第34話 神様出現

 平安装束に烏帽子えぼしを被ったネズミの神様を、由佳ゆかは全力疾走で追いかけた。


「ちょ、ちょっと、まってください! そんなに早く走られたら、追いつけないですよっ!

 ……と、思ったら……、…あれ?」


 ちょこまかとすばしっこく走るネズミの神様に、到底、追いつけないと由佳は思ったが、意外にもあっさり追いつくことができてしまった。


 足の回転や小回りは、ネズミの神様の方が断然上だったが、歩幅に関しては由佳の方が大きく、追いつけないということは全くなかった。

 むしろ由佳がネズミの神様を追い抜いてしまう程だった。


 しかも、見ればネズミの神様は息切れしていて、すでに限界寸前といった状態だった。


「あ、あの…」


 由佳はおそるおそる提案した。


「私の肩に乗りますか?」


 そう言われるとネズミの神様は、嬉しそうにこくこくと首を縦に振った。

 そして由佳が差し出した手に飛び乗ると、素早く腕を駆け上がり、由佳の肩の上にちょこんとお座りになられた。


 由佳は、そうした神様を可愛いと思いつつも、ネズミの神様が指さす方に向かって、再び走り出した。


 ネズミの神様は駅の方を指さしておられたが、そちらの空は、分厚く、真っ黒な雨雲が鬱蒼うっそうと広がっていた。


「こっちはこんなに晴れているのに…」


 由佳は祭り会場の快晴と、あまりに両極端にある空模様に、禍々しさを感じて少し怖くなった。

 しかし、それと同時に、この先に枢要となる何かがあると確信が得られ、勇気を奮って走り続けた。


 その時、ネズミの神様が急に由佳の襟えりを引っ張った。


「え? あ、あの、どうかしたんですか?」


 それは「止まれ!」といっているような様子だった。

 由佳は立ち止まると、周囲を見渡し、警戒した。

 程なくして、由佳は地響きのように地面がビリビリと振動するのを覚えた。


「じ、地震…!?」


 由佳がそう危ぶんだ瞬間、由佳は突風に見舞われた。

 吹き飛ばされそうなほどの突風で、周囲の人やお祭りの屋台の店主たちも驚いて大騒ぎになった。

 小手をかざして目を細めた由佳は、その時、驚くべきものを見た。


 それは一条神社いちじょうじんじゃの神様だった。

 由佳が向かっていた方向に突如、一条神社の神様の巨体が、むくむくと膨れ上がるようにあらわれたのだ。


「神様っ!? どうしてこんなところにっ?!」


 由佳は探していた神様が見つかって嬉しく思う半面、どうしてこんな所に神様がおられるのか疑問に思った。


 また、今の神様は神社におられた時と様子がまったく違っていた。


 神社におられた時は、威厳に満ち、畏敬の念を抱きつつも、怖さは感じず、むしろ優しく包み込んでくださるような安心感があったが、今の神様は明らかに怒気をはらみ、形相も険しく、近づくことを躊躇ためらいたくなる程の怖さを感じた。


 それでも由佳は竦んだ足を奮い立たせ、走り出した。

 しかし、神様が姿をあらわしたのは一時の間だけだった。


 姿をあらわし、立ち上がられた神様だったが、すぐに仰向きに倒れるように御身体が傾き始めた。

 そして急速に御身体が縮まり、完全に倒れられてしまう直前に、また消えてしまった。


「───っ?!」


 由佳は大急ぎで神様があらわれた場所までやってきた。


 そこは駅前の広場で、ワンフィールドの前でもあった。


 神様のお姿は完全に消えてしまっていたが、由佳は辺りを見渡し、どうして神様がこの場所におられたのか、痕跡や手がかりとなるものがないかを必死に探った。


「由佳ちゃん?」


 しかし、周囲には特に不審な点は何もなかった。

 頭上の空は、相変わらず暗雲が立ち込め、とても禍々しい雰囲気だったが、それ以外は至って普通の、いつもの駅前だった。


「由佳ちゃーん」


 肩に乗っていたネズミの神様も、由佳の頭の上に移動すると、小手をかざして辺りをキョロキョロと探っていたが、何も見つけられない様子だった。


「由佳ちゃーんっ」


 諦めきれない由佳は、それでも何か手がかりがないか必死に辺りの様子を伺った。

 何故かここで神様の手がかりを見つけないと、もう二度と神様と会うことはできないかもしれないという焦燥感しょうそうかんに囚われていた。


「おーいっ。由佳ちゃーんっ」


 由佳は気が焦り、周囲の人に「神様を見ませんでしたか!?」と聞いて回ろうかと思ってしまうほどだった。

 しかし、周囲の人は神様を≪視る≫ことはできないので、そんなことをしても無駄だということを痛感した。

 その痛みは、絶望のような虚無感を由佳に与え、由佳は知らない土地で迷子になってしまったような、不安と孤独感に苛さいなまれた。


 ここまで走った疲労も相まって、由佳は視野の周囲に黒い靄がかかり、急速に視界が狭くなるような感覚を覚えた。

 貧血で意識が遠のくのに近い感覚だった。


 このままでは暗闇に堕ちてしまう。


 そう由佳が危機感を抱いたその時、車のクラクションが鳴らされ、由佳は、はっと我に返ることができた。


「由佳ちゃんっ! 大丈夫っ!?」


 車のクラクションを鳴らしたのは顕乗けんじょうだった。



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私の小説を読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


今回のお話はどうでしたでしょうか?

(,,•﹏•,,)ドキドキ


ご意見ご感想などいただけますと幸いです。

皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります୧(˃◡˂)୨

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