2章 3 イナクの村

 ――黄昏時


私達を乗せた馬車はマルケロフ家の最後の領地、イナクに到着した。


「へ〜。村と言うからどれだけ寂れているかと思ったけれど建物は綺麗だし、道は舗装されている。お店だって立ち並んでいるわね。思ったより都会じゃない」


う〜ん、残念。カメラがあれば、この風景を写真に収めることが出来たのに。

村の中に立ち並ぶ建物は全て木製で、何とも可愛らしい作りをしている。

さすが、村人たちが林業に携わっているだけのことはあると思わず感心してしまう。


すると私の言葉にジャンが呆れた眼差しを向けてきた。


「リアンナ様、一体どれだけ田舎だと思っていたのですか? 仮にもここはマルケロフ家の領地ですよ? 用水路だって張り巡らされている程なのですから」


ジャンは私が先ほど、イナクではシャワーを浴びれるのだろうかと独り言を呟いていたのを聞いていたのだろう。


「本当? それじゃ、シャワーを浴びれるのね?」


私の変わりにニーナが尋ねた。きっと彼女もシャワーのことを気にかけていたのだろう。


「勿論さ。熱いシャワーを浴びることだって出来る、それじゃこの村で唯一の宿屋に行ってみよう」


宿屋は一軒しか無いのか。

やっぱりここは田舎なのかもしれない……と、口にするのはやめた――



****



 ジャンが案内してくれ宿屋は、まるでロッジそのものだった。


もうすぐ夜になるという時間に、村でたった1軒の宿屋。果たして部屋が空いているか不安だったが、その心配は杞憂だった。

宿屋の主人の話によると、この村は大した特産品も観光名所も無い場所なので宿泊する客は1人もいないらしい。

なので宿屋というよりは、食堂として経営しているとのことだった。


当然全ての部屋が空き室だったので、今夜は3人共別々の部屋を使うことにしたのだが……。



****


「え? ハトとウサギが荷馬車の中にいるだって?」


食堂にいる私達に飲み物を運んできた主人が目を見開いた。


「はい、そうなんです。荷馬車の中には10羽のギンバトと、ウサギが3匹います。皆の分の餌を用意して貰いたいのですけど」


「リアンナ様。ウサギの餌は人参なのでしょうが、ハトの餌って何ですか?」


「俺も知りたいです」


ニーナとジャンが尋ねてきた。


「餌……」


そうだ。ハトって何を食べるのだろう?

マジックの仲間たちと飼育していた時はペットショップで鳥の餌を買って与えていたけれども、本来ハトは何を食べるのだろう?


「あの、ご主人。ハトは何を食べるか御存知ですか?」


そこで私は宿屋の主人に尋ねてみた。


「え? 俺に聞くのかい? 悪いが、知らないよ。だが、知人が養鶏場を経営している。彼に聞けば分かるかもしれないな」


「鳥の餌はえんどう豆や、アワ、ヒエ。トウモロコシ、麦等だ。麦が一番手頃な餌だと思う」


すると不意に背後から、よく通る声が聞こえた。


「え?」


突然の声に驚いて振り向くと、私達から少し離れたテーブル席にマント姿の人物が背を向けて座っている。

フードを頭から被っているのでどのような人物かは分からないが、声は男性の物だった。


「教えて頂き、ありがとうございます」


戸惑いながらも御礼を述べると、男性はこちらをみることもなく右手を軽く上げた。


「リアンナ様、私達以外にもお客がいたのですね」


そっとニーナが耳打ちしてくる。


「え、ええ。そうみたいね」


いつの間に、お客がいたのだろう? 店内には私達しかいないと思ったのに。


「そうか、麦か。麦なら物置に沢山おいてあるよ。今、持ってきてあげよう」


「ありがとうございます、ご主人。お代は宿代に上乗せして下さいね」


すると、ジャンが立ち上がった。


「俺も手伝いますよ。これから先も餌は必要になるのだから、沢山必要になるでしょうからね」


「え? ジャン、食事中なのに大丈夫なの?」


「ええ、構いません。俺はもう食事は終わっていますから」


確かにジャンのテーブルの上の皿は綺麗に無くなっている。


「それじゃ、兄ちゃん。一緒に来てくれ」


「はい」


2人が食堂からでていく姿を見届けると、私は先程の男性客に再度御礼を伝えようと振り返った。


「……あれ? いない?」


「本当ですね? さっきまではいたのに……いつの間に出ていかれたのでしょうね?」


ニーナも不思議そうに首をかしげる。

男性がいたテーブルの上には何枚かの紙幣とコインが乗っていた。


「気配を消して出ていくなんて、只者では無いかもしれませんね」


「ええ、そう……ね……」


確かにそのことも気にはなったが、私にはもっと気になることがあった。


それは、先程の男性の声だ。


どこかで聞いたことがあるような声なのだが……それが誰なのか、少しも思い出せなかったからだ――

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