第39話 かみみみこ

「あ、あの…! ところで今、おふたりは私のことを「」と呼ばれませんでしたか?」




 走りながら由佳ゆか左京近さきょうこん右京近うきょうこんに尋ねた。

 そう問われた二匹の管狐は「おい、右京近。そんなこと言ったか?」「いや? 左京近、おまえが言ったんじゃないか?」と掛け合いを始めた。


 由佳は二匹の管狐くだきつねがとぼけて自分をからかっているんだとすぐにわかった。


「もう。とぼけないで教えてください。「」ってなんですか?」


 由佳が二匹の管狐に訴えると、それと同時にネズミの神様が、まず左京近に飛び乗り、ポカポカと頭を数発叩いた。


「いてっ! 何しやがる、このちびっこいネズミ神め!」


 左京近が反撃しようとすると、ネズミの神様はひらりと躱かわし、返す勢いで今度は右京近に飛び蹴りをお見舞いした。


「ぎゃっ! 短い脚で器用に蹴りやがって、このすばしっこいネズミ神め!」


 二匹の管狐に痛手を与えたネズミの神様は、勝ち誇ったように胸を張った。

 それから身振り手振りで二匹の管狐に、由佳に聞かれたことに、ちゃんと答えなさいというような素振りをした。


「「しょうがねぇ。教えてやるよ。

 お前のように神の姿が≪視える≫巫女のことを「神視巫女かみみみこ」って言うんだ」」


「なるほど。神様を視ることができる神視巫女かみみみこということなんですね」


「「神が≪視える≫奴は意外と多い。だが、そいつら全員が「神視巫女」じゃないぜ。お前くらい力が強い奴のことだけを俺たちは「神視巫女」と呼んでるんだ」」


「そうなんですね…。私はお二人に「神視巫女」と認めてもらえる程の力を持っているんですね」


 由佳は自分の力量が認められたようで、少し嬉しく思った。


「「過去にも「神視巫女」はたくさんいたが、お前ほど力の強い「神視巫女」は俺たちも初めてだ」」


 そう言われて由佳は、ますます嬉しく思ったが、その反面、まだ自分の力量を実感できていなかったので、気恥ずかしいやら、困惑するやらといった思いもあった。


「「このネズミ神もよく≪視え≫たな。並の「神視巫女」じゃ≪視え≫ないぜ」」


 左京近と右京近は、さっき自分たちに手痛い一撃を喰らわしたネズミの神様を忌々しく睨んだ。

 そういえばかえでにはこのネズミの神様が≪視え≫なかったことを由佳は思い出した。

 まだ自分の力量が、どれだけ凄いのか実感はないが、楓よりは力が強いんだということははかることができた。


「そういえば、おふたりはこちらのネズミの神様のことをご存じなんですね。

 私はさっきお会いしたばかりで、まだどんな神様か知らないんです。こちらの神様のことを教えてくれませんか?」


 そういわれると管狐たちは顔を見合わせた。


「「なんだ。知らなかったのか? いいぜ、教えてやる。その神は「」だ」」


「う、うつつしん…?」


 そう教えられた由佳だが、「うつつしん」がなんのことかまったく検討もつかなかった。


「「うつつしん」とはどういう神様なんでしょうか?」


「「打棄うつしん」だよ。人々から忘れられて、打うち棄すてられた神のことだ。

 神は人々から忘れられると、存在感が薄くなって、消えてなくなってしまう。

 「打棄うつしん」はその一歩手前の状態の神だ(左京近)」


「哀れだな。そのネズミ神はだいぶ存在が薄くなってる。もう消える一歩手前だぜ(右京近)」


「そ、そんなっ…!」


 由佳は、このネズミの神様が、そんな差し迫った危機状態にあるとは思わず、驚いた。


「「そのネズミ神は打うち棄すてられてかなり長い時間が経っている。だからふつうの神視巫女には≪視え≫ないんだ。かわいそうだが、その神はもういつ消えてもおかしくないくらいだぞ」」


「な、なんとか消えないようにする方法はないんですか?」


「「あるぜ」」


 ふたりがあまりにあっさりこたえるので由佳は拍子抜けした。


「あ、あるんですか?」


「「もちろんだ。そのネズミ神は苗蘇神社びょうそじんじゃの神の一人だ。だからちゃんと祀ってやれば力を取り戻す」」


 それを聞いて由佳はふたつのことに驚いた。

 ひとつは「打棄うつしん」も、もう一度ちゃんとお祀りすれば、お力を取り戻すということ。

 そしてもうひとつは、このネズミの神様が、苗蘇神社の神様であるということに。


「こちらの方は苗蘇神社の神様なんですか?」


「「そうさ。苗蘇神社には「びょう」の神と、「」の神の二柱ふたはしらの神がいたんだ。いつの頃からか「蘇」の神の存在が薄れちまったけどな」」


「ど、どうして薄れちゃったんでしょう…?」


「さあな。今の苗蘇神社は御社がひとつしかないだろ? 大方、苗蘇神社を移した時に、この神の御社を用意しないで建てたんだろうな(左京近)」


「まあ、そうなるってことは、その前から存在が薄れ始めてたんだろうけどな。だが、なぜそうなったかの理由はわからない。だが、これはよくあることだなんだぜ(右京近)」


「よ、よくあることなんですか?」


「「ああ、いつの間にか存在が薄れ、忘れられる神なんてたくさんいるさ。特に最近の人間は薄情だからな。もともと人気のなかった神なんて、どんどん打ち棄てられてしまってるんだぜ」」


 由佳は確かに、昨今は地方など、過疎が進む地域でお寺や神社の担い手が減り、廃寺になっている数が増えているというニュースを見聞きしたことがあった。


「もう一度、御社を建ててお祀りすれば消えずにすむんですね」


「「ああ。だが御社を建てて拝むだけじゃだめだぜ。ちゃんとその神を信じて、願い事をしないとだめだからな」」 


「そうなんですか?」


「「そうさ。神は人々の願い事を糧に生きてるようなもんだからな」」


「そうなんですね。でも神様は願い事をしても、応えてくれませんし、願い事を叶えてくれるわけじゃないんじゃないですか?

