少年賢者アルム・サロクの事件簿 ~小さい天才は謎を相手に無双する~ 【魔法陣殺人事件】
ヤマタケ
魔法陣殺人事件
事件編
少年賢者、ランベルト侯爵のお屋敷に行く。
俺を乗せた馬車が、ゆっくり、ゆっくりと進んでいる。あまりにもノロノロとした速度に、俺は嫌気がさしていた。
そして俺と一緒に馬車に乗るリリーは、隣で盛大に欠伸をしている。
「ふああああああ……こうのんびりだと、眠くなっちゃうね?」
「そんなに眠いなら寝てていいぞ。着くころには起こすから」
「ホント? ありがと、パパ」
リリーはお礼を言うとともに、そのまま俺にのしかかってきた。
「ああもう、やめろ、俺を枕にするな!」
俺の倍くらい身長と体重のある娘は、人のことをまるで抱き枕か何かだと思っている。一緒に暮らし始めて5年ほどたつが、いまだに寝るときは自分を抱いていないとぐずってしまうのは、本当にどうにかならないものだろうか。
「――――――はぁ」
俺はため息をつきながら、のんびり揺られる馬車の外をチラ見した。
「御者さん、あとどれくらいで着きますか?」
「へえ、あと1時間もあれば」
馬車の御者ものんびりとしていそうな人柄で、そのせいか馬車を引く馬ものんびり。何もかもがのんびりしすぎだ。
「しかしお客さん、ランベルト侯爵の30回忌パーティーに、一体何の用なんです? お呼ばれしてるとは、とても思えませんが」
「まあちょっと、用事があるんですよ」
「へえ、用事ねえ」
御者が訝しげにこちらを見つめるのも、無理は無いだろう。
何しろリリーに抱き着かれている俺は、見た目10歳程度の少年。そして俺に抱き着いてすやすや寝息を立てているリリーは、17歳くらいの女性だろうか。
とてもじゃないが侯爵家の催しに来るようなメンツでないことは、自分が一番よくわかっていた。
*****
「――――――アルム・サロク。お前さんご指名の依頼が来てるぞ?」
「俺に?」
厄介になっている冒険者ギルド兼酒場のマスターが、そう言って俺に依頼書を差し出してきたのは、3日前の事だ。
つい先日も遺跡の調査に駆り出されたばかりだというのに、人使いの荒い冒険者ギルドである。
「依頼人は?」
「我らが領主様のホルムス卿だよ。ランベルト侯爵のパーティーに招待されたそうなんだが……行きたくないってさ」
「マジか……」
ホルムス卿というのは、俺たちが現在拠点にしている冒険者ギルドのある町、ベイカーンの領主だ。地方貴族の中でも有力な、いわゆる辺境伯という奴である。
そしてランベルト侯爵は、ホルムス卿と同じく辺境伯だ。
「ちなみに卿が行きたくない理由、お前にわかるか?」
「……遠いからだろ?」
「正解! さすが我がギルド1の天才少年」
「ちょっと考えれば誰でもわかるよ。あと、地図があればな」
辺境から辺境というと、かなりの距離になる。移動時間を考えると、非常にだるいことこの上ない。もし同じ立場だったら、俺も絶対行きたくない。面倒くさいもん。
「ランベルト侯爵は知識人だからな。同じく知識のあるお前さんなら、きっといい感じに収められると思うって事でのご指名よ」
「……ちなみに断るって選択肢は?」
「援助打ち切られたいならいいんじゃないか?」
「拒否権ないじゃないか! わかったよ、行くよ!」
ホルムス卿は俺がこの町に来てからずっと目にかけてくれている。もし見捨てられたら、俺は終わりだ。
即答する様を見て、ギルドマスターはコップを拭きながらはっはっはと笑っている。
「頼りにされてんだよ。しっかりやれよ、「賢者の里」の末裔さんよ!」
――――――世界最高峰の頭脳を持った集団「賢者の里」の末裔。
それがこの俺、アルム・サロク(10歳)というわけだ。
*****
ランベルト侯爵の屋敷に辿り着いたのは、御者に言われた2時間後だった。あの御者、結構適当なことを言いやがって。
「リリー、起きろ、着いたぞ」
「ふあああああああ……良く寝たぁ」
「そりゃあ良かったよ……」
屋敷に着くまでの間、リリーはずっと俺を抱き枕にしていた。おかげで動けなかった俺の身体はガチガチだ。
馬車を下りて侯爵の屋敷に降り立つと、とても大きな屋敷だということがわかる。
「はえー、でっかいお屋敷だねぇ」
「辺境伯って、権力あるからなあ」
ホルムス卿の屋敷にも俺は行ったことあるが、あの屋敷も相当でっかかった。ランベルト邸は、それ以上に大きい。
正門に向かうと、これまた大柄な門番が、これまたでっかい槍を持って立ちふさがっていた。
「こらこら、止まれ。坊やたち、何の用だ?」
俺たちが門の前に立つと、案の定門番に止められる。そりゃそうだ。だって子供と、それにくっついている女一人ずつだもん。そりゃ怪しいよ。
