第13話 容疑者② 三宅 叡斗

「おっと。どうした由佳ゆか。急いでるのか?」


 由佳がワンフィールドを飛び出すと、目の前に三宅 叡斗みやけ えいとがいた。

 由佳は危うく叡斗にぶつかりそうになった。


「あ。ごめん。叡斗えいと。ううん。別に急いでたんじゃないの」


 叡斗は後ろ頭に手を組んで「ふーん」と返事をすると「じゃあ、一緒に帰ろうぜ」と提案してきた。

 由佳の帰り道も同じ方向だったので、自然とふたりで一緒に帰る流れになった。


「ひょっとして叡斗、私がアルバイト終わるの待ってた?」


「もちろん。オレもワンフィールドの閉店までいたし、ちょっと待ってたら由佳が出てくると思ったからさ」


 叡斗は岩倉いわくら木野きのと三人でワンフィールドにお客として来ていた。

 ちなみに事あるごとに由佳に給仕を頼んだ104号室の客は、叡斗たちだった。


「あ、岩倉と木野は先に帰ったよ」


 由佳がふたりの姿を確認する素振りを見せたので、叡斗が教えた。


「そう───」


 それを聞いて、由佳は岩倉と木野に申し訳ない気持ちになった。


 岩倉と木野は、ふたりとも叡斗のことが好きだった。

 その上で、ふたりは叡斗が由佳に好意を寄せていることを察していた。

 その為、岩倉と木野は、叡斗に好意を寄せつつも、叡斗の思いを尊重し、気を遣っていたのだ。

 おそらく叡斗が「由佳を待とう」と提案した時、岩倉と木野は、叡斗の邪魔をしてはいけないと思い、自分たちは先に帰ると申し出たのだろう。

 そんな健気なふたりを思い、由佳は申し訳なく思ったのだ。


「それにしても叡斗たちってよくカラオケに来るね」


「岩倉と木野が夏祭りで演奏するんだよ。だから今はその練習でワンフィールドを使わせてもらってるんだよ」


「え? あ、そうだったのね」


「そうだよ。顕乗けんじょうさんにも了承済みで、部屋代はサービスしてもらってるんだ。ドリンクやフード代はお金を払うけどね」


「そっか。そういえば岩倉さんと木野さんってふたりでバンド活動やってたもんね」


「夏祭りはオレも協力するんだ」


「そうなんだ。じゃあ、夏祭りで叡斗もデビューだね」


「まぁ、ベースを少し手伝うくらいだけど」


「あれ? でも叡斗って楽器の演奏できたっけ?」


 そう言った直後、由佳は愚問だと思った。

 叡斗は一度見たものを写真を撮って保存するように、一瞬で記憶してしまう完全記憶能力フォトグラフィックメモリー能力者ギフテッドだった。

 そんな能力ギフトがあれば楽器の扱いもすぐに習得してしまうだろう。


「由佳も聴きにきてくれよ」


「うん。もちろん。絶対に聴きに行くよ」


 由佳がそう返事をすると、叡斗は満面の笑みを浮かべて喜んだ。

 特別な能力ギフトをもった叡斗でも、思いを寄せる女子の前では男子高校生のひとりだった。


 由佳ゆか叡斗えいとは中学校でクラスが一緒になったことがある同窓で、由佳は一時期、叡斗に憧れにも似た好意を寄せていた時期があった。

 叡斗は学業の成績が抜群によかったので、その事に対する尊敬の念が好意に変化したのだ。

 中学生の時分は、そうした勉強のできる男子に憧れてしまう時期でもあった。

 しかしその思いは長続きせず、一過性のものだった。

 叡斗の成績が優れているのが、叡斗の特別な能力ギフトのおかげだとわかったからではない。ただ、なんとなく、もう一段階、叡斗に対する熱量があがらなかったのだ。


 その為、叡斗とは「仲の良い友達」という関係に留まった。


 しかし、いつの頃からか、逆に叡斗が由佳に好意を寄せ始めた。


 由佳はその事にすぐに気付いた。


 しかしその気持ちに応えることはできず、気が付いていないふりをしていた。

 その代わりと言っては何だが、叡斗の好意を拒むこともしなかった。

 はっきりさせないまま、「仲の良い友達」という関係を維持し続けたのだ。


 叡斗はそういった状況を、なんとかしたいと願っているのかもしれない。

 それを思うと「じぶんのおもいがおなじくらすのきふねゆかに」と叡斗が願い事をする可能性がないわけではなかった。

 そこで由佳はそれとなく探りを入れてみた。


「叡斗ってさ。苗蘇神社びょうそじんじゃにお参りに行くことってある?」


「苗蘇神社? ああ。あるよ」


 その返答は由佳にとって意外だった。


「え? そうなの? でも叡斗がお参りしているところ、見たことないけど」


「たまにしか行かないからな。例えばテスト前とか、岩倉と木野が「いい点数が取れますように~!」って神頼みに行くんだよ。その時にオレも付き合わされるんだよ」


「なるほど。そうなのね」


「でも、オレだって神様を信じていないわけじゃないんだぜ。本気で叶えたい願いがある時は、ちゃんと神社にお参りするさ」


 その言葉に由佳は緊張した。


「そうなのね。叡斗が本気で叶えたいお願いって、どんなお願いなの?」


 由佳はできるだけなんでもない風を装って、核心に迫る質問をしてみた。


「オレは能力ギフトがあるから自分のことはなんでもできるだろ?」


 自信過剰でもなんでもなく、叡斗はまさにそうだった。


「でも、だからといって他人を思い通りできるわけじゃない。特に人の気持ちをどうにかすることはできないからな。そういうことでオレだって悩むことがちゃんとあるんだぜ」


「そうなんだ。叡斗でもそういうことで悩んだりするのね」


「当たり前だよ。オレだって人間だからな。悩んだり、人を嫌いになったり、逆に人を好きになったりすることだってある」


 人を好きになるという言葉に由佳はさらに緊張した。

 この言葉に叡斗がそれとなく自分の気持ちを含ませていると察したからだ。

 由佳は圧迫感を感じ、逃げ出したくなる気持ちになった。

 叡斗が本気で好意を寄せてくれているのに、その気持ちに応えられない自分を申し訳なく思ったのだ。


「ありがとう。本当の素直な叡斗を教えてくれて」


「そうだな。こんなこと言うのは由佳だけだよ。だいぶ深いこと言っちゃったし、みんなには内緒にしてくれよな」


「うん。もちろん」


 駅に着いたふたりは電車に乗り、叡斗は途中の駅で下りて帰っていった。

 由佳は結局、叡斗が1万円をお賽銭箱にいれるかどうかは確認できなかったが、叡斗が自分を本気で思ってくれていることは強く再確認をした。



----------

今回のお話はどうでしたでしょうか?

(,,•﹏•,,)ドキドキ


叡斗が逆に由佳を好きになった理由は、後日、書きます。

乞うご期待頂けますと幸いです(๑•̀ㅂ•́)و✧


ご意見ご感想などもいただけますと嬉しいです。

誤字脱字などもご指摘いただけますと幸いです。

----------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る