幻想東邦霊異聞

波津井りく

 

人間の業が招く

第1話 精霊と共にある者

 かつて翼持つ精霊が人間にこう語った。この国を空から見下ろすと、海に横たわる竜の姿をしている。だから創世の神話は事実なのだと。


 我々は竜神の亡骸……その骨が抱える大地に守られ、血肉の還った恵みに生かされている。だからこの島国はずっとずっと大昔から、竜骨諸島と呼ばれるのだ。


 人々は今も昔も変わらず、精霊と共にこの世界で生きている。そして光と影が切り離せぬように、精霊と相反するもの……魍魎も共にある。


 脅威となる魍魎を打ち祓うべく精霊と共に戦う者を、この世界では箚士とうしと呼ぶ──




「えーっと、これは魍魎の仕業じゃないですねー」


「そんな馬鹿な、だってこんなに荒らされてるんですよ!」


「以前猪の出た村が一晩でこうなりましたね。それと同じじゃないかな」


 見るも無惨に荒らされた畑と作業小屋を前に、依頼人は不服そうに腕を振った。期待通りの答えでないのがお気に召さないらしい。


 魍魎の被害だと認定されれば、国から補填されるからだろうな。でも虚偽認定なんかしたらこっちの首が飛ぶわ。子供だろうと専門家の威信に懸けて譲らないよ。


 しばし笑顔での睨み合いの後、依頼人の青年は身振り手振りを交えて大仰に訴え出した。


「いいやこれは絶対、あいつが魍魎をけしかけたに違いないです。もっとちゃんと調べて下さいよ!」


「なんだその後出し情報……心当たりは最初に言ってくれませんかね。あいつとは?」


「村外れに住んでる薬屋の小娘ですよ、と言っても箚士様よりは歳上ですが」


「すみませんね成長期まだで!」


「おかしなことにあいつは魍魎に襲われない。いやそれ所か、他人にけしかけられるようで。気味が悪いでしょう」


「は?」


 以前山へ山菜採りに行った村人達は、薬草を摘みに来た彼女と共に魍魎に襲われた。その渦中に青年の伯母もいたのだと言う。


 伯母の盾になった筈の彼女だけ素通りで、不自然なまでに怪我一つないままだったそうな。そんなことが二度三度と。


「全く時間稼ぎにもならずに」


「……おいこら黙って聞いてりゃあ、要するにその人を突き飛ばして囮にしたのか」


「そこは問題じゃない、魍魎は怒り狂ったように伯母さん達だけしつこく追い回すんだそうです。おかしいじゃないですか」


「すげーな村社会、人間の屑の血が濃い」


 呆れ果てて言葉を選ぶ気にもならない。もういいや、と背を向ける。野生動物対策は箚士とうしの仕事ではない。


「心配しなくても猟師に一仕事頼めばどうにかなる。お代はいらないから、もっと人の心を身に付けなよ。さいならー」


「あ、ちょっと!」


 引き留められるのも嫌で、その場を一目散に後にした。偏った情報を一方的に受け取っても不備の元になるだけだ。単純に嫌気も差してる。


「とりあえず山に出た魍魎は祓わないとならない」


 忍んだ樹上で村を見下ろしながら頭を掻く。全体を俯瞰しながら村外れを探した。村の雰囲気は正直良くない、特有の閉塞感が濃いんだ。


 不幸の理由をこれという証拠もなく、爪弾きにした者に押し付ける。よくある片田舎の村と言え、ここまでガチガチに閉じた価値観も珍しい。


 もしかしたら今まで猪が棲息してなくて、住み着いちゃった野生動物に右往左往している……とか……


「だーめだ。最大限好意的に解釈しようとしても、やっぱ屑だわ。性根と所業が腐ってる」


 ただ話題のその子は気にかかる。誇張混じりにしても、魍魎に襲われないとはかなり稀有な才能だ。


「どう思う? 大成たいせい


 相棒を見上げ問えば、キキッと鋭い声が返る。


「まあ今ここで何を言っても意味はないね、確かに」


 じゃあ行ってみるか、と村外れ目指して枝を跳んだ。


「……あそこかな」


 村の建物と同じ建築様式の家がある。漆喰の壁に黒く煤けた色の木枠と屋根。想像よりちゃんとした家屋で安心だ。

 表には薬屋と小さな看板があって、それらしい青いにおいが中からしている。


「ごめん下さい」


 戸を叩くと向かって来る足音が聞こえた。少し待てば細く開いた戸口から、年頃の娘さんが顔を見せる。表情はないが悪意も感じない、物静かな人なんだろうか。


 長い袖と着丈の白衣姿、薄茶色の髪に珍しい色の目だ。灰を溶いたような紫、菫の花に似てると思う。下からなら見やすい。


「……坊や、何か?」


「毒消しはある? 百足の毒に効く奴とか」


 無表情なその子にへらへら注文を付ければ、不意を打たれたみたいに目瞬まばたき、招き入れてくれた。


 小上がりに腰かけ、何とはなしに室内を眺める。代々家業を継いでいる家って、どんな仕事でもどこか共通した雰囲気があると思う。


 乾燥中かな。あちこちに縛って吊るされた薬草、乳鉢に薬匙、蝋引きの紙。専門職の人が使う御用達の道具は、見てるだけでも割と楽しい。


「同じ村だけど……ここは空気が良いや」


 掃除が行き届いてるのを差し引いても不思議だな。家に残された温度みたいな、もしくは住人の人柄なのか。この家は綺麗な場所って感じがする。大成が寛いでいられるくらいに。




──────────────────────

お目通し下さりありがとうございます。

作中の漢字、平仮名表記の書き分けは意図したものです。変換忘れではなくそのまま読み下して頂いて大丈夫です。

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