8、謙虚、堅実をモットーにお姉様
乙女ゲームって、イケメンも大事だけどやっぱりヒロインちゃんも大事だよね。
私は思い出した。
前世で乙女ゲームを買った時、ヒロインちゃんが可愛くて、芯の強さがあって、現実にはいないような『いい子』だなと思ったことを。
自分がいじめられてもめげなかったし、悪にはNOと言って、共感能力があって、辛抱強くて付き合いがよくて、頑張り屋さんで。
乙女ゲームは攻略にも時間がかかる。別キャラ視点も結構あるけど、基本はヒロインちゃん視点で話が進む。だから自然と「もう一人の自分」とか「応援したい友達」みたいな感覚になった。
ヒロインちゃんが酷い目に遭うとつらくなって、人に良さをわかってもらえると嬉しくなって、イケメンの好意を感じるとにやにやしちゃった。
「こんな子になりたい」と思った。
パン屋の娘、ヒロインちゃんそっくりの女の子が、目の前にいる。
「エリナ・トブレッド、15歳。亡くなったパン屋の娘の双子の妹だ」
私が見ているのに気づいたパーニス殿下が教えてくれた。
「パン屋は経済的な余裕がなく、姉妹を同時に学校に通わせるのが難しいと悩んでいた。妹のエリナは健気にも姉に譲り、自分は家業の手伝いに専念すると言っていたが、姉が亡くなったので登校できることになった」
【フクロウ】の情報網だろうか。パーニス殿下は、情報通だ。
そういえば私、【フクロウ】の秘密基地の場所を知ってるんだよね。今度こっそり覗いてみたいな。
「マリンベリー? 聞いているか?」
「失礼しました殿下。エリナさんは、それで疑われてるのですね。姉妹仲はよかったんですか?」
「俺と兄上程度には仲が良かった。エリナはいい子だぞ。……可哀想に」
パーニス殿下は原作のゲームだと、パン屋のメロンパンがお気に入りだった。
お忍びでメロンパンを買うついでに、姉妹とも顔見知りだったのだ。
魔法学校の外で知り合い、身分を知らずに「パン好きのお兄さん」として親密になるキャラ。
後になってから「実は評判の悪い第二王子」と知る。
でも、ヒロインちゃんは「どんな評判があっても、私はあなたが良い人だと知っています」と言ってくれる。パン屋に癒され、ヒロインちゃんに惹かれていく。
それが、乙女ゲームでのパーニス殿下だ。
「情報に感謝します、パーニス殿下。では、可哀想な子を助けるとしましょう」
「ふむ?」
私は殿下にお礼を告げて、いじめっ子たちにも聞こえるように声を大きくした。
「まあ! パーニス殿下は、トブレット・ベーカリーのパンがお好きでしたか! 知りませんでした! ええっ? 彼女ともお知り合いなのですか?」
「……単なる店員と客の関係だぞ」
なぜかそこでパーニス殿下が私に腕をまわしてくる。
なにこれアドリブ演技?
後ろから抱きしめるような恰好になって、周囲から黄色い悲鳴があがった。
「あっ、ちょっと。頬にキスをしないでください! みんなが見てるじゃないですか!」
「見られているから婚約者と親密な姿を見せつけているのだが」
…… 見世物みたいで恥ずかしい。
「わ、私が指示していないことは、なさらなくていいです」
「俺はお前の操り人形ではない。自分の意思で行動だってする」
「それはそうですが、はしたないです」
「今朝は俺の服を脱がせたのに」
「それは作戦!」
真っ赤になって言うと、パーニス殿下は放してくれた。
私を見下ろす視線は、何かを探るようだった。
「変わったな、マリンベリー」
続く言葉が独り言のように小さい。
「……兄上が魔王であるように、お前も聖女だから……?」
「聖女はパーニス殿下ですけどね」
ちょっと疑われてる?