「ここはランベルト侯爵の屋敷。先代侯爵の30回忌の記念式典があるんだ。紹介状がないと、中には入れんぞ」
「はい、じゃあこれ」
「……ホルムス卿の代理人? 君が?」
門番は紹介状と俺たちを交互に見やりながら、うーんと唸る。
「……むむむむむ。10歳くらいの子供に、年上っぽいが子供みたいな女。確かに、見た目の特徴は一致するな……」
門番はしばし考えた後、カァン! と槍で地面を叩く。
「ええい、仕方あるまい! 通ってよし!」
「「ありがとうございまーす」」
頭をぺこりと下げて、俺達2人は屋敷の中へと入っていった。
*****
正門から屋敷の中に入ると、結構な人がいた。その分類は老若男女多岐にわたる。中には自分より年下の子供もいたが、そういう子供は大抵、お母さんに手を引かれていた。
その光景を見て、ふと、俺の脳裏にある光景が蘇る。よその学園に留学する前に、両親に手を引かれて故郷を歩いている光景だ。
――――――その景色をもう、見ることはできないが。
「……パパ?」
「何でもないよ、行くぞ」
リリーは心配そうにこちらを見つめてくるが、俺は気にしないで歩き出した。
「あの、すいません。ホルムス卿の代理で来た者ですが」
「はいはい。……はい、アルム・サロク様ですね」
ほかの客と同様に、紹介状を受け取っている老人に渡す。ピシッとした服を着た更年の男性は、俺を見るとにこやかにほほ笑んだ。
「ようこそいらっしゃいました。私、当屋敷の執事と本式典の幹事を務めております、セバスチャンと申します」
セバスチャンは隙のない所作で、俺達に地図を渡してくれる。
「本式典は旧館と中庭で行います。この建物ですね。奥の新館は立ち入り禁止なのでご了承ください」
地図を見ると、俺達がいるのは旧館。そして、中庭を挟んで新館があるらしい。このパーティーは夜には終わるので、俺たちは旧館で一泊した後、帰るというわけだ。
「アルム様たちのお部屋はこちらになります。ご案内いたしましょう」
「ところで、何で旧館と新館があるんですか?」
「ええ、この旧館は先祖代々伝わる屋敷なのですが、余っていた土地に、マ―――――」
そう言いかけたところで。
「――――――おいコラ、そっちは立ち入り禁止だぞ! このガキ!!」
怒声が聞こえてぱっと振りむくと、中庭でさっき見かけた子供が、大人に怒鳴られている。
「すみません、うちの子が……」
「チッ、教育がなってねえぜ。これだからガキは嫌いなんだよ、俺は」
銀髪であちこちに装飾品をつけた男は大層不機嫌そうにぼやく。そして、子供を威嚇するように蹴る素振りを取った。
「おら、とっととどっか行け! 目障りなんだよっ!!」
「……うわああああああん!」
男の粗暴な態度に、子供は我慢できずに泣き出してしまう。母親も逃げるように、子供の手を取って離れていった。
「マーカス様、いくら何でも子供相手にあの態度は……」
「うるせえ、メリナ! テメエ、新館の掃除は終わったのかよ!?」
「いえ、まだ……大声が聞こえたものですから……」
「だったらとっとと戻れ! 床にチリ一つ残すんじゃねえぞ! 俺様の建てた新館なんだからな!」
吐き捨てるようにそう言うと、男は舌打ちしながら旧館の方へと歩いてくる。言い争いをしていたメイドらしき巨乳の女性は、しょんぼりしながら新館の方へと歩いて行った。
「……あの人が、侯爵の息子さん?」
「左様でございます。ランベルト侯爵家嫡男、マーカス・ランベルト様です」
「あん?」
自分の名前が呼ばれたのに気づいたのか、マーカスはずんずんとこちらに向かって歩いてくる。こっちの顔を見るなり不機嫌そうだ。俺も嫌になる。
「――――――おい爺や、何だこのガキども?」
「ホルムス卿の代理の方でございます。今、客室にご案内するところで」
「ホルムス卿? ……ガキなんざ寄こしやがって、舐めてんのかよ」
マーカスはじろりと俺を見下ろすと、グワシっと頭を急に掴んできた。
「おいクソガキ、俺は機嫌が悪いんだ。ジジイの30回忌だか知らねえが、こんなめんどくさいパーティーになんぞ出ないといけねえ」
そして、しゃがみ込むと、俺の目を見てぎろりと睨みつけてきた。
「――――――俺様の気に障ったら叩きだしてやるからな。おとなしくしてろ」
「ぼ、坊ちゃん! 子供相手に……」
「うるせえ、俺はガキが大嫌いなんだよ!!」
そう言い、マーカスがそのまま俺の髪の毛を掴もうとしたところで。
「――――――私のパパに、乱暴しないでっっ!!」
「あ、リリー、よせ……」
――――――バキィッ!!
