PURGER
SARA
Season 1
1-1「PGO」
天気は快晴、七月の暑さも朝なら多少ましである。東京都の郊外を見下ろせる山沿いの道に、「
「それでは次のニュースです。東京都内の住宅で十三日、住人の男性、富岡みねおさん六十五歳の変死体が発見されました。十四日、警察署は殺人事件として捜査を開始しました。警察の発表では、連日都内で発生している殺人事件と関係があるものとみられています」
女性職員がリモコンでテレビ画面をプチッと切ると真っ黒な画面だけが残った。
同じニュース番組が施設の食堂スペースにもBGMをもたらしていた。学ランに身を包んだ
「今日サッカーしてくれる?」
佑心は微笑んで箸を置いた。
「部活で遅くなるから、
「じゃあ絶対起きてるね!」
「言ったな?」
佑心はまた笑って圭斗の頭をわしゃわしゃ撫でた。トレーとバッグを持って立ち上がると、返却棚にトレーを丁寧に置いた。
「ごちそうさまでした。行ってきます」
「佑心!歯磨きは!」
食堂から女性が叫んだが、佑心は既に玄関に向かい振り向きもせず叫び返した。
「学校行ってからやるって!」
自転車庫の銀色の自転車の前籠に投げるようにシューズ袋を入れる。背中には大きなリュックを背負って軽やかに飛び乗ると自転車は山道を勢いよく下っていった。
*―*―*―*
よくある公立高校といった感じで、ところどころ黒ずんだ塗装の校舎を持つ前野工業高校。屋上から横断幕の「祝・サッカー部都大会ベスト8」と仰々しく垂れていた。教室は騒がしく、あるところでは女子がたむろし、別の場所では男子がスマホを囲んでいる。佑心は夏の日差しにすっかり負けて、窓側の席にだらんと背を預け、顔に部活用のタオルをかけていた。そこへ一人の男子生徒が勢いよく駆け込み、佑心のタオルを引っぺがした。佑心はまぶしそうな顔をして、面倒そうに言った。
「何だよ、
「新田、さっきのテスト、どうだった?何か先生に言われてただろ?」
佑心は無言で机上にあったテストの解答用紙を持ち上げて、古田に見せた。古田は我が目を疑い、解答用紙を素早く奪い取った。
「は!?また最高点かよ!お前、来る高校間違えたんじゃね?」
「かもな。で、そういうお前は赤点回避したのか?」
「そりゃもちろん!」
佑心の目の前に自信満々に提示された解答用紙には十五点と大きく書いてあった。
「バカかよ……」
「バカだよ……」
*―*―*―*―*
夕方、前野工業高校のグラウンドでは野球部とサッカー部が部活に励んでいた。サッカー部のコートでは佑心含め、大勢が練習していた。誰かが「ラストー!」と叫んだ時、佑心は向かってくる金髪の選手を阻もうと睨みを効かせていた。金髪は佑心を抜こうとしたが、巧みにボールは奪われてしまった。
「うわぁー!クソー!」
「じゃあお前がボール片付けな」
「まじかよ…」
佑心がサッカーボールを金髪に寄こすと、金髪はそれを手で拾い上げた。
「先に部室戻ってるからな」
「あ、新田!今日の帰り、飯行かね?半沢たちも来るってよ」
「あー、ごめん。俺はやめとくよ」
佑心がそう断ると、金髪は残念そうな顔をした。
誰もいない部室で、佑心はロッカーから汗拭きシートを取り出した。扉の内側に貼られた家族写真が夕暮れの光に照らされた。写真に映る少女はサッカーのユニホームに身を包み、少年と母親と一緒に微笑んでいた。
*―*―*―*
空も赤く泣く頃、青いジャケットに黒のスカート姿の
「本当にこんなところにいるんですか?信じられないくらい静かな場所ですけど……まぁ、はい…………了解です」
礼儀正しい口調だが、多少不満そうに電話口に話した。電話を切ると、一条は跳び上がるように車止めから立ち上がった。
「もうちょい人の多い場所に行ってみるかー……」
一条はスマホをジャケットの内ポケットにしまって住宅街を歩き始める。
*―*―*―*
佑心は自転車を押して商店街を進んでいた。人はパラパラとしか見当たらない。既にかなり暗く、商店街の明かりが煌々と映えている。
(この暗さじゃ圭斗とサッカーは無理だな……帰るころには寝てるか……)
佑心はそう考えながら、優しく微笑んだ。商店街を抜けると、商店街と垂直に大通りが交差している。佑心が再び自転車にまたがろうとすると、その向かい側に青白い光が浮いているのが見えた。ふわふわと、めらめらと。佑心は目を凝らして見た。何度瞬きしてもそれはそこにあった。
通りの向かい側まで自転車を漕いでいくと、青白い光はふわふわ漂って、路地裏に入っていった。佑心は引き込まれるように自転車をまた降りて進む。周囲の目を確認するようにキョロキョロして自転車を路地に止めると、路地裏に入った。一つ角を曲がると、ごみ溜めのような場所で行き止まりになっていた。そして、それはやはりそこにいた。物体はぼんやり光っていて、真っ暗な路地をほのかに照らし出している。佑心はおそるおそる近づき、誘われるように右手を物体にかざした。するとバチッと赤い静電気が走った。佑心はすぐさま手を離し、その掌を見つめた。何が起こったのか。もう一度それに手を伸ばし、今度は手のひらに乗せてみると、赤色の炎のような光がそれを一気に包みこんだ。佑心は腰を抜かして、すぐに離れて壁際に張り付いた。なるべくその青白い物体から距離を取るように。
すると、佑心の背後からピンク色の光が細く真っすぐ飛んできて物体が一瞬でピンク色の光に包まれた。それは苦しんでいるかのように激しく形を変え始めた。佑心はその一挙手一投足に釘付けになった。段々物体小さくなり、やがて青白いそれはピンク色の光に焼き尽くされた。今は跡形もない。物体が消え去ると、佑心はピンク色の光が放たれた方を見やった。一体何の光なのか。
そこには、物体のいた方向に手を伸ばして立っている青いジャケットの女がいた。女は佑心を見つけると、ゆっくり手を下ろした。
「ゴースト、見えるの?まさかパージャー?」
「はあ?ゴースト?パージャー?何言ってるんですか?」
佑心は壁にもたれた時に服についた汚れを払いながら顔をしかめた。
「なるほど。PGOじゃないみたいね。ゴーストってのはさっきそこに浮かんでた青いやつで……」
「PGO……」
一条が淡々と答えていると、佑心が遮るように呟いた。一条は雰囲気ががらりと変わった佑心を見て驚いた。俯き気味で、声色が一段低く、有無を言わせぬ圧を感じさせる様子である。佑心の顔は闇をまとい、瞳は憎しみに呑まれていた。
(PGO……はっきりと覚えてる……)
佑心はある記憶を奥底から取り出した。不明瞭な画面が断片的に頭に流れこむ。うずくまって苦しんでいる女性、自分を庇っている姉の叫び声、光に包まれる苦しんでいた女性。「PGO生活局から人を連れてこい!」と叫ぶ声。そう叫ぶ大人の男の腕に一条と同じ制服ではっきりとPGOと書かれているのが見える。
(あの時、母さんと
「お前らは……お前らは一体何なんだ!」
佑心が一条を睨み、一条は鋭い眼差しに怯んだ。
「PGOの何を知ってるの?」
「なんにも知らねえよ……でもいたんだよ……俺が家族を奪われたあの時に、お前らが!」
興奮する佑心に、一条は静かに聞く。
「……亡くなったのは?」
「母さんと姉の
佑心が悔しそうに自分左腕を強く掴んだ。
「……PGOは意味もない人殺しの集団じゃない。私たちは
「?」
聞きなれない単語の羅列に、佑心が眉間にしわを寄せた。
すっかり日が暮れた商店街で、佑心はベンチに腰掛け、一条は自販機の商品を物色した。
「さっきも言ってたゴーストって結局何なんですか?」
「簡単に言うと、魂の欠片みたいなものよ。人が人を殺した時に殺人者の魂は一部引き裂かれるの。それがさっき君が見つけた青白いゴースト。あれは放っておくと、人間に取り憑いて、人間を暴走させる。私たちは取り憑かれた人を
あのまま怒りたった佑心と話していても何もならないと、一条は場所を変えて説明し始めたのだった。
「その憑依体を殺すのが役割なんですか、PGOの?」
「その通り。さっきのゴーストは最近都内で話題になってる連続殺人犯のものである可能性が高い。憑依体になる前にパージできたのは幸運だったわ」
「その事件、今朝もニュースでやってました。あの、パージって何なんですか?」
「ああ、言ってなかったわね。ゴーストを
佑心はさらに強く拳を握り、唇を噛んだ。佑心のその様子を見て、一条は人知れず苦しい表情を浮かべていた。少しの間、沈黙が流れる。
「じゃあ。今言ったこと他の人には話さないことね。変人だと思われる」
一条はペットボトルのキャップ部分を人差し指と中指で挟み、佑心に背を向けた。
「じゃあ何で俺には話したんですか?」
「ゴースト見えてるし、パージ能力あるみたいだから、知っておいた