第十八話 呪いの真相
「どこにやったの?」
その声は低いドスの効いた声で、日中の少し高い優しそうな声とはまったくの別物だった。目の前にいるのはたしかに秀俊の母親だ。それなのに、あらゆる光景が別人なのではないかと思わせる。
「あなたが持ち出したんでしょ!」
突然、大声を出す愛美に忌子は肩をすくめる。愛美はそのまま秀俊の方へと近づき無理やりリュックを奪い取った。まるで自分たちのことなど気がついていないかのように、こちらには目もくれずリュックの中をあさる。木箱を手にするとホッとしたように息を吐き、慌てて神棚へと木箱を乗せた。そのままぶつぶつと手を合わせてつぶやきを始める。それは忌子にとって聞き覚えのある言葉だった。
「やめろ!」
それが何かを思い出そうとする前に仲間がリビングに入り愛美の手をつかむ。
「離して!」
愛美が頭を振りながら仲間の手を振りほどこうとする。それでも離せないと察したのか愛美は急に動きを止める。
「あんたが秀俊をたぶらかしたの!」
今度は仲間の顔をにらみつけるように見上げながら怒りをあらわにする。
「なにを言ってるんだ! 私はただ呪いを止めようと」
「神聖な儀式を邪魔しないで!」
愛美が吐き捨てるように言う。
「これがどういうことかわかっているのか! これのせいで彼女が大変な目にあっているんだぞ」
仲間は忌子の方を指さしながら声を荒らげる。
「そんなの言われなくてもわかってる」
こともなげに答える愛美の言葉に理解が追いつかなかった。彼女は呪いが忌子の身に降りかかることをわかった上で儀式を行っていた。
「母さん。なんでこんなことを」
秀俊は忌子が感じていた疑問を口にしてくれる。
「あなたのためを思ってに決まってるじゃない。あなたはお父さんと違って立派になってもらわないと困るんだから」
自分の理解力が足りないのだろうか。そう感じてしまうくらい、当然のように語る愛美の言葉がなにひとつわからない。秀俊も同じ心境なのか、なにも言えないでいた。
「あんたにも秀俊の邪魔をしないようにあれだけ忠告したのに」
愛美がこちらに向き吐き捨てる。その言葉で田島秀俊に近づくなという手紙が思い起こされる。彼女が手紙を投函した犯人だった。そして玄関にごみを撒き散らしたのも。秀俊の邪魔をするな、その一心だけであれほどのことをしたのだろうか。
「罪滅ぼしのために汚れ役を引き受けたっていうのに、私を邪魔者扱いして」
急に涙を流しさめざめと泣き出す。
「意味がわからないよ」
秀俊がつらそうな顔をしながら漏れ出るかのようにつぶやく。
彼女は神聖な儀式や汚れ役と言って被害者のように泣いた。これは呪いの儀式で、自分こそが被害者のはずなのに、なぜか罪悪感が芽生えてくる。
「それにあなたたちだって彼女のことなんかどうでもいいんでしょ」
急に自分の方に目線を向けられて背筋に嫌な感覚が走る。涙の跡を残しながら、今度は薄ら笑いを浮かべてこちらの方を見つめていた。
「そんなわけないじゃないか」
仲間が突き放すように言う。
「どうしてそんなことが言えるんですか」
楠本が冷静に問いかける。
「だって彼女のことを本気で大事に思っているなら一緒にいられるわけない。あなたの身に降りかかっているのは、そういう呪いなんだから」
愛美が言う呪いの内容を聞いても忌子はわけがわからなかった。理解しようと愛美のことをじっと見ていると彼女は馬鹿にしたように笑う。
「あんたと一番仲の良かった子が一番ひどいことをしてきたんじゃない。縁が深ければ深いほど、その縁を断ち切るのに強い力が必要なんだから」
急に縁と言われて理解ができない。しかし最初の部分は心当たりがあった。美友紀の姿が思い出される。自分が最も嫌がっていること、動物の死骸や穢れ、血、それらすべてを詰め込んだものを渡してきた。
それは愛美が知りうるはずのない情報だった。そのことを見事に言い当てている。
「縁の深さを利用した呪い」
仲間がつぶやき考え込む。その様子を見て忌子も頭の中を整理しようとする。彼女が呪いをかけた張本人だった。それは間違いない。そして呪いの内容は、自分と縁が深い、それは仲が良いということだろうか。その程度が深ければ深いほど呪いの影響で豹変すると彼女は言っている。
しかし。
理解が進むにつれて忌子の心臓の鼓動が速くなる。今、自分の周りにいる三人に目を向ける。
「だから今も一緒にいる彼らはあんたのことなんてこれっぽちも大切に思っていないってこと。そうじゃないと一緒にいられるわけないんだから」
たった今、たどり着いた結論を愛美が代弁する。
「ありえない!」
仲間が遮るように言う。楠本も同意するかのようにうなずいている。
「口ではなんとでも言えるわ。でも秀俊は違うでしょ。何か理由があってあんな子と一緒にいるんでしょ」
愛美はすがるような目つきで秀俊を眺めていた。そして秀俊はなにも言わず、気まずそうに目線を下げる。その表情を見て、忌子の心の中に冷たいものが流れ込んだ。仲間たちと同じように真っ先に否定してくれるものだと思っていた。それなのに、彼は否定せずただ黙っている。
その行動のせいで忌子は呪いの真相が愛美の言っている通りだと確信してしまった。彼は自分と縁を結んでいない。だからこそ一緒に行動できた。
今までの付き合いすべてを否定されたような感覚。美友紀以外のクラスメイトや神社の人ですら呪いの影響を受けていた。今までとまったく変わらない彼の姿は、それだけで自分との縁遠さを表していた。
「母さん。おかしいよ。自分がなにを言ってるかわかってる?」
愛美が話すのを遮るかのように秀俊が早口で言う。まるで言われたくないことを隠すかのように。
「あんたまで私のことをおかしいって言うの!」
突然、愛美は絶叫し目を見開き秀俊のことをにらみつける。声に驚き忌子は体をすくめた。秀俊もたじろぎ下を向いてしまう。
「近所の人たちだってそう。いつもいつも私のことを哀れむような、それでいて小馬鹿にしたような目で見てくる。それもこれもあいつのせい。だから私は悪くない。あいつがああなったのも私のせいじゃない!」
徐々に愛美は下を向いて声も小さくなったため何を言っているのかわからなくなってきた。すると突然愛美は膝から崩れ落ちるように倒れ横になってしまった。
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