第6話 リルの役目

 ケーラ王国には、古来より『自然豊かな場所には魔法使いが棲んでいる』という伝説がある。例えば南部のオロ山や東部の青雪渓谷。そして、北西部の碧謐の森だ。

 一般的な『魔法使い』のイメージは、空を飛んだり、魔法で変身したり、怪しげな薬を作ったり、凶悪な魔物を喚び出したりと、おおよそ子どもがワクワクしそうな要素満載の架空の人物だが……。


(死んだおばあちゃんがよく言ってた、『いい子にしてないと怖い魔法使いに捕まえられる』って。私、悪い子だから森に連れてこられたの?)


 それが本当なら、目的は何だろう?

 人体実験でもされるのだろうか?

 それとも儀式の生贄に?

 

 寝物語の暗黒面ばかりが頭に蘇って、リルは恐怖で泣き出す寸前だ。


「それで、魔法使いさんはどうして私をここに……?」


 震える声をなんとか絞り出すリルに、魔法使いの青年は淡々と、


「君には茶葉の管理と補充を頼みたい」


「……はぃ?」


 思ってもみなかった回答に、リルは目をしばたたかせる。


「え? 今、なんて言いました?」


 聞き返した彼女に、彼は再度律儀に答える。


「倉庫にある茶葉の管理と補充をお願いしたい。あと、私が望む時にお茶を淹れて欲しい」


 耳に入った言葉を脳が理解するまでに数秒を要した。


「……そんなことでいいんですか?」


「そんなこととは?」


「だって、大金を出して私を連れてきた理由がお茶の為なんて」


「嫌なのか?」


「嫌じゃないです!」


 むしろ大歓迎だ……が。


「でも、もっと危ないことをさせられるのかと。魔法の実験台とか、生贄とか……」


 リルの発言に、銀髪の青年は金色の瞳を上目遣いに考えて、


「そういう役目がよければ考えるが?」


「いえ、大丈夫です! 精一杯お茶の管理を頑張らせていただきます!」


 リルはもげるほど首を横に振る。……うっかり命を落としかけた。


「今言ったことさえしてくれれば、他の時間は何していても構わない。ああ、それと、たまに客が来るから適当に相手してやってくれ」


「あ、相手って?」


 今度こそ苛烈な妄想に体を強張らせるが、


「世間話とか」


 気が遠くなるほど健全だった。


「……承知しました」


 こんな森の奥に客など来るのだろうか? と疑問に思うが、そこは黙って頷いておく。

 会話が途切れると魔法使いは用は済んだとばかりに階段を上り始めたので、リルも倉庫を後にした。

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