第8話
ちょっと迷いながら、時々人に道を聞いて、曲がるところを二・三回間違え、やっと目的地に着いた。
大きな門だ。これは……民家なのか? ちょっと、いや、かなり緊張する。
これも〝文化財〟なのだろうか。存分にそのような雰囲気はある。
幸い現代的なドアフォンもついていた。恐る恐る押してみる。
「はい? どなたですか?」
「えーと……その、山海堂古書店さんに用事があるのですが」
〝古書店〟にアクセントをつける。
……今更だがどこからどう見てもこの佇まいは古書店ではなかった。間違っていたらどうしよう、とドキドキする。
「ああ、入ってください。山海堂に御用でしたら断わる必要はありませんよ」
呆気ないほど簡単に言われた。
言葉通り、お寺のような屋根のついた木製の門は押せば簡単に開く。
中に入ると、すぐに厳めしい文字で『山海堂』と墨書きされた看板が立っていた。明らかに母屋とは別方向に誘導されて到着したところは大きな土蔵の前であった。
さっき道端で聞いてきた通りである。聞いてきた通りではあるのだが俄かに信じられない。
「あれ、夏雄君じゃないですか。久しぶりですね」
「
古本屋の店主は〝各務さん〟だった。今思い出した。
最後にあの古本屋に行ってからだいぶ経ったと思っていたのだが(三~四年?)、各務さんの印象は全く変わっていなかった。
元々色白だったのが、さらに白くなったような気がする。土蔵を背景にして見ると、ますます幽霊とか妖怪のような風情が醸し出されていた。
僕は我ながら失礼なことを考えているな、と思って鼻の奥の方でふふっ、と小さく笑った。
各務さんは、タックの入った会社員の人がはくようなズボンを着用していた。上は日に映える白が眩しい開襟シャツ。眼鏡の下の柔和な目は、涼しい顔の中でこちらに向けられている。
男の僕から見ても均整のとれた顔立ちで、いかにも女子に騒がれそうな見た目ではあるのだが、如何せんこの場所では周囲と調和しすぎていて〝イケメン〟という雰囲気ではなかった。
「あの、お店こっちに変わったんですか?」
「ああいえ、っていうか家賃が払えなくなったんですよね」
耳の後ろを掻きながら、各務さんは気弱そうに笑った。
「商品の整理も大変だし、どうしようかな、って思ってたんですけど家族が使ってない土蔵を店にして良いって許可をくれたんで……なんとか営業してる感じですね」
恥ずかしそうに目を瞬かせながら、訥々と話してくれる。よくわからないが、僕のような子供に訊かれもしないのに話さなくても良い事なのではないかと思う。
「まあ入って」
古本を買いに来たわけではないのだが、土蔵の古本屋さんというのも正直興味があるので、お邪魔することにした。
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