File No.3 彼女の名は

「それでは、事件の解明としゃれこもうか」


 そう言い放った僕は事件の解説を始める。稲穂は動かず、その話を聞いていた。肩を少し、震わせながら。


「今回の事件のタイトルは『連続少女強姦殺人事件』。警察もその方向で捜査を進めていたし、事実僕もその線だろうと考えて推理していた。


 だが、この事件にできた“穴”はまさにそこだったんだよ。この事件は『強姦殺人』ではなかった。それはなぜだと思う?」


 話を振ってみるが、俯くばかりで反応がない。つまらないと感じた僕はフンと鼻を鳴らすと話をつづけた。


「1回目の被害者も、2回目の被害者も、3回目の被害者にも共通点はいくつかあった。“年齢の若い少女”、“殺害方法は絞殺”、“どれも衣服がはだけていた”....普通の人ならこれは強姦殺人だと思うはず。だが、真相は違う。強姦されていたのならが被害者の体からは見つからなかった。それは....体液だ」


 そこで口をつぐんでしまう。別に口に出すことに恥ずかしさがあるわけではないが、こちらとて少女。あまり口に出したい単語ではない。

 その反応から、稲穂はその“体液”の示すものを理解した。

 だが推理は続けなければならない。話を続行する。


「強姦が目的であれば、若い少女の肉体を好き勝手出来る状況下で何もしないはずがない。だが、どの少女からも犯人の物と思われる体液は見つからなかった。そこで考えたんだよ。『この事件の本当の目的は強姦なのか?』とね。結論から言えばそれは違う。正解は『異常性癖の処理』だろ?」


 その言葉にまたもやびくりと肩が跳ねる稲穂。その反応一つ一つが正解であることを物語っていた。


「偉霊魂が人間と契約する条件は2つだ。1つはお互いに叶えたい願いがあること。2つ目は共通点があることだ。過去に存在したアルバート・デサルヴォも以上性癖の持ち主。複数の女性を絞殺し、あまつさえ性器を弄り回すクズだ。だが、君もそうなんだろ?だから彼の感情に共感し、そして契約を結んだ」


 事実、少女の遺体のどれからも犯人の体液は見つかっていない。おまけに、遺体は乱暴された様子はなく綺麗なままだった。

 つまりこの事件のメインは“強姦”ではなく“殺害”。強姦もその目的の一端であるとはいえ、元々“殺害すること”がメインの事件だったのだ。


「じゃあどうやって君だと見分けたのか?それは君の左の腰にあるものが証拠だよ」


 指指した先にあったのは警棒。折りたたまれた警棒だった。


「被害者たちから割り出したものじゃない。君を見つけてしまった被害者の兄から聞いたものだ」

「なっ....バカな!!あいつは殺したはず....!!」

「うちにも優秀な医者がいてね。瀕死程度であれば治すのに訳はないと言っていたよ」


 ふふっと笑いながら稲穂から数メートル離れた位置に仁王立ちする。


「それに、警官という立場はお国のルール上色々なところに入り込みやすい。家宅捜索だ、少し調べ物を、警察からのご提案です....なんでもいい。理由さえあれば警察であるという身分は自分を守る盾となる。いい隠れ蓑にしたな」


 つまり真相はこうだ。犯人は警察である自分の立場を利用して家宅に入る。狙うのはターゲットにした少女が1人になる瞬間を狙ってだ。

 そして絞殺。首を絞め、ターゲットの意識が薄くなるのを待つ。

 その後、彼の犯行目的の一環である性癖を満たすために行為をする。


 だが、3件目にして犯行を目撃するものが現れた。それはたまたま帰ってきた被害者の兄で、警察が自分の妹を犯している姿を目撃してしまう。

 焦った犯人は咄嗟に警棒を展開し、周到に頭を殴って気絶させた。もちろん、そこには外部からの衝撃で記憶の一部が無くなることを祈っての殴打もあったであろうが。


「そして最後だ。ではなぜ君だとわかったのか?他にも警官は沢山いるじゃないか?そこの答え合わせと行こう」


 そう言った時、不意に携帯の鳴る音がした。鳴っているのは私の携帯で、稲穂に確認も取らず通話をつなげる。


「もしもし、僕だ」

『おう、嬢ちゃんか。こっちは捜索終わったぞ』

「その反応は、見つかったんだな?」


 その言葉に反応するように稲穂が顔を上げる。焦っているのか、もはや「あ....う....」と言葉にならない声を発していた。


『ああ。犯行予定のターゲット一覧に犯行道具一覧。おまけに大量のゴムも見つかった。今も残っているかはわからないが、強姦の線もあったんじゃないか?』

「メインはあくまでも“殺人”だ。強姦は目的の一端でしかない」

『まぁいい。とりあえず犯人はそこにいるんだな?』

「ああ。止めておいてやるからしっかりと捕まえに来い」


 携帯を切り、さて....と稲穂に向き直る。


「被害のあった位置から推測するにエリアはこのエリア8の範囲。そして警官の巡回ルートはエリア全体をくまなく回る必要がある。犯人が警官なのはその時点でわかった。そして次に少女たちの家を特定した方法だが....これも同じだ。警察であれば民事データは確保可能。下っ端の警官であれ、入手するのはたやすいはずだ。最後、なぜ一個人を特定できたのか?それは君の両手にある」


 そう言われて稲穂は自分の両手を見た。


「君が僕を止めたときのことを覚えているか?1件目の事件の際、僕のことを知らない君は僕の肩を掴んで止めた。その際、妙に指の関節が柔らかいなと感じたんだ。指の関節が柔らかくなるのは日常的に何かを押える行動をしている証拠。そして人間は同じ部分を使用し続けると肌の色が変色するんだ。君の親指の様にね」


 彼の親指は他よりも赤く変色していた。これで、推理は終わり。

 稲穂は逃げられないと思ったのか、わなわなと震えだす。


「どうして....バレるはずなかったのに....!!お前のせいでっ!!」

「勘違いするなスカポンタン。自分のやった行動に責任が持てないなら最初からやるな。法を守れないやつが辿る末路は同じだと、警察学校で教わらなかったのか?」


 前かがみに蹲る稲穂。ぽたぽたと垂れているものは涙か、汗か....わからないが、少なくとも稲穂側の反抗精神は消えたように見える。


「僕はそんなことよりも気になることがあるんだ。おい、いつまで傍観してるつもりだ!出てきたらどうだ?アルバート・デサルヴォ!!」


 その名前を聞いた瞬間、稲穂の震えが止まる。ゆっくりと上げた顔には笑いが張り付いていた。


「全く....もう少し慎重に行動しろとあれほど言ったんだがな....」


 ゆっくりと立ち上がる稲穂の目は先ほどまでとは違う狂気を宿し、今の彼が別人であることを感じさせた。


「こやつのせいで計画が台無しだ。そして、お前のせいでもあるがな」

「出てきたか猟奇殺人鬼。頭のネジはちゃんと締めなおしたかな?」

「そんなもの、当の昔に捨てたよ。さて、俺の正体を見破ったからには死ぬ覚悟があっての事なんだろうなお嬢さん?苦しむ姿を見ながら犯して、裸で野に捨ててやるよ」

「ふっ....ふはは....あはっははははは!!!面白いこと言うじゃないか!」


 突然笑い出した僕に戸惑うアルバート。だが、僕は笑うことをやめない。だっておかしいんだもの。


「刑務所にぶち込まれる前に知っておくといい。世の中に絶対は存在しない。どんなに高い確率でも、微小な確率は残っているものだ。そして君は忘れている。


 空中に手を開けると、何もなかった空間が歪んで形を成していく。ぐるぐると回転して手の中に納まったそれは銃。日本の拳銃とも、海外のピストルとも違う。SF映画に出てくるような形をした銃だった。それも両手分。


「自己紹介をしておこうか。僕は新東京警視庁特務課所属、名をという。以後、覚えておくといい。猟奇殺人鬼シリアルキラー


 そう名乗り終えた瞬間、僕はアルバートに向かって銃弾を放った。

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