5.魔剣デュランダル
「随分とお酒を飲まされていたようですが体調は大丈夫ですかマスター?」
「飲み過ぎて流石に気持ち悪いけど、酔ってはないよ」
「マスターは1杯だけって言ったのにあんなに飲ますなんて!限度を知らないのですかあの女は!」
デュランダルが怒り心頭とばかりに、カタカタと震えた。
───結局あの後、サーシャが満足するまで付き合わされた。ミラベルに貰った
吐きそうになってるのを我慢しながら、やっとの思いで部屋に帰ってきた所だ。
今の今まで一言も発していなかったデュランダルだが、部屋に戻るなり堰を切ったように話しかけてきた。よくもまぁ我慢出来たものだ。
その声にはサーシャへの非難の意が込められていた。
「そう怒らないでやってくれ
相談に乗って貰ったのは俺の方だし」
「でも!」
「俺の為に怒ってくれてるのは嬉しいけど、大丈夫だ。
ありがとうデュランダル」
「はい…」
昔から変わらないデュランダルの様子に思わず笑がこぼれた。
とある遺跡の最奥で刺さっている所を見つけ、抜いたのが今から5年前。
魔力を吸ってデュランダルが覚醒したのはそれから直ぐだったから勇者パーティーよりデュランダルとの付き合いの方が長い。
「寝るには流石に早すぎるな」
「そうですね、まだ昼を少し回ったくらいでしょうか?
日が暮れるまでまだ時がかかると思います」
酒の飲みすぎで少しばかり気持ち悪いから寝てしまおうかと思ったが、今寝たら夜に影響しそうだな。
そうか、よく考えたら朝から酒を飲んでたのか…。サーシャに至っては俺が帰る時にはまた1階に戻って飲み比べしてたからな。
流石に飲みすぎじゃないかあいつ。
寝るのはなしだな。生活の習慣は出来るだけ変えたくない。
怪我や病気が原因ではないし、時間が経てばこの気持ち悪さもなくなるだろう。
少しゆっくりしよう。
部屋の備え付けのテーブルまで椅子を持っていき、そこにデュランダルを預ける。
テーブルを挟んだ向かい側には元々椅子が置いてあったので、デュランダルと向かい合うように腰を下ろした。
朝にも少し話したが、こうして話をする時間を作るのも大事だろう。
デュランダルは普通の武器と違って喋る。
そこには感情があり知性がある。彼女の知恵で助けられた事も何度かある。
今は友好的だが、機嫌を損ねて敵対されたら困るのが本音だ。現状替えの武器を持ってないからどうしようも無い。
万が一に備えて持っておくか? いや、そうするとデュランダルが拗ねるな。
それに剣として見てもデュランダルは1級品過ぎる。どうしても他の剣だと見劣りする。
「デュランダルに聞きたい事があってな、聞いてもいいか?」
「はい!マスターからの質問になら何でも答えますよ!
好みの物から、そうですねスリーサイズまで」
いや、スリーサイズって何だよとツッコミを入れそうになったがやめた。流石に野暮だろう。
もしかして柄とか刀身とかのサイズの事か?
そんなスリーサイズなら興味はないな。
さて、デュランダルに聞きたい事。
付き合いとしては5年ほどになるが、なんだかんだとタイミングを逃して聞きそびれた事がある。
これからの付き合いを考えると聞いておいた方がいいだろう。
「スリーサイズとかは、よく分からないんだが…
。
そうだな、デュランダルの性別って女性でいいのか?」
今さら過ぎて聞きにくかった。
剣に性別があるのかどうかがそもそもの話だが、デュランダルは剣でありながらそこにしっかりとした自我がある。
それなら性別の概念があるんじゃないかと。
とはいえ聞いたのは失敗だったかも知れない。
椅子に預けられたデュランダルがカタカタと震えて音を立てている。
これはデュランダルが怒ってる時の仕草だ。
「すまない、デュランダル!
失礼な事を聞いた」
「本当ですよ!マスターでなかったらボッコボコのボコでしたよ!」
もし人だったならプンプンと言った感じだろうか? またデュランダルがカタカタと震えていた。
「見てください!この傷一つない
いや、今鞘に収まってるから刀身見えないんだがとは言えなかった。
デュランダル───彼女の抗議の声が続く。
「熟練の職人によってデザインされた無駄のない
装飾された宝石の一つ一つが私を引き立てています!
そして何よりもこの天女さながらの美しい声!
ここまで揃って女性か?って尋ねるのは紳士に有るまじき行為ですよマスター!」
「本当にすまない!配慮に欠けていた」
どうやら俺は紳士失格のようだ。
彼女に性別を聞いたのは完全に藪蛇だった。
話題を変えよう。このまま続けたらデュランダルに責め続けられる気がする。
「デュランダル、もう一つ聞きたい事があるんだが…」
「はい?まだ言いたいことはありますがマスターの質問に答えるのを優先します!
いい
「ありがとうデュランダル。
そんなに大した事ではないんだが、どうして俺の事をマスターって呼ぶんだ?」
「なるほど!マスターの呼び方についてですか!
お答えしましょう!特に理由はないですが、前のマスターがそう呼ぶ事を望んだのでマスターにもそのまま継続した感じです!」
「前のマスター?」
「はい!前のマスターですね
マスターと違って少しばかりふくよかな方でした!
手汗をよくかいていたので、ベタベタして気持ち悪かったのを覚えています」
前のマスターがいた事に驚いた。
それもそうか。作られてからずっと遺跡に刺さっていたとは考えにくい。
数打ちのような剣ならともかく、デュランダルは1級品の魔剣だ。前のマスターがいても可笑しくはない。
…………俺は手汗大丈夫だろうか? 心配になってきた。
「すまない、前のマスターについて興味が湧いてきた。
デュランダルが良ければ話してくれないか?」
「前のマスターについてですか?
構いませんよ。長くなりますがいいですか?」
「ああ」
デュランダルがどこか楽しそうに話し始めた。前のマスターは悪い者ではないようだ。
「性格は悪くなかったので、もう少し身形を整えたらモテたと思うんですよね!
モテないモテないって騒いでいましたけど、もう少し努力してから言えって話ですよ!」
「そ、そうだな」
「食事だってそうですよ!お肉ばかり食べて野菜は殆ど取らなかったので困りました。
体臭にも影響しますし、健康にも響きます!それなのに野菜は嫌いだから全然食べなくて」
「食事は大事だ。バランス良く取らないといけない」
「マスターを見習って欲しいですよ!
それに女性にだらしない所も減点ですね!
特に女性の胸を見てはニヤニヤしてたのはいただけません。この私が直ぐ近くにいると言うのに!
全く紳士ではないですね!」
「そうだな…」
なんというか溜まっていたものを吐き出すように、出るわ出るわと前のマスターの不満を次々と口にするデュランダル。
私怒ってるんですよと言うようにカタカタと震えている時もある。
体感的に1時間くらいか? デュランダルの話を聞いていたが殆ど愚痴だ。
「前のマスターの名前を聞いてもいいか?」
「あ!そう言えば言ってなかったですね!」
不満は溢れるほど出てきていたがその名前は全く出て来なかった。
それはデュランダルが『前のマスター』はあーだこーだと話すからだ。
彼女に取ってマスターという呼び方の方が定着しているのだろう。
「前のマスターの名前はタケシでした!」
「タケシ?」
この世界では聞くことの無い響き。
前世では馴染みのある日本人のような名前だ。
えーと確かフルネームは、と彼女が必死に思い出そうとしている。
「思い出しました!タケシ
本人は名前で弄られたからあんまりフルネームは好きじゃないって言ってましたね。確かに変わった名前な気はします!」
誰とは言うまい。
国民的なアニメで出てくるガキ大将の本名に似ていた。
それは間違いなく日本人の名前だ。
デュランダルの前のマスターは俺と同じ日本人という事か…。
「デュランダル、そのタケシって人について詳しく教えて欲し……ん?」
コツコツと俺のいる部屋に向かってくる足音が聞こえた。足音が軽い、女性か?
先程まで流暢に話してきたデュランダルが急に静かになった。彼女は俺以外の前では話そうとしない。
足音が止まるとトントン!と扉がノックされた。俺に用があるらしい。
「今、開けるよ」
念の為、デュランダルを手にする。
万が一の魔族の襲撃を警戒して。
ゆっくりと扉を開けるとそこには、
「我ここに参上なのじゃ!」
腰に手を当てハッハッハと笑う女性がいた。
俺たち勇者パーティーの仲間の1人、盗賊のダルがそこにいた。
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