第二十六話 呼びかけ

「仲間さん!」


 彼女らの姿が目に入ったとき安堵する自分がいた。呪いがかかっていない三人は、私となんの縁も結んでいない。その事実が自分を打ちのめしていたにもかかわらず助けが来たと思わずにはいられなかった。


「入るな!」


 そのとき清司の鋭い一声が響き渡る。空気がびりびりと揺れるほどの声量に思わず身をすくめた。内陣の空気がさらに張り詰め重苦しい雰囲気が漂う。清司が発するそのプレッシャーに気おされたのか、三人も入口で立ちすくんでいた。


「ここは部外者が入っていいところではない」


 口調がいつもの調子に戻っているが、そこには明らかに怒気が含まれていた。


「宮司さん。いやキコくんのお父さんか。本殿が神職のものしか入ってはいけないのはわかってる。でも彼女のことが心配で探していたんだ」


 仲間が外陣から呼びかける。


「彼女は忌子だ! キコなんて名前じゃない!」


 怒鳴り声がまた響き渡る。


「そもそもおまえたちは何者なんだ」


「元々はただの観光客さ。彼女が困っているからいろいろと手を差し伸べていたんだ」


「そうか。それでか。部外者は勝手なことをして始末に負えない。まるで果実に群がるハエだな」


 清司は忌子にだけ聞こえるような声量で納得したようにつぶやく。


「君たちがずっと引っかき回していたせいで神聖な儀式が台無しだ」


 清司は仲間たちに呼びかける。


「それは彼女を生贄に捧げる儀式のことか?」


 仲間の言葉に清司は目を見開いた。忌子も心の中で驚く。なぜ仲間は儀式のことを知っているのだろうか。


「生贄だなんて人聞きの悪い。彼女が神の一族になるための儀式ですよ」


 清司が手を広げ急に落ち着き払った様子で答える。


「そのために彼女にこんな呪いをかけたのか」


「心置きなく龍神様のもとに行くためには必要な儀式ですから」


「それで彼女が、どれだけ傷ついたと思っているんだ!」


 仲間が張り裂けそうな悲痛な叫びを上げる。


「そうならないと意味がない。現世との縁を断ち切るのがこの呪いの目的だ。その本質がわかっていないからこそ、そうやって邪魔をする。そもそも、そこの母親が余計なことをしないで粛々と儀式を続けていればこんなことにならなかった」


 呆れたようにため息をついて秀俊の方を見やる。仲間たちの影に隠れるようにしていた秀俊が、おそるおそる顔を覗かせる。


「君は氏子なのに呪いの影響を受けていない。縁もゆかりもない他人はここにいたって仕方ないだろ」


 嫌味ったらしいその言い方に秀俊はなにも言い返さずうつむいてしまう。


「両親ともども穢れた存在の子どもが、神社にいるだけで不快だというのに」


 苦々しげにつぶやく清司は不愉快な気持ちをもはや隠そうともしていなかった。


「忌子。知っているか? 彼の家のことを」


 突然、清司はこちらに顔を向け問いかける。忌子はただ首を振ることしかできなかった。


「そこの母親が夜中にうちの榊の木に藁人形を打ちつけていたんだ。よくよく事情を聞くと、夫に浮気をされて、その腹いせをしているときたもんだ」


 まるで演説するように内陣の中を歩きながら清司は話し続ける。


「そしてたまたま彼は浮気相手と一緒にいるときに事故で亡くなった。するとどうなったと思う。急に罪悪感を持ち始めた。あんな子どもだましみたいな呪いに効果なんてあるわけないのに」


 清司の愉快そうに笑い出す。心底楽しそうなのに、その楽しさがまったく伝わってこない。そんな薄気味悪さを忌子は感じた。


「だから私は誘ってあげたんだ。恨み、そしてつぶされそうな罪悪感を、この神聖な儀式によって解放できるように。それなのに彼女は役割を満足にこなせなかった。なあ! ここまで聞けば君の役割も理解できただろう」


 清司は秀俊に向かって呼びかけるが、秀俊は少し体をピクつかせただけだ。


「身内の不始末は家族が責任を持って片付ける。そうだろう?」

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