第Ⅰ章 魔王になる

第1話 追放

「う~、これサインはだるすぎるって…」


 ある日の午前中のこと。俺——ソルマ・ソードアイズ が職務室で国の予算を集計していたころだ。

 俺はギルマス兼剣士責任者だが、いつも書類ばかりでさぁ~。書類作成嫌猜症候群エビデンスヘイトシンドロームになるほど。自作の病気だけどね。

 それで、いつもサインするときは血のりみたいな赤いインクを使うんだけど…


「インク~ あっ!!」

 パリン!!


 手に取った瞬間、締め方の不備なのかばしゃっと俺の手に大量のインクが飛び散った。


「あぁぁぁ!インクが~」


 しまった。俺は立ちながら書類の整理をしていたので、手に飛び散ったインクに足を滑らせてひっくり帰ってしまった。

 あ、俺これ知ってる……

 完全にデシャヴなんだけど……


 周りに大量の紅いしみが大きくできてさ。それも、かなり濃いいしやっと作り終えた書類一式にね……


「あああぁぁぁ!!」


 俺の叫び声が響く…… 絶望しかなかったよ。


「…」


 俺、もう死ぬしかないのか?


「はぁ~またインク入れ変えなきゃ…」


 でも、そんな重い空気の中で、俺の一言で救われるのはいつもどおりの日常でした。

 赤くにじんだ書類をまとめていると下からナイフが出てきた。これは、紙を切るときに用いるもの。えっ?はさみはないかって? それがね、ないんですよね。作ってもらうかと最近計画中。


「あああぁぁぁ!!」


 俺の叫び声が響く…… 絶望しかなかったよ。


「…」


 無言で書類と紅のインクがしみ込んだペンを置く。


「うぇ~」


 もう最悪だわ。

 しかし、ギルマスたる俺はこんなことでくじけない。

 まずは掃除から始めるのだ。俺は掃除好きではないけど……

 あ~、俺こういうの向いてないよほんと……


「もうやだ!!」


 心の中で愚痴を叫ぶ。そして、その勢いで机の書類を床にたたきつけた。


「はぁ……」


 そして、深いため息を一つつく。

 俺はそれを使って書類を半分に折り、さらに折ってまた折り、それを何回も繰り返した。


「はい、できた…」


 出来上がったのは、赤いインクで真っ赤に染まった書類の束。傍に赤の水たまりが大きく散っていた。


「……」


 俺はそれを無言で見つめ、その束をゴミ箱に捨てようとしていたら。


「ソルト・ソードアイズ、ギルドでの人殺しの罪によって現行犯逮捕とする!!」

「え?!」


 突然、上から声が聞こえてきたと思ったら、俺を拘束しようとする人が入ってきた。


「ちょ、ちょっとまって!!」

「動くな!! この殺人ギルドのボスが!!」

「え?え?え? 殺人ギルド?」


 俺は訳も分からず、ただ立ちすくんだ。


「いや、俺は何もやってないですよ。なんなんすか? やめってもらってもいいですか?」

「あ?俺たちギルド保護班を馬鹿にするとはいい身分だな」


 ここで説明しよう。ギルド保護班とは、安心してギルドを使っていく中で不正な行為をしたものを取り締まるスペシャリストである。


「はぁ…そんなことどうでもいいです。で、なんのごよう?」

「お前がこのギルドにやってきた1年ほど前にあった人殺しだよ!」

「え?!俺そんな殺人犯じゃないんですけど?!」

「とにかく、お前はもう逃れられない。おとなしくしろ」

「おとなしくするのは君たちのほうだ。俺は何もやってない。証拠がないなら出てけ」

「証拠か、ではこれはなんだ?」

「?」


 指をさしたほうへ向くとそれは、赤色のインクが付いたナイフだった。もう一度言うがこれは、先ほど予算案のサインをするときに倒れてこぼしたときについたものであり、事件とは全く関係ないものだ。


「まるで自首したみたいだな。しかも、赤いインクのついたナイフを持ってきたところを見ると、相当余裕のない犯罪者の証拠にしかみえないな」

「はぁ?!そんなの証拠になるわけないでしょ! それに、俺が自分で自首するようなことするわけがないじゃん! それに、なんでインクのついたナイフだけ持ってくるわけ?!」


「とにかく!!お前はこの罪から逃れることなどできん!!」


 そういって、俺は無理やり連行された。


「はなせ!!俺はやってないって!!」


 しかし、俺の抵抗むなしくそのままギルド保護班の馬車にぶち込まれてしまった。


「……」


 もう、絶望しかない…… そして、その馬車の中で取り調べがされたのだが……


「お前がやったんだろ?」

「いやだからやってないって」

「証拠はあるんだぞ!」

「それは俺じゃないし……」


 あ~もう!話がかみ合わないよ!この人たち。


「お前、このナイフの指紋は誰のものだかわかるか?」

「いや……わからないです」


 そういわれ、俺はそのナイフをみた。それは確かに俺の指紋がべっとりとついている。しかし、これは犯人のものではないし……それに、インクのついたナイフなんていくらでもあるだろうし……


「じゃあ、このナイフに付着している赤いものはなんだ?」


 そういって出されたのは、俺がさっき書類整理していたときにできた赤の水たまりだ。

 なんだろう、なんだかイライラしてきた。


「だから、それは俺が作ったインクで……」

「は?」

「いや、だからこれは人の血じゃないし……そもそも俺はやってないって!!」


 そう、俺は何もやっていない。しかし、この人たちは俺を犯人と決めつけている。

 ああ、もう。ムカつく。


「だから、このナイフの指紋は俺のものじゃないし、インクは俺が作ったものなんだよ! それに俺はやってないって!!」

「……そうか。犯罪者はいつも、わけわからないことを言うんだよな」


 その言葉で俺は何かプチっと切れた音が聞こえたような気がした。


「…おい」

「? 今なんて言った? ?」

「うるせぇんだよ!!」


 その瞬間、俺はその保護班の奴の胸倉をつかんだ。


「さっきから何回もいってるだろうが! 俺がやってないって!!それなのに、『証拠はある』とかわけのわからないこと言いやがって!そもそも、お前が持ってきた赤い水たまりだって俺の使っているインクでできてんだよ!!」


 俺は、相手を殴る。暴力罪とか、公務執行妨害とか日本という国にはあると同僚の転生者から聞いたことがある。


「うぐ!」


 相手は保護班のプロというが、レベル的には俺のほうが勝っていた。その男は床に倒れこみ動かなくなっていた。


「!」

「お、お前……よくもやりやがったな……」


 残った1人は、俺に向かってナイフを突き刺してくる。だが、そんな攻撃は俺にはあたらなかった。

 もうこれでわかる通り、俺は相当レベルが高いのだ。だから簡単によけられるし、カウンターで仕留めることだってできるんだよ!


「うるせぇって言ってんだろ」


 そのまま相手の腹にボディーブローをぶち込む。相手はグホっと息を吐き出した後その場に倒れこんだ。

 そして気が付けば、馬車の中には俺しかいなかく、その馬車も止まっていた。


「……」


 もう俺は何も言うことなく、そのまま馬車を降りた途端、俺の顔は恐怖の顔になっていただろう。


「ソルマ君」

「っ!?」


 この国のリーダーといわれる存在、つまりこの国の王である。その王が今目の前に立っていた。


「は、はい」

「私が言いたいことわかるよね?」

「……」


 俺は何も言うことなく、ただ立ちすくんでいた。

 そして……


「君、ギルドから追放ね」

「ち、違うんです!!これは、俺は無実で……」

「分かった。君の言いたいことはわかる。だけどだ」

「……」

「無実のために人を殴ることはいけないことだ。君ならわかるだろう?」

「……」


 それはそうだ、俺は人を殴ってしまったんだ……それはやってはいけなかったことだ。だが、正直いうともうこんなギルドにいたくないという気持ちが強かったのも事実だ。だからか、もう追放でもいいと思えてしまった。


「今までお疲れ様」

「……はい」


 もう何も言い返せない。ただただショックだったよ。

 そして俺は、冤罪での追放となったのだ…

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