で驚いていた。
ガタッと机が動くと、僕の顔の至近距離にまで彼女の顔が来ていた。
制服の隙間から鎖骨や首元が見える。
花遊の姿勢にドギマギして、僕は慌てて理由を言った。
「だっ、だって、少し前に金城のこと金魚ちゃんって噛んでクラスメイトに笑われてたじゃん。言われてた金城はなんか可愛いとか言ってた気がする」
それを聞いた花遊は更に身を乗り出すように前のめりになる。
僕の目が服の間から見える首元に行ってしまう。
これ以上視線が落ちないように踏ん張る。
「よくそんなことまで覚えてたねー」
花遊は感心する。
それから乗り出した体を元に戻して、座る。
僕は見えそうな胸元が遠ざかって行ってしまったことに、少しだけ残念な気持ちを抱えた。
クイズの正否より、花遊のしぐさの方がよっぽどドキドキした。
いつもより少しうるさい心臓の音を聞かせまいと落ち着かせていると、彼女はじーっと僕を見ている。
「やっぱりキミト君は記憶力がいいなぁー」
独り言のように呟いた彼女の言葉に、まだ収まらない鼓動を隠すように被せて。
「じゃあ、約束通り肉まんよろしく」と言った。
「い、一問だけとは言ってない」
僕の言葉にハッとなったのか、花遊は慌てて言い繕う。
「そんなに奢りたくないのか」
「そういうわけじゃないけどー、でも一回だけなんて面白くないじゃん?」
めっちゃバシャバシャ目が泳いでるんだけど。
もう少し付き合ってあげてもいいか。
「つぎはー、えーっと、絶対わからないのにしてやるー」
彼女がまた必死でスクロールしている。
なんか最初とは趣旨が変わってきている気がするなぁ、と苦笑いが出る。
「もー、キミト君笑わないで。一生懸命探してるんだから」
そんなところで一生懸命になるなよ。
唇を尖らせて、唸りながら一生懸命探してる姿がなんだか可愛くて、今日見ないフリをしつつも花遊の顔を盗み見る。
そんななか花遊に「これっ」っといきなり画面を見せられてびっくりした。
びっくりした僕を一瞬不思議そうにするが、やっとお目当てのものを見つけられてからか、気にせず押し付けてくる。
「ノミの心臓@世界を救うのは俺たち・・・・・・」
「なんだこれ」
思ったことが口から出ていた。
しかも名前が長すぎて花遊のスマホの画面に表示しきれてないし。
花遊のスマホの画面に表示された名前と睨めっこしながら、僕は首を傾げた。
心当たりが全くない。
「これ、誰だろうねぇ」
花遊は僕を挑発する。
その言い草に若干イラッとはしたが、今はつけそうなやつを考えるのが先だ。
「山西・・・・・・、尾羽・・・・・・、多知・・・・・・」
思い浮かんだ名前を挙げてみるがどれもピンとこない。
花遊は反応のない僕に飽きたのか、また鞄からせんべいを取り出してボリボリと食べ始めた。
「なんで、せんべい常備してるんだよ・・・・・・」
「だっておいしいんだもん」
もんって、分かるけど考えてる頭にはこのボリボリ音が妙に雑音になる。
ボリボリ音に思考を邪魔されながら、ふと思いついた名前があった。
「寺川・・・・・・、じゃないか?」
僕は自信なさげに答えた。
それを聞いた彼女は。
「しらない」
もう興味もなくなったよう。
「えっ、知らないの!?」
「知らないよ、だって最初に誰だろうねって言ったじゃん」
「あれって、自分も知らないよってことだったの!?」
「そうだよ」
てっきり煽って来てるんだと思ってた。
「知らないってマジで?」
「うん、わかんない」
彼女は何でもないように言いながら、せんべいをバリバリ。
あっ、コイツさてはもう飽きてきてたな。
「なんで、花遊も分からない奴を選んだんだよ」
「だって、キミト君が分から無そうだったから」
「二人ともわからないんじゃ、クイズにならないじゃん」
「確かに!!」
今更気づいたかのような反応。
僕は呆れながら窓の外を見る。
少し日が傾いて来ていた。
「そろそろ帰ろうぜ、帰りに肉まんよろしく」
「最後キミト君だってわからなかったのにー」
「そんなこと言うなら、唐揚げもつけてもらおうかなぁ」
「なんでもないよ、肉まん食べよう」
花遊は自分の席に掛かっている鞄を取りに向かう。
なかなか楽しい時間だったな。
そう思っていると、花遊はそそくさと教室のドアの前まで行って僕を呼ぶ。
「花遊待ってくれよ」
僕も鞄を持って花遊を追いかけた。
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