終章
第48話 エピローグ
そんな夏祭りが終わり、秋が訪れると、いよいよ受験シーズンが近づき、
夏祭りについての話は尽きなかったが、年明けにはすっかり入試に専念するようになっていた。
そしてそれぞれ志望の大学に無事合格した。
大学に通い、充実した日々を過ごし、そして大学も卒業間近となると、もう高校3年生の夏祭りのことは、あまり話題にならなくなった。
しかし、由佳は就活も内定が決まり、一段落着くと、当時の出来事を思い返す時間的余裕ができた。
そこで由佳は久しぶりにゆっくりと
由佳は2ヵ月に1度くらいのペースで苗蘇神社にお参りに来ていたが、狗巻は高校を卒業して以来、久しぶりの最寄り駅だった。
「ワンフィールドが大きくなってる」
駅に降りた狗巻は、まずはそのことに驚いた。
「そうよ。ワンフィールドはますます繁盛して、去年、店舗を拡大したの。それに2号店も出店予定で、もうすぐオープンするのよ」
都内の有名国立大学に進学した狗巻は、実家を離れて一人暮らしをしていたので、地元の変化に疎かった。
「
お店と監督の二足のわらじは大変じゃないのか?」
狗巻は顕乗が多忙で倒れてしまうのではないかと心配した。
「それなら
むしろ楓の方が、ワンフィールドの運営と、苗蘇神社の巫女としての役目と、今度オープンする2号店の準備で大変そうだけど。
あ、そうだ。2号店といえば、
叡斗は大学在学中も岩倉と木野とのバンド活動を続け、動画共有サイトで大人気になっていた。
岩倉と木野がふたりだけでバンド活動をしていた時も、実力のあるバンド演奏に加え、巫女姿というインパクトで多くのファンを集めていたが、そこに叡斗の「
「2号店のオープンイベントで、叡斗たちがライブをするんだって」
狗巻は「へぇ」と感嘆の声を上げた。
地元の変化に疎い狗巻でも、叡斗たちの人気の凄さは知っていて、そんな叡斗たちがライブを行うなんて、きっと大勢のファンがワンフィールドの2号店に押し寄せるだろうな、と思ったのだ。
「
由佳は、心底羨ましいといった様子でため息をついた。
「そういえば、一条神社だけど───」
狗巻がやおらに一条神社のことを話し出した。
「御神体が小石だったって云ってた件だけど、あれがどういうことかわかった」
「えっ? わかったの?」
狗巻は自信をもってゆっくりと頷いた。
「あの小石は「
「
「そうだ。
安倍晴明のその能力を、由佳は率直に凄いと思った。
「そこで安倍晴明が賽の河原を訪れた際、多くの子供たちが石積の責め苦を負っている姿に心を悼めたらしい」
「確か賽の河原って、親より先に亡くなった子供たちが苦行をさせられているところだよね? 親より先に亡くなるのは最大の親不孝という理由で」
「そうだ。親より先に亡くなって親を悲しませるなんて大罪だとして責め苦を背負わされているんだが、安倍晴明はその光景を見て、ただでさえ親と別れることになってしまった子供たちが、さらに辛い責め苦を背負っていることに心を悼め、河原の石を拾って現世に持ち帰り、毎日その石に向かって祈りを捧げ、子供たちの御霊を奉じたらしい」
「そうだったのね…。きっと安倍晴明はその小石に熱心に祈りを捧げていたのね」
「だろうな。それが転じてその小石が御神体となり、今に伝わったんだろうな」
由佳は感慨深く思った。
「その話を知っていたら、
「かもしれないな。
まあ、でも顕乗さんの場合は、怪我でバレーができなくなった絶望による、神様に対する逆恨みもあったからな」
当時のことを思い返し、由佳は「そうだね…」と寂しそうに答えた。
あの夏祭りは本当に大変で、当時を思い返すと胃がキュッと固くなるような思いだった。
それからしばらくふたりは無言で歩いた。
由佳もそうだったが、狗巻も当時のことを思い返し、思案を巡らせていたのだ。
そうしてふたりは歩みを進め、苗蘇神社に続く小径に入った。
「狗巻、ほら、みて。
由佳はそういって指差したが、狗巻は違いがわからなかった。
狗巻が変化に気づかないので由佳はしびれを切らせた。
「ほら、ここっ。
由佳はそういってもともとあった御社の傍らに据えられた小さな御社を狗巻に示した。
「本当だな。確かに前はこんな御社はなかったな」
狗巻がそう言うと同時に、御社の扉が内側から勢いよく開け放たれた。
そして中からネズミの神様が飛び出してくると、大喜びで由佳に飛びつき、素早く由佳の肩に登ってお座りになられた。
「どう、狗巻? この神様の御姿が≪視える≫?」
狗巻は驚いて目を丸くしていた。
「ああ。≪視える≫。こんな神様が苗蘇神社にいたんだな」
それを聞いて由佳は安心した。
「
「御社は楓が新しく建ててくれたの。これでちゃんとお祀りできるようになったけど、私が毎日来なくなったから、その間に力が弱くなっていたらどうしようかと心配なのよね」
由佳は自分の肩にお座りになっているネズミの神様を、愛おしそうに頬ずりをした。
『それなら心配いらニャいニャ。金剛力の娘がちゃんと毎日、社を掃除し、ワシらに祈りを捧げてくれているニャ』
そういって姿を現したのは苗蘇神社の猫の姿の神様だった。
「こんにちは、神様」
由佳は恭しく一礼し、神様に敬意を示した。
『今回は来るのが遅かったニャ。待ち遠しく思っていたニャ』
「そういっていただけると嬉しいです」
『さあ、それでは今回も「無事、就職で内定がもらえますように」と願い事をするがよいニャ』
今ではすっかり普通の猫の大きさに戻ってしまった神様は、社の上で二本足で立ち上がると、胸を張って由佳の祈りを待ち構えた。
「あ、そのことですが、もう必要なくなりました。
おかげさまで無事、就職の内定をもらえました」
由佳がそう報告をすると、神様は最初は驚いたが、次に満足そうに頷いた。
『そうだったのニャ。それは良かったニャ』
「はい。神様のおかげです。
ありがとうございました」
『ニャんの。それはおぬしの努力のたまものニャ』
そう神様に労を労われると、努力が認められたようで由佳は嬉しい気持ちになった。
『まあ、わしも少しは願いが叶うよう力添えしたがニャ』
「そうなんですね。ありがとうございます。
因みにどうやって力添えしてくれたんですか?」
『人事の担当者の所にいって「この娘を採用しろ~!」と念を送ったのニャ』
「念を送る…? そんなことできるんですか? それって効果あるんですか?」
『わからニャいニャ』
「ええっ? わからないんですか?」
『そうニャ。わからニャいニャ。
だがしかし、全ての人事担当者に「採用しろ~!」と念を送ったニャ。
勘の良い担当者なら、一瞬背筋がブルッとするような寒気を感じたかもしれニャいニャ』
そういって神様はイジワルそうにほくそ笑んだ。
「そ、それって意味あるんですかね…?」
『あるかもしれんニャ。
もしくはニャいかもしれんニャ』
「神様もわからないんですか?」
『わからんニャ。
ただ事実として、おぬしが内定を獲得したということニャ』
由佳は「うーん…」と唸り、複雑な気持ちになったが、素直に神様にお礼をいうことにした。
「私の為に力添えくださってありがとうございます。
お陰様で無事内定をもらえました。
願いが叶いました」
神様は満足そうに頷いた。
「でも神様はどうして私の願いはかねてくださったのに顕乗さんの願いはかなえてくださらなかったのでしょう?」
由佳は、この機に前々から訊きたかった質問をしてみた。
『ついにそのことを質問したニャ。いつ訊かれるかと待っておったニャ』
お言葉は軽口のようだったが、神様のお顔は真剣そのものだった。
『顕乗は熱心に願掛けをしておったので、もちろんワシは全力でその願いを叶えようと獅子奮迅の働きをしたニャ。
───しかし、しかしだニャ。
───あの事故が起こってしまったニャ』
顕乗が逢ってしまった交通事故 それはトラック同士が衝突し、1台のトラックが積み荷ごと顕乗に突っ込んでくるという事故だった。
『流石のワシも、あの事故は防げなかったニャ。
じゃが、このままでは懸命に願い事をしてきた顕乗が死んでしまうニャ。
そこでワシは必至に顕乗の命を助けたニャ』
「じゃあ、顕乗さんが助かったのは、神様のおかげなんですか?」
『そうニャ。ワシが助けなければ、それはもうグッチャグチャのペッタンコになってしまっておったじゃろうニャ』
「そ、そうだったんですね……。
因みに、神様は具体的にどうやって顕乗さんを救ったんですか?
トラックやトラックの積み荷が顕乗さんに当たらないように防いでくれたんですか?」
『そんニャことはできないニャ。
わしは物に触れたり、動かしたりはできんからニャ』
「じゃあ、どうされたんでしょう?」
『トラックと積み荷に対してこう念じたのニャ。
顕乗に当たるニャ~!とニャ』
「神様が念じられると、積み荷が顕乗さんに当たるのを回避できるんでしょうか?」
『念力のように、直接働きかけることはできんニャ。
じゃが、これまでもこうして強く念じると、念じたことがその通りになることが多いニャ。
これこそまさに神の力なのニャ』
神様は誇らしげに胸を張ったが、由佳は、またもや複雑な思いになった。
神様の念には本当に効果があるのかもしれない。しかし、ただの偶然だった可能性もあり、大いに悩ましかったからだ。
しかし、効果があったかどうかを証明するには、神様が念じた場合と、念じなかった場合の両方の結果が必要だった。そしてそれを同時に用意することは不可能だった。その為、このことは事実上、真実を明らかにすることが不可能だと由佳は悟った。
『とにかく顕乗は命を落とさずにすんだニャ。
その結果が全てニャ。
だが───だがしかし、足だけは───足の怪我だけは防いでやることができなかったニャ』
神様は心底残念そうだった。
『毎日欠かさず朝と夕の1日2回、純真な真心で全力で願い事をしてくれていたのに…』
神様は返す返す無念そうだった。
『残念ながらこの時点で、もうバレーはできない怪我を負ってしまったニャ。
これは変えられない事実ニャ。
そこでワシは、できるだけ傷が目立たず、すぐ直り、日常生活は送れるまでに回復するよう手助けをしたニャ』
「一応、お伺いしますが、それはどういうことをされたんでしょう?」
『毎夜、顕乗の元を訪れ、一晩中足に向かって「治れ~! 早く治れ~!」と念をおくったニャ』
やっぱりそれか……と由佳は思った。
『さらに辛いリハビリに顕乗が挫けぬよう「頑張れ~!」と背後から念を送って励ましたニャ』
「背後霊のようですね……。
でも、神様はそこまでしてくださったんですね」
『あたりまえニャ。なにせ毎日欠かさず朝と夕の1日2回、純真な真心で全力で願い事をしてくれていたのじゃからニャ。
そうしてワシのおかげで、顕乗はすぐに回復し、日常生活は送れるようにニャったわけニャ』
神様のおかげかもしれないし、そうではないかもしれない。もちろん顕乗本人の努力はあっただろうが、単に医療技術の進歩のおかげかもしれないなど、由佳はいろいろ思ったが、下手に口を挟むことはしないでおいた。
『顕乗が日常生活を送れるようにニャったので、次に第二の人生を歩めるよう、カラオケ店の商売が上手くいくようにしたニャ』
「そうなんですね。それも神様がご助力下さったことだったんですね」
『あたりまえニャ。なにせ毎日欠かさず朝と夕の1日2回、純真な真心で全力で願い事をしてくれていたからニャ。
毎日、駅前を歩く人間に向かった「カラオケ店に行け~!」と念を送ったニャ。
その甲斐あってワンフィールドは大繁盛したニャ』
これも神様の念のおかげかもしれないが、顕乗に商才があったからだけだったかもしれない。
由佳は胸のあたりのモヤモヤが益々強まったが、ぐっと堪えた。
『そして商売が軌道に乗った後は、バレーのコーチや監督として、優秀な選手を育てたり、チームを優勝に導くことができるようにしたのニャ。
自分が選手としてバレーができなくとも、せめてこういった形でバレーに関われればと思ったのニャ』
「おそらく神様は「コーチになれ~! 監督になれ~!」と念を送られただけだと思いますので、顕乗さんが今、苗蘇高校のバレー部の監督に就任したのは、顕乗さんの意思や努力もあったと思います───が、でも神様はそこまでしてくださったんですね」
『あたりまえニャ。なにせ毎日欠かさず朝と夕の1日2回、純真な真心で全力で願い事をしてくれていたのじゃからニャ。
ニャので顕乗が今、ワンフィールドの経営者として成功し、苗蘇高校でバレー部の監督をしているのはワシのおかげでもあるのニャ』
神様は『どうニャ。凄いだろう』といった様子で胸を張った。
由佳は、そんな神様の気分を害してはいけないと思い、まだ納得はできていなかったが「そうですね」と肯定してみせた。
『しかし、まだやったことがあるニャ』
「まだ何かして下さったんですか?
本当にすごいですね。ここまで神様がして下さるなんてとてもありがたいです」
『ニャにせ毎日欠かさず朝と夕の1日2回、純真な真心で全力で願い事をしてくれていたのじゃからニャ。
じゃが次が最後ニャ。これが最後だが、これが「最大の決め手」ニャ。
これで顕乗は立ち直り、新たな人生を歩み、幸福になれるニャ。
そんな「最大の決め手」ニャ』
神様が強く「最大の決め手」ということを強調するので、由佳はそれがどういうことかとても気になった。
「それはどんな「決め手」なんですが」
『うむ。それはニャ。顕乗と貴船 由佳が出逢うようにしたことニャ』
「───え?」
『おぬしが顕乗と出逢うように引き合わせたのニャ』
「わ、私ですかっ? 私を顕乗さんに引き合わせたというのが「最大の決め手」なんですか?」
由佳は、自分のことを「最大の決め手」と言われたので、とても驚いた。
『そうニャ』
そんな由佳に、神様はゆっくり静かに、自信を持って頷いてみせた。
「そ、それは何故なんでしょう? どうして私が顕乗さんにとって「最大の決め手」なんでしょうか?」
『それは今のこの状況をみればわかるニャ。
顕乗は自らの絶望と怒りを抑え込み、周囲には黙っておったニャ。
その抑え込みが負の感情を鬱積させ、悪い方向に向かったニャ。
この状況の顕乗を救い、鬱積した負の感情を祓い、正しい方向に導けるのはおぬししかおらんと思ったのニャ。
事実、顕乗は抑え込んでいた感情をさらけ出し、そして本当の意味で立ち直ることができたニャ。
これはおぬしがおらねばニャらニャかったことニャ。
よって諸事万端上手くいったニャ』
「神様はこうなる未来が視えたんですか?」
『神といえども未来は見えんニャ。
だが、こうニャりたい、こうしたいと願い、努力すれば、願いは現実になるニャ。それは神も人間も一緒ニャ。
そしてたとえ願いが叶わなくても、願い事をすることや努力をすることで自らを成長させることができるニャ。これも神も人間も同じニャ。
ワシも念じるのみニャ。じゃが、神はこうやってこれまでも人々の願いを叶えたり、または叶えてられニャくとも、何らかの良い方向に人々を導いておったのニャ』
由佳は神が願いを叶えてくれるという手段が、「念を送る」という、どうにも信憑性のない手段だったので、すっきりとしない気持ちだったが、神様が願い事をした人々のことを気にかけ、苦心し、努力して下さっていることだけはよく理解できた。
「もし願い事をして、神様が直接的に何か働きかけをして下さったら、みんなこぞって神頼みを始め、努力を怠るでしょう。
そして、もし願い事が叶わなかった場合、きっと神様のせいにすると思います」
そう考えた由佳は、神様の力とは「これくらいが丁度いい」と心から思うことができた。
「ありがとうございます、神様。
私はこれからも神様にお祈りする事を絶対にやめません。
いつも神様に願い事をし、そのことで自己を律し、努力して参ります」
その由佳の決意に、神は満足そうに頷いた。
『殊勝な心がけニャ。その心を忘れニャければ、人生は必ずや良い方向に進むニャ。これからもそのように精進を続けるニャ』
由佳と狗巻は神様に恭しく一礼し、そして苗蘇神社を後にした。
小径の帰り、由佳と狗巻は手を繋いで歩いた。
由佳の薬指には小さな指輪がはめられていた。同じデザインの指輪が狗巻の薬指にもあった。
高校を卒業して大学に入学し、初めて迎えた夏休みに、狗巻が由佳にプレゼントしたお揃いの指輪だった。
狗巻に指輪を渡され、正式に付き合おうと言われた時の事を思い返すと、由佳は恥ずかしさのあまり、今でも顔が真っ赤になってしまっていた。
その為、嬉しい気持ちで一杯だが、その時の事はあまり思い返さないように努めていた。
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今回のお話はこれにて終了です( ᵕᴗᵕ )
最後までお付き合いいただきまして本当にありがとうございました( ᵕᴗᵕ )
新海誠先生のアニメ映画や「サイダーのように言葉が湧き上がる」のようなアオハル感のある作品を書いてみたくてはじめました。
上手くいったかどうかは自信がありませんが、エタらずに最後まで書けたのは自信になりました。
そして最後まで書き上げられたのは皆さまからたくさんの評価や応援をいただいたおかげです。
とても励みになりました。本当に本当にありがとうございました。
途中、だいぶ駆け足でお話を進め、説明不足だったり、読んで下さっている読者様を置き去りにしてしまっているようなところがあったかと思います。(すみませんでした…!)
とにかく最後までお話を繋げることを意識し、また、文字数を8~10万文字(文庫1冊程度)に収めることも意識し、意図的にそうしてみました。
今後、加筆修正をしてそういった箇所の補修・補強ができればと思っております。
また、本編の後日談や叡斗が由佳を好きになったきっかけなど、エピソード的なお話も追加も出来ればと思っておりますので、見かけられましたらお付き合いいただけますと幸いです。
この度は、本当にありがとうございました。
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