【書籍化】燃費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪)
狭山ひびき
プロローグ
捨てる神あれば拾う神ありとは、本当だったんだなと、わたし――スカーレットは目の前にドンと積まれた豪華な食事をもりもりと口の中に突っ込みながら、丸いテーブルを挟んで目の前に座っている美丈夫を見上げた。
艶々の金色の髪に、どこか愁いを帯びて見えるラベンダー色の瞳。
シンプルなシャツを無造作に羽織っているように見えるけど、聖女として神殿で暮らしできたわたしは、これでも多くの貴族たちを見てきた。その経験則から、それがかなり上等な絹で作られた服だとわかる。
ただまあ、上等かそうでないかの区別はつくけど、なんで上等なのかと理由を聞かれるとよくわからない。たぶん綿や麻に比べて絹が高いからだと思うけど、自分でお金を使ったことがないからわからないのだ。
わたしは、二歳で親に捨てられた。
だから親の記憶はまったくなく、どうして親がわたしを捨てたのか、その理由もよくわからない。
育てるお金がなかったのか、望まぬ妊娠だったのか、それともただ単に邪魔だったのか。
わからないけれど、物心ついたときからわたしは孤児院にいて、孤児院の仲間たちと元気に庭を駆け回っていた。
このまま孤児院にいられる上限である十五歳までここにいて、そのあと仕事を見つけて細々と生活するのだと信じていたわたしの運命が変わったのは、六歳のときだった。
この国アルムガルドでは、貴賤問わず基本的に六歳で洗礼式を受ける。
ただし例外があって、それが孤児だった。
六歳を過ぎて孤児院に預けられたものは洗礼を受けているが、それ未満で預けられたものは洗礼を受けない。
そして、孤児院へ預けられる子供は、圧倒的に六歳未満の子が多かった。
というのも、洗礼式を受けると一人の人間として扱われるため、どこの親から生まれた子であるかという記録が残る。
記録が残ると、当然、その親たちは子を捨てたという記録もつけられる。
アルムガルド国で信仰されている神は、何よりも肉親の情を重んじる神だ。
ゆえに、子を捨てたと記録された者たちは、世間からの風当たりも冷たく、平民であればいい仕事につきにくくなる。場合によってはそれまで働いていたところから追い出されることもあった。
だからこそ、子を育てる気がない親たちは、記録がつかないうちにその子を捨てたがる。
わたしが二歳で捨てられたのも、そういう理由だろう。
そして、洗礼式は、親子のつながりを登録する場でもあるため、親のない孤児が受けられない。
――これが、つい十年ほど前までの常識だった。
だが、その常識は、国王陛下の鶴の一言で覆されることとなる。
というのも、この世界には聖女と呼ばれる癒しの力を持った女性が稀に誕生する。
その聖女は年々数を減らしていて、アルムガルド国でも例外ではなかった。
聖女は洗礼式の際に適性のあるなしを判断されるため、洗礼式の対象でない孤児はもちろん適性を調べられていない。
国王はその点に着目し、孤児の中から聖女を探そうと考えた。
しかし、女の子だけ洗礼式を受けさせるというのは平等ではないと、孤児であっても男女ともに洗礼式が受けられるようになり、その際は等しく「国の子」として登録されることとなった。
この「国の子」というのはとても素敵な制度だ。
洗礼式では、その子は「貴族の子」「平民の子」と区別して登録されていた。
そこに新たに「国の子」という基準が設けられたわけだが、この「国の子」は、身分が曖昧に設定されている。
何故なら孤児たち中には、人品卑しからぬ生まれの子も一定数混じっているとされているからだ。
貴族の生まれだが何らかの理由で孤児になった子もいるわけで、だからこそ、孤児を十把一絡げ「平民の子」とするのは問題があった。
だからこその「国の子」――状況によっては貴族にも平民にもなれる子、として登録された。
この制度により、貴族は孤児を引き取ることにためらいがなくなった。
これまでは孤児を養子にしたところで、その子を貴族にすることはできなかった。
つまりは、跡を継がすことも、貴族に嫁がせることもできなかったのだ。
けれども「国の子」制度により、養父母が望めば貴族として遇することが可能となったのである。
わたしも、六歳で洗礼式を受けた時に、もしかしたら素敵な養父母が迎えに来てくれるかもしれないと期待した。
だが――わたしを迎えに来たのは、素敵な養父母ではなく、いかめしい顔つきをした神官たちだった。
わたしはどうやら、六歳の洗礼式で聖女の資格ありと認定されてしまったようなのだ。
「むぐむむむ、んぐぐぐぐむぐぐううう!」
「何を言っているのかさっぱりわからん」
対面に座っている、推定・貴族のイケメンさんは、わずかに眉を寄せてテーブルの上に頬杖をついた。
両方の頬がパンパンになるだけご飯を詰め込んでいたわたしは、もぐもぐもぐもぐごっくんっと急いで飲み込んでから、もう一度口を開く。
「この度は、ご飯をありがとうございました!」
