File No.5:偉霊と咎霊

 事件解決の翌日、いつものように学校帰りに警視庁に寄った私は蛇島警部に呼び止められていた。

 オフィスのようなフロアの隅、自動販売機が並ぶ休憩スペースに案内される。今日も今日とてスーツ姿の蛇島警部が、ミルクティーのペットボトルを渡してきた。


「ほい、嬢ちゃんはミルクティーだったよな」

「ありがとうございます。いつもすみません....」

「いや、気にするな。嬢ちゃんのおかげで捜査は捗ってるし、なにより天下の名探偵シャーロック・ホームズの力を借りられるならジュースの数本くらい安い安い」

『む、僕の頭脳はその程度の価値なのか?見縊られたものだ』

「違うよシャロちゃん。蛇島警部はシャロちゃんの推理力を尊敬してるの。変なこと言っちゃダメ」


 めっ!としつけるように言うと、意識の中でシャロちゃんが『むぅ....』と低く唸っているのが聞こえた。


「しっかし、いつ見ても不思議だな偉霊魂ってやつは。どんな感覚なんだ?意識の中にもう一人いるってのは」


 ブラックコーヒーを飲みながら不思議そうに尋ねる蛇島警部。

 どういう感覚....いざはっきり言葉にしようとすると難しい。


「自分の意識がある中、脳内で話し相手が出来たような感覚....でしょうか?」

「へぇ。イマジナリーフレンドってやつに似てるのか?」

「意味合いは違いますけど、イメージとしてはそんな感じですね」

『まぁ、実際に僕たち偉霊魂は幽体の魂だからな。現実で存在するためにはどうしても肉体が必要になる』

「特務課の連中は“契約者”しかいないからな。あの謎の虚空から現れた魂....それと契約してるやつを気味悪がる者も多い」


 特務課とは、私が所属してる警視庁内でも特殊な課です。基本的に一般の捜査には加担しませんが、偉霊魂が絡んでいることが判明するもしくは偉霊魂が絡んでいる可能性のある捜査に干渉し、契約者が犯人であれば即座に対処する。

 先日の稲穂照&偉霊魂:アルバート・デサルヴォとの戦闘も、特務課としての捜査の一環です。


「でも実際、偉霊魂が現れてからこの国の技術は何歩も先を行ってる。医学・工学・考古学に技術学....あらゆる分野で偉霊魂が残した功績は大きい。実際、過去の偉人が第2の人生を得たようなものだからな」

「それでもなお偉霊魂の存在が公にされず、こうして秘密裏に動いているのは....」

咎霊オフェンダーのせいだな。歴史的偉人だけならまだしも、世界に名を遺す殺人鬼やら犯罪者まで蘇ってるんだ。この件は公にできない」


 偉霊魂ファントムには2種類が存在する。


 1つ目は“偉霊グレーター”。その名の通り歴史的偉人が偉霊魂となったパターン。

 2つ目は“咎霊オフェンダー”。偉霊グレーターとは逆に咎人、罪人や犯罪者が偉霊魂となったパターン。

 この2種類を含め、種族的な総称が偉霊魂ファントムなのだ。


「ところで、稲穂警官のその後はどうなりましたか?」

「ん?あいつは今留置所で裁判を待っているよ。尋問官が取り調べを行っているが、大体のことは吐いてくれたな。動機・ターゲットの選定方法・侵入方法....大体全部がホームズの言った通りだった。強いて言うなら、責任を契約していたアルバート・デサルヴォに擦り付けようとしていることくらいかな」

『だからスカポンタンだと言ったんだ。この国の法では“偉霊魂と契約した者の犯した罪は、契約した者に課せられる”。いくらアルバートのせいにしたって、あいつはもう輪廻に返った。罪を償うのはいつだって人間の方さ』

「結局実行したのは彼ですからね。少女3人の殺害に他の罪も....となると、出てこれない可能性は大いにあります」

「まぁ、あいつは自分の欲を満たすために警察の評価を貶めるようなことをした。そうなって当然だ」


 話ながらミルクティーを飲み干す。まろやかな甘さが口に広がり幸福感に満たされながら、空となったペットボトルをごみ箱に捨てた。

 すると、背後から気配を感じる。


「ラウラちゃーんっ!!!!」

「きゃっ!!」


 背後から何者かに抱き着かれた。背中に感じる柔らかい感触と高めの声から女性、そしてこの警視庁内で私の事をこんな風に扱ってくるのは1人しかいない。


「もう、奏美かなみ!急に抱き着かないでって言ってるでしょ?」

「えへへ~ごめんごめん!呼び出されたから来てみたら見つけちゃったからさ!ところで、こんな所で警部と密会かぁ~?」

「変なこと言わないでください!その場合捕まるのは警部なんですよ?」

「まて、俺にそんな趣味はないぞ!俺には愛する妻も子供もいる!」


 「冗談だよ~!」とケラケラ笑う少女。

 彼女の名は赤羽あかばね奏美かなみ。私と同じ特務課のメンバーです。赤髪のショートに琥珀色の瞳を持つ少女で、言動や行動からわかる通り活発で元気な子です。

 そして当然、特務課のメンバーということは彼女も“契約者”。


「そろそろ皆集まるころだろうし、行こ!」

「はい。それでは、また何か進捗があれば教えてください」


 そう言い残して、私達は2人でエレベーターホールへと向かった。


***


 家に帰ると、何やらいそいそとメグさんが準備をしている。持っているのは野菜とお肉....油揚げや豆腐まである。確かにそろそろ夕飯の時間だが、いつものメグさんならもうとっくに準備を終えててもおかしくない時間帯です。

 そう不思議に思っていると、返ってきた私に気が付いたようだった。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま帰りました。その食材は?どこに持っていくの?」

「おや?美香子様や勇貴様からお聞きしていませんか?本日はお夕飯がすき焼きとのことで、ご招待に預かりました。美香子様からは勇貴様が伝えるので大丈夫と聞いていましたが....?」

「いえ、知らないです。でも、せっかく招待してくれたのなら行きましょうか」

「はい。あ、そちらの食材も私が持ちますので」


 使用人としての仕事をしようとしてくれるのは嬉しいのだが、 私にとってメグは家族。お姉ちゃんのようなものです。私も手伝いますと言って、野菜の入った籠を運んだ。

 久王家は真隣の家だ。住宅街のこの辺りにおいて知り合いの家は何軒かあるが、一番古くからの付き合いで、かつ一番近いのはやはり勇貴の家だろう。

 玄関の鍵を閉め、後付けで付けられた裏庭のもんから久王家の敷地に入る。裏庭からはリビングに備え付けの大窓に直通になっており、私達を歓迎するかのように全開に開いていた。


「おばさん、お待たせしました」

「あら、月菜ちゃん。いらっしゃい」

「おねーちゃんだぁー!」


 美香子さんの挨拶に被せるように迫ってきた影が飛び出してくる。野菜の入った籠を置いて油断していたので、もろにそのロケットタックルを食らってしまった。

 ツインテールの少女はまだ幼く、にぱーっと満面の笑顔で懐いてくる。


「こら優華!月菜ちゃんが困っているでしょう?」

「えーでも....私おねーちゃんの事大好きだもんー!」

「大丈夫ですよ。私も優華ちゃんの事好きですよ」

「ほんと?!やったー!」


 甘え上手な妹ですね。彼女は久王優華。現在小学4年生の少女だ。いつも私に懐いてくれる可愛い子。


「ん、来たか。準備は出来てるぞ」

「あ、勇貴ー....私今日の事聞いてなかったんですけど....?」

「うっ....すまない。言い忘れてた」


 むすーっと膨れるふりをした後、ぷっと2人そろって噴き出した。2人して笑いながら食卓に用意されたお肉や野菜のある方へと向かう。

 なんだかんだ忙しかったが、こういう日があってもいのかなと心の中でそう思った。この平和な日常を守るためにも、私は戦い続けるだろう。

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