自分でも「急に変わりすぎ」という自覚はあるけど。
「私の話は、今は置いておきましょう」
彼女に悪意を聞かせていた生徒たちを見ると、貴族の家の子女たちだった。
前世では、私もいじめられた経験がある。
あれは、誰かがいじめ側に「NO」をはっきり突きつけないといけない。
同調したり、見て見ぬふりをしていたら、「この行為は許されるんだ」と思ってどんどんエスカレートするのだ。
「謙虚、堅実をモットーに、いじめにNOと申しましょう」
「マリンベリー? なんだそのモットーは?」
ここでこの国の貴族の序列について説明しよう。
貴族は、上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士。
さらに、魔法使いの名門と言われる二つの家柄がある。
『魔女家』ウィッチドール伯爵家。『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家。この二つは、同じ序列の他家よりも格上だ。
つまり、ウィッチドール伯爵令嬢である私より身分が上なのは王族、公爵家、侯爵家のみ。
養子なのと態度が悪かったので評判を下げていたけど、魔化薬の特効薬開発の功績と第二王子の婚約者という地位のおかげで――私は大きな影響力を持っている。
今までのマリンベリーだったら、「そうね! 私も平民は嫌いよ。だって私は貴族だから!」といじめに加わっただろう。
平民をいじめる貴族側になることで、「私は貴族」と自分の身分を確認して気持ちよくなれたからだ。
でも、マリンベリーは地位が高い。
高い地位にいる令嬢の態度には、影響力がある。
それだけに、今、何も言わずに見過ごしていたら。
「マリンベリーと王子はいじめを黙認している。2人はいじめ側の味方だ。咎められないから、どんどんやっちゃえ」ってなるんじゃない?
……ここで遠慮する必要なんて全くない。むしろ、黙っていてはいけない。
「今、どうしてお相手に聞こえるように悪口を言ってたんですか? まさか、この王立魔法学校で貴族が平民をいじめるなんて、ないですよね?」
私が言うと、いじめっ子たちは顔を見合わせて後退った。
「マ、マリンベリー様?」
「そんな高貴な者にふさわしくない行い、なさる方はこの学校にいらっしゃいませんよね」
周囲をぐるりと見まわしてからいじめっ子たちに視線を留めると、彼女たちは逃げて行った。
「い、いないです!」
「わたくしは無関係ですわ」
「用事を思い出しました! 失礼いたします!」
逃げていく背中に、ふと思った。
――「胸が
やはり、私は悪役キャラっぽく振る舞うのがしっくりくる気がする。
マリンベリーは性格が歪んでるキャラだ。
そう言うキャラとして創られて、16年間そう生きてきたのだもの。高笑いでもしとく?
いや――やめておこう。
エリナさんに、ますます怖い思いをさせちゃう。
私は魔女帽子を指で持ち上げ、エリナさんに笑いかけた。
「エリナさん。はじめまして。私は2年生のマリンベリーです。お姉様の件は、さぞお心を痛めていらっしゃることでしょう。お悔やみ申し上げます。学校で何か困ったことがあったら、先輩であるパーニス殿下を頼ってくださいね」
怯えがちに私を見るエリナさんは、純朴な雰囲気だ。
エリナさんの立場に立ってみると、お姉さんが殺害されて、入学して登校してみたら聞こえるように悪口を言われて、見知らぬ2年生が話しかけてきたんだもの。
怖いだろうなぁ。
……こんなイベント、ゲームにはなかったな。
「第二王子殿下がトブレット・ベーカリーのメロンパンが大好きなので、エリナさんにパン作りを教わろうと思ってたんです。エリナさん、学校が終わってから殿下と一緒にお店に行ってもいいですか?」
エリナさんは林檎みたいに頬を赤くして「はい!」と頷いてくれた。
「か、かしこまりましましまし……っ、ぜ、ぜひいらしてくだひゃい!」
「そ、そんなに緊張しなくていいのよエリナさん」
エリナさん、噛みまくり。すっごく焦ってる。
小柄な体を左右に揺らしていて、なんだかすっごく可愛い。
「お声をかけていただいて光栄です、マリンベリーお姉様……!」
お姉様だって。
なんか妹ができたみたいで可愛いかも?
守ってあげたくなる女の子って、こんなタイプかな。
「ふふっ、エリナさん。タイが曲がっていてよ」
エリナさんのリボンタイを直してあげると、お姉様気分が高まった。
ちょっと強引かなって思ったけど、陰口女子たちも逃げて行ったし、本人も目をキラキラさせてるし、よかったんじゃないかな。
ゲームにはないイベントだったけど、『エリナさんを助ける作戦』成功!
……だよね!
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