「……ああ」
何とも微妙な間のあとで、イケメンさんがこくりと頷いた。
六歳で神殿に連れていかれたわたしは、聖女としての訓練を受け、聖女として働きはじめた。
仕事は主に薬を作ることと、傷を癒すことである。
聖女は無償奉仕をしながら神殿で暮らすのが基本だ。まあ、例外もあるが、その例外になる聖女はとても少ない。
わたしは朝から晩までせっせと働いて、ついこの前まで、神殿で聖女仲間たちと楽しく暮らしていた。
だが――
「その格好、聖女だろう? 名は? 何故あんなところで行き倒れていた」
お礼を言ったことでやり切った感いっぱいで次のご飯を口に運ぼうとしていたわたしは、イケメンさんの質問に元気よく答えた。
「はい、聖女スカーレットです。そして、行き倒れていたのはお腹がすいたからです!」
「…………」
イケメンさんはまたわずかに眉を寄せて、そして沈黙した。
なにかおかしなことを言っただろうか?
イケメンさんは、少し考えて言いなおした。
「聖女が、どうして空腹で行き倒れる?」
ああなるほど、イケメンさんが気になっていたのはそっちだったのか。
なので、わたしはまた元気よく答える。
「はい! わたしが神殿に捨てられたからです!」
「…………」
また、微妙な顔で沈黙された。
「……何か、規律違反でも?」
「むぐぐぐ、聖女に対して厳しい規律はありませんよ」
そう、聖女は神殿で無償奉仕をさせられているが、修道女のように厳しい戒律の中で生活させられているわけではない。
国としても、聖女は保護する対象と考えているため、仕事さえしていたら結構甘やかされていた。
修道女は男性とお付き合いをしたら罰せられるが、聖女はそんなことはないし、むしろ結婚して子を産むことを推奨されていたりする。聖女から生まれた女子は、三割の確率で聖女だからだ。結構確率が高い。
もぐもぐもぐもぐ、と必死に食事を続けていると、目の前に積みあがっていく皿を唖然と見ながら、イケメンさんがレストランの店員を呼んで食事を追加してくれる。
……イケメンさんは心までイケメンなのね‼
わたしは感動して「むぐぐぐぐぐぐぐぐっ」と言った。訳・「ありがとうございます」。
しかしリスのようにご飯を口の中に詰め込んだわたしの言葉は、イケメンさんにはわからなかったらしい。また妙な顔をされる。
「ではなぜ、聖女が神殿から捨てられる? ……待て、口の中のものを飲み込んでから答えろ」
わたしはこくこくと首を縦に振って、急いで口の中にものを咀嚼して飲み込む。
水で喉を潤してから、またまた元気よく答える。お腹がいい感じに膨れてきたので、とっても元気が出てきたのだ。
「はい! お前がいたら神殿の食糧庫が空になるから出て行けと言われました!」
「…………なるほど?」
イケメンさんが、わかったのかわかっていないのか微妙な顔をして、丸いテーブルの上に積みあがっている大皿を見る。そして「……まあ確かに」と付け加えた。理解したようだ。
わたしは、自分で言うのも何だが、細いのによく食べる。
十六歳のわたしと同じくらいの年ごとの聖女仲間は「ダイエット」と言って、鳥の餌くらいの量しか食べないので、それと比べたら何十倍の量だ。
いつも聖女仲間からは「なんでスカーレットは太らないの?」と変な顔をされたものだ。
どうやらわたしは、人一倍の食事が必要な人間らしい。
だが、孤児院で暮らしていたときは普通だったはずなので、もしかしたら、聖女の力と空腹に関係があるのかもしれないが、とにかくわたしは燃費が悪い。
三食では足りず、おやつももりもり食べるし、何なら聖女の仕事中にもお菓子をつまんでいる。
これまでの神殿長は、そんなわたしの食欲を「仕方がないねえ」と笑いながら許してくれていた。
けれども先月。
晩秋に、神殿の人事異動があって、神殿長が交代した。
新しい神殿長はわたしの食欲をよく思わなかったようで、再三、みんなの食事量に合わせるように言われた。
けれども、他の聖女たちと同じ量の食事だと、わたしは聖女としてほとんど働けない。空腹で動けなくなってしまうからだ。
そして、昨日、わたしはとうとう神殿長に「お前のように燃費の悪い聖女などいらん! お前がいたら神殿の食糧庫が空になるから出て行け!」と捨てられたのだ。
神殿を追い出されたとき、聖女仲間たちがたくさんお菓子をくれたけれど、それもあっという間に底をつき、どうにかしてお金を稼いでご飯を食べなければとふらふらになりながら、わたしは適当な町を目指して歩いていた。
神殿は、大きな町と町の間に立っていたので、神殿を追い出されても周りに食事を売っている店はなかったからだ。
けれども、あっという間に空腹になったわたしの燃費の悪い体は、町に着くまでに限界に達した。
そして、たまたま通りかかった目の前のイケメンさんが拾ってくれたというわけだ。
……その上「お腹すいた」というわたしのつぶやきを聞いてご飯まで用意してくれたのよね! このイケメンさんに神のご加護がありますように。というかもう、このイケメンさんが神様でいいんじゃないかしら?
わたしのご飯の神様である。
そう思うと後光がさして見えてきた。
「事情はおぼろげながら理解したが、君……ええっとスカーレットだったか? たった一日食事を取らないだけで倒れる君が、この先、生きていけるのか?」
「うぐっ」
食事を再開していたわたしは、思わず呻いてしまった。
その通りである。まさかわたしもこんなに早く行き倒れることになるとは思わなかった。せめて町で行き倒れれば、親切な誰かがご飯を恵んでくれたかもしれなかったのにと、あの時は心の底から神様を恨んだほどだ。なぜわたしの体はこんなに燃費が悪いのだと。
だらだらとわたしの背中を汗が伝う。
今のわたしは無一文だ。
だって、聖女は無償奉仕だからお金なんて持ってない。
けれども、一日ご飯を食べないだけで倒れるわたしである。早急に対策を取らなければ、きっとあっという間に餓死するに違いない。もしくは道端で行き倒れて凍死だろうか。初冬とはいえ、夜は冷える。
「さ、三食ご飯がもらえて、なんならついでにおやつもついて来て、住み込みの割のいいお仕事ってないですかね……? 六歳の時から神殿で聖女をしていたので、腕力には自信がないし、体力にもあんまり自信がないから、なんなら一日三時間くらいの仕事がいいんですが……」
自分でも都合がいいことを言っているとはわかっている。
すると、目の前のイケメンさんが心の底からあきれた顔をした。
「なんだ、娼館で働きたいのか?」
「しょーかん?」
「……知らないのか。まあ、聖女はたいてい、世間知らずだからな」
どうやら、わたしの出した条件に一致するお仕事が「しょーかん」というところのお仕事らしい。
わたしが気楽に「じゃあそこで」と答えると、何故かイケメンさんが慌てだした。
「馬鹿か君は! 曲がりなりにも外でそのようなことを言うものじゃない。悪い人間に攫われて売られるぞ?」
「……イケメンさんが言ったんじゃないですか」
「イケメンさん……」
イケメンさんはそこで、自らが名乗っていないことに気が付いたらしい。
「名乗らなかった私も悪いが、君は何故知らない人間から平然と施しを受けられるんだ」と愕然とした顔をしつつ、「リヒャルト・ヴァイアーライヒだ」と教えてくれる。
姓があるということは、イケメンさん……ではなくリヒャルト様は貴族だろう。
ほうほうと頷いていると、リヒャルト様がちょっと目を細める。
「驚かないのか。……ああそうか、知らないのか」
と、一人納得していらっしゃるので、わたしは流すことにした。それよりも目の前のご飯が食べたい。
リヒャルト様は少しの間考え込んで、はあ、と息を吐き出した。
「君をこのまま放置するのは危険だな。何をしでかすかわからないし、放っておけば明日の朝には死んでいそうな気もする」
その通りなので、わたしはこっくりと頷いた。
会ったばかりだというのに、わたしのことをよく理解していらっしゃる。
わたしの目の前の皿が減ってくると、リヒャルト様はまたレストランの店員を呼んで追加の食事を持ってこさせる。
……ああ、光輝いて見えます、わたしのご飯の神様‼
跪いて祈りを捧げたくなったわたしに、リヒャルト様は仕方なさそうに言った。
「私は領地に帰る途中だったんだが、スカーレット、ついてくるか?」
ご飯の神様から離れたくなかったわたしは、もちろん即答した。
「行きます‼」
これで当面、わたしは行き倒れなくてすみそうである。
神様ありがとう‼
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