「――――――ぐぶぁぁあああぁぁあっ!!?」
俺が言い終わる前に、リリーの強烈なハイキックが、マーカスを中庭向こうの屋敷の壁まで吹き飛ばしてしまった。
……だからよせって言ったのに。あーあ、やっちゃったよ。
強烈な蹴りを食らったマーカスは、そのまま意識を失ったらしい。気持ち的には、「ざまみろ」が4割、「死んでないよね?」が6割くらいだ。
「……お、おい……あれ……!」
中庭にいた賓客の一人が、リリーを指さして青ざめている。
マーカスを蹴り飛ばしたリリーは、背中から漆黒の羽を生やし、これまた漆黒の尻尾がうねうねとうごめいている。
グルルル、と牙をむく彼女の表情は、人間らしさはほとんどない。情動によって動く、凶暴な魔物そのものだ。
「……あ、悪魔……!?」
「なんで、こんなところに悪魔が……!」
屋敷の人たちがざわめき始めた。こりゃマズい。
「リリー! 戻ってこい!」
「でも、コイツ、パパ、いじめようとした……!!」
「いいから戻って来なさい!!」
リリーはしばらく唸っていたが、何度か呼びかけるとしゅんとして戻って来た。
「……アルム様、今のは……?」
「コイツ、俺の使い魔なんです。ほら、ここ」
目を丸くしているセバスチャンに、俺は手の甲に刻まれた印とリリーの首に刻まれた印を見せた。
「……その年で、
「そういうのとはちょっと違うんだけど。……あの人、大丈夫?」
「大丈夫だよ。死なない程度に蹴ったもん」
「お前の力加減は信用ならねーんだよ!」
リリーの「痛くしないから」は、大抵めちゃくちゃ痛いからな。
「……大丈夫です、気を失っているだけのようで」
「あ、そう。そりゃ良かった」
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、俺は周囲から冷ややかな視線に気づいた。
「ねえ、
「仮にそうでも、こんなところに連れてくるか……?」
「あんな、子供が……?」
ああ、こりゃ悪目立ちしすぎたな。
そう思った俺は、セバスチャンに部屋の番号だけ教えてもらって、先に行くことにした。
こりゃ、パーティー中もおとなしくしてた方がよさそうだ。
*****
「デコピン!」
「いたぁ――――――っい!」
部屋に着いた俺が最初にしたことは、リリーにお仕置きすることだった。
魔物使いはそう少ない職業ではないのだが、悪魔使いとなるとそうはいない。不吉な者扱いされることが多いからだ。なので、結構目立ってしまう。
本音を言えば今回もリリーを連れて行きたくはなかったのだが、「連れてかないと暴れてやるー!」と脅されて、「おとなしくしてろよ?」という約束の元連れてきたのだ。さっき破られたけど。
そのため制裁は必要。なのでデコピンである。
「おとなしくしてろって言っただろ!?」
「だってぇ……パパが悪い奴に襲われそうだったんだもん」
まあ確かに、マーカスはあんまり良い奴とは思えないけども。
「だったら止めるだけでいいだろ? 何で蹴っちゃうかなあ」
「勢い!」
デコピンもう一発追加。リリーは泣きながら床で悶えていた。俺はため息をつく。
「……どうすんだよ。パーティー、出にくくなっちゃったじゃんか」
あの嫡男、絶対こっちを目の敵にしてくるぞ。どうやってやり過ごそうか。……こうなるなら、他の奴も連れて来ればよかったかな。
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされる音がした。
「すみません、アルム・サロク様のお部屋でしょうか?」
「はーい、そうですけど」
ドアを開けると、そこには。
「どうも初めまして。侯爵の妻の、ダリアです」
「……侯爵夫人様?」
これまた煌びやかな赤いドレスを着た、妙齢の美女が立っている。何よりも特徴的なのは、胸に着けているどでかいルビーのブローチだ。
「……本当に子供なのね。ふふふ、ホルムス卿もお人が悪いわ」
夫人は部屋に入ってくると、椅子に座った。そしてドレスの袖から、包装されたお菓子を取り出す。
「賓客の部屋に配って回ってるの。良かったらどうぞ?」
「いいんですか? 俺達、その……」
「マーカスの事なら気にしなくても良いわ。気を失ってるだけだから。本来なら私も咎めるべき立場だったのに、ごめんなさいね?」
そして夫人はこちらを見ると、おもむろに頭を撫でてきた。びっくりはしたが、美人に頭を撫でられて、抵抗する気は起きない。
「……ベイカーンから、良くここまで来たわねえ。たった2人で。偉いわねぇ」
「いや、そんな……」
撫でられながらリリーの方を見ると、明らかに不機嫌そうだ。頬を膨らませて、そっぽを向いている。
「あまり楽しむのが目的のパーティーじゃないけど……精一杯、美味しい料理を用意しているから。ゆっくりしていってね?」
夫人はそう言うと、にこやかに笑って出て行ってしまう。
……いい匂いがした。母性ってあんな感じかぁ。
そんな風に思ってたら、リリーからの睨むような視線が飛んできた。
……マジで勘弁してくれ。なんで味方にも目をつけられなきゃならないんだ。
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