第7話

 トキハの案内で本当にA.I.Dに感知されずにオーソサエティータワーの外に出ることができた。外はもう暗くなっていて、久しぶりに浴びる夜風が心地いい。

「レオ、お前に会わせたいやつらがいる」

 そう言って、トキハは裏路地をかいくぐり、古びた工場跡のような建物に案内した。

 そこには、Black Lives Matterのメンバー、カロン、イリス、アーノン、クルトがいた。

「レオ! 無事だったか! 心配したんだぞ!」

 クルトが駆け寄ってくる。

「レオ……、わたし、あなたのこと、心配で……。すべての罪を背負う必要なんてなかったのに」 

 イリスは涙ぐんでいる。

「お前はほんとお人よしだよな。お前ひとりの責任じゃねぇっつうの。あたしらも共犯。忘れんなよ」

 カロンがぶっきらぼうにも温かい言葉を投げかける。

「レオ……。本当に心配だった……。戻って来てくれて、嬉しい……」

 アーノンが珍しく微笑んでいる。

「みんな……」

 正直、メンバーには申し訳なく思っている。そもそも、俺がグレイの話にのらなければこんなことにはならなかった。メンバーを危険にさらした責任は俺にある。

「ごめんな、お前たちを巻き込んで。すべての責任は俺にある。すまなかった」

 俺は誠心誠意、頭を下げた。それしか、俺にできることはなかった。

「それから、一人だけで罪を背負おうとしたことも、悪かったと思っている。こうするしかなかった。けど、自分を犠牲にしてみんなを守ることで、お前たちを追い詰めたよな。心配させたよな……。ごめんな」

「おいおい、お前が頭下げるようなタマかよ」

 カロンがぶっきらぼうに、少し照れ臭そうに言う。

「それでも、お前はすげぇよ。あたしらのために、命、犠牲にしようとしたんだからな。この借りはぜってぇ、忘れねぇ」

「レオ、お前ってやつはすげぇよ。あんだけでかいデモ活動して、はめられてもみんなのために罪をかぶって。だけどな、俺たちはみんなでBlack Lives Matterなんだよ。お前ひとりが責められることなんかないんだ」

 クルトが珍しく優しげに言う。

「レオの優しいところ、責任感のあるところ、わたしは好きだよ。でもね、あなたのことを大切に思っている人たちがたくさんいるって、忘れないでね」

 イリスがやさしく微笑みながら言う。

「レオ。自分を大切に」

 アーノンが強めの語気で一言だけつぶやく。

「みんな、ありがとう。こんな俺の帰る場所を用意してくれて、ありがとう……」

 俺はもう、号泣していた。

 自分がこんなに大切にされていたこと、気が付かなかった。俺一人が罪を被れば、みんな解決すると思っていた俺がバカだった。こんなに心配をかけていたなんて。

「本当に、お前たちは最高のメンバーだよ……!」

 俺たちは肩を組んで抱き合った。

「レオを待ってたのは私たちだけじゃないよ」

 イリスはそう言って、後ろを指さした。

 そこには、いつも俺たちのライブに見に来てくれる常連たち五十人ほど集っていた。あのとき、デモに参加していた人もいる。

「レオ、ごめんな! 俺たち、知らず知らずのうちにレオを追い詰めてた。良かれと思ってやったデモ抗議だけど、その責任を押し付けちまった。本当にすまない……」

「デモ抗議をした俺たちにも責任の一端はある。それを背負い込む必要なんてなかった。俺たちのために犠牲になる必要なんてなかったんだよ。でも、本当に戻ってくれてありがとう」

「レオには迷惑かけたな。俺たちのデモ抗議がBlack lives Matterに傷をつけちまった。でも、またあの演奏、聴かせてくれよな!」

 誰一人、俺を責める人はいなかった。そのことが本当に嬉しくてたまらなかった。こんな人たちに囲まれて、なんて俺は幸せ者なんだ……。

「ありがとう、みんな。俺を責めないでいてくれて。ここまでついてきてくれて。今度はみんなには迷惑はかけない。俺たちが目指すのは、ハッキングによる無血革命。まだ、俺たちは諦めちゃいない。世界にブラックミュージックを取り戻すために、俺たちは死力を尽くして、音楽を奏で、張り裂けるまで歌い続ける!」

 オー!!!と歓声が沸き上がった。

「トキハ、頼んだぞ」

「そっちこそ、演奏、手ぇ抜くんじゃねぇぞ」

 俺とトキハはパンと手を合わせた。


「新曲を作りたい?」

 俺の提案にみなが一様に驚きの声を上げる。無理もない、俺たちは一曲も曲を書いたことがない。今までもカバーだったし、俺たちが演奏していたのは名前のわからないバンドの「Black Lives Matter」という一曲のみ。あの一曲だけでここまで来れたというのだから、逆にすごい話だ。

「ああ。今回の作戦はどれだけ視聴者数を集められるかの勝負だ。数字で結果を出さなければいけない。そのためには、今までのやり方じゃダメだ。もっとインパクトのある、新曲で挑まないと勝てない」

「でも、俺たち、曲作ったことないんだぜ? それでいけると思うのか?」

 クルトが唇を尖らせて言う。

「確かにその通りだ。俺たちの作曲能力なんてたかが知れてる。だけど、俺たちには”ストーリー”がある」

「ストーリー?」

「そうだ。俺たちがアドミゼブルに制約を受けながらも音楽を発信し続けてきたこと。署名を募ってまで、デモ抗議をしてまで自由への闘争をやめなかったこと。そして、結果的には武力衝突によってすべてを失いかけたこと。そのすべてを曲に込めるんだ。歌詞で、世界にアドミゼブルの窮状を訴えるんだ!」

 俺の気迫にみなが圧倒されていた。でも、俺は本気なんだ。

「俺たちの書く曲はゴミかもしれない。誰も聞いてもらえないかもしれない。才能に恵まれた奴なんか、ここには一人もいない。だけど、みながそれぞれに戦い続けてきたからこそ、俺たちは今、こうして生きている。そのことを伝えられれば、きっと観客は振り向いてくれる。音で伝えるんじゃない、俺たちの魂でぶつかっていくんだ!」

 一瞬、沈黙が流れた。それは、作曲という未知の領域に挑む覚悟と、各々が音楽と格闘してきた日々を回想する時間だったのだろう。

「あたしはやるぜ」

 カロンが声を上げた。

「どれだけできるかはわからねぇ。でも、あたしの音楽人生、全部くれてやるよ」

「……僕も賛成」

 アーノンが小さくつぶやく。

「……曲作りは、よく、わからないけど、アドリブは得意」

「俺も賛成だ」

 クルトが手を上げる。

「今までカバー曲で戦ってきたのが、そもそもおかしかったんだ。ほかの国のバンドはみんなオリジナルでやってる。俺たちにできないはずはない」

 イリスも手を挙げた。

「わたしなら、音楽理論は少しはわかる。きっとみんなの力になれると思う」

「よし、じゃあ、決まりだな!」

 クルトがパンと手を叩く。

「それで、ジャンルはどうするんだ? Black Lives Matterと同じ感じでやんのか?」

 クルトが質問する。

「そうだ。ジャンルはファンクで行く。俺たちの武器は強靭なグルーヴしかない」

「でも、わたしたちにあの曲を超えられる力なんてあるかな……?」

 イリスが気弱そうにつぶやく。

「大丈夫だ。基本的な奏法はみんな、頭に入っている。基礎はできてるんだ。ファンクの基礎的な部分を押さえつつ、俺たちだけの、新しい”Black Lives Matter”を作り出すんだ!」

 クルトがうなずき、こう返した。

「なるほど、音楽で戦うのは……」

「黒人の証!!!」

 みなで答えていた。そうだ、俺の中には黒人の血が流れている。そして、黒人たちはいつだって音楽で政治と戦い、自由を手にしてきた。今ここに、百年後のBlack Lives Matterを完成させるんだ!



「ちょっとここの音、コードとぶつかってる!」

 イリスが譜面を見ながら叫ぶ。

「クルト! キックのタイミングが遅い! テンポもバラバラ!」

 カロンが一緒にリズム練習をしていたクルトに向かって金切り声を上げる。

「わかってるよ! そっちもスラップうまくいってないぞ! 裏拍に気をつけろ!」

 クルトはカロンに向かってケチをつけている。

アーノンは一人無言で譜面とにらみ合いながらソロの練習をしていた。

「ちょっと、レオ! 歌詞まだできないの?!」

 イリスがいらだっている。

「ごめん! あと一時間で仕上げる!」

 今日は作戦決行日三日前。実はまだ曲が仕上がっていなかった。俺たちは連日徹夜で楽曲の仕上げと練習に励んでいる。

 やはり、人生初の作曲は思った以上に困難だった。

まず、メロディが書けない。作詞作曲は俺の担当だったが、ギターをかき鳴らしながらメロディを考えようにも、なにも浮かばない。そこで、イリスの手を借りながら、少しずつモチーフを作り出し、イリスがそれを展開させていった。

 そんなペースなもんだから、作曲だけで一週間を費やし、そこからアレンジ。ここでもコードがわからない、16ビートがわからない、スケールがわからないとてんやわんやしイリスに相当、怒られた。でも、理論がわかるイリスがいて本当に助かった。

そこから鬼のような作曲合宿。練習も含めると、楽曲完成のデッドラインは今日だ。今日確実に仕上げて、あと二日で演奏を仕上げる。かなりの強行スケジュールだ。だけど、みんな苛立ちながらも、少し楽しそうだった。

 思えば、メンバーのみんなとこんなに同じ時間を共有したのははじめてだ。今までは当日にリハをやって、演奏して軽く打ち上げするくらいだったから。

 こうして見ると、俺たちの個性はバラバラだ。でも、それこそが、バンドの形なのだと思う。

「レオ、ボーっとしてないで、歌詞を書く!」

 イリス、なんだか母ちゃんみたいだな。



「プログラムが書きあがったぞ! ってあれ?」

 練習室の扉を勢いよくトキハが開けて入ってきたが、みんなはそれぞれの楽器を抱えて寝ていた。

「トキハ、実は、今やっと曲が仕上がったところなんだ。少し寝かせてあげてくれ」

「え?! 作戦決行は明日だぞ?! そんなんで大丈夫なのか?!」

 結局、作曲は前日まで続いた。一通り、リハも終えたからなんとか大丈夫だとは思う。時間をかけたから、本当に最高の曲ができた。俺たちにしかできない、俺たちの物語。

「きっと大丈夫さ。やれることはすべてやったから」

 俺の顔を見て、トキハはゆっくりとうなずいた。

「じゃあ、作戦決行時間まで、お前も寝ろよ」

「そうさせてもらうよ」

 俺はそのままギターを抱えながら横になった。隣にはベースを抱えたカロンと、トランペットを握りしめたままのアーノンがいる。

「みんなよくがんばったな。明日は最高のステージにしよう」

 そう呟いて、俺は眠りについた。

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