 神社にお参りして、神様にお願いするのは、そうすることでその人自身が、自分で自分の目的を確かめ、神様にお参りをすることで勇気が得られることこそが肝要だと、そうお説教をするお坊さんもおられますよ」


「いや? そんなことはないぜ。神は願い事を叶えようとしてくれるぜ。なあ、右京近(左京近)」


「そうだな。願い事をされて無視する神なんて見たことないぜ(右京近)」


「ええっ? そうなんですか?」


「「ああ。だが、もちろん直接的に問題を解決してくれるわけじゃない。神だって万能じゃないからな。でも願い事をされたら、絶対に何かしらのことで、神は願いを叶えてやろうと努力してくれてるぜ」」


 そう言われたが、由佳はにわかには信じられなかった。


「私は高校受験の時に、有名な学問の神様の神社にお参りにいきました。

 私が受験に成功したのは、その神様が助けて下さったからでしょうか?」


「「いや。それはお前の努力のたまものだ」」


 由佳は、そこは「そうだ!その神様のご利益だ!」という言葉を期待していたが、違うと言われてちょっと残念に思う反面、高校に合格できたのは、自分の努力の賜物だと言ってもらえたことで、辛い受験勉強をちゃんとやり遂げた甲斐があったと嬉しく思う気持ちもあった。


 しかし、やはりそれと同時に、それなら自分が高校を受験する時に、神様はどんなお助けをして下さったのかを、由佳は知りたいと思った。


「「例えばお前がちゃんと試験会場に行けたのは神が守ったからかもしれないぞ」」


「じゃあ、お参りをしなかったら、私は試験会場に遅刻したりしたんでしょうか?」


「「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」」


「あの、どっちなんでしょう?」


「それは俺たちにだってわからねぇよ。だが、ひょっとしたら風邪をひくところだったのを身代わりになってくれたのかもしれないぜ(左京近)」


「他には寝坊しないよう前の日の夜に寝つきを良くしてくれたり、忘れ物をしないですませてくれたりしたのかもな(右京近)」


 由佳は受験当日やその前日のことを思い返したが、どれが神様のおかげだったのかはわからなかった。


「「とにかくお前が無事、試験会場に着いて合格して、今、高校に通っているという現在に、どこかで何か、神が力添えしてくれたことがあるんだよ」」


 由佳はそういわれたが、少し釈然としない部分があり、うむむ…と唸ってしまった。


「願い事をしても受験に失敗する人もいますよね。それは何故なんでしょうか?」


「それは努力が足りなかったんだよ(左京近)」


「神が何とかしようと力添えしたけど、及ばないことは多々あるからな(右京近)」


「おふたりのお話をお伺いしていると、神様にお願いしても、ちゃんと自分も努力しないとダメってことですね」


「そりゃそうさ! なんの努力もしないで願い事が叶うなら、誰も努力なんてしないからな!(左京近)」


「そういう意味じゃ、神様に願掛けすることで自分の願いをはっきりさせることこそ肝要と言った坊主は、なかなかに言い得て妙みょうじゃないか(右京近)」


 二匹の管狐はさも愉快といった様子で、声を上げて笑い合った。

 その笑いには、ちょっと人間を小馬鹿にしている側面も含んでいるように見えて、由佳はこの二匹の管狐はいじわるだな、と思った。


「「静子がいたぞ。やっぱり式神師と一緒にいたな」」


 由佳たちが向かう先に静子がいて、そしてそこには狗巻いぬまきもいた。


 由佳は、狗巻の姿を見ると全身の力が抜けるような安堵感を覚えるとともに、体の中心が温かくなって、どんな困難にも立ち向かっていける活力が芽生えたような感覚も覚えた。

 由佳は、狗巻の存在が自分の中で、かけがえのないものになっていることをしっかりと自覚した。そしてそれは心が浮き立つような感情で、とても心地よかった。さらにそれは実に夢心地な気分にさせてくれるもので、由佳はその感情の赴くまま、狗巻の胸に飛び込み、優しく抱きしめてもらいたいと思ってしまうほどだった。


「あ、あのねっ、狗巻っ───!」


 さすがに胸に飛び込むことはしなかったが、息を切らせて由佳は狗巻の元に駆け寄った。

 そして堰を切ったように話し出したが、狗巻に手を突き出されて制止させられた。


「りんごあめ」


「えっ?」


 由佳は、何のことかわからず体が固まってしまった。


「りんごあめ」


 狗巻は同じ言葉をもう一度繰り返した。


「な、なに……?」




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そんなもったいぶるつもりはなかったのですが、ついにタイトルの意味を公開しました!

୧(˃◡˂)୨


「神視巫女」で「かみみみこ」でした~୧(˃◡˂)୨


ここまで読み進めていただきまして本当にありがとうございます。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


もうちょっとで終わると思いますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。

ご意見ご感想などもいただけますと嬉しいです。

皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります୧(˃◡˂)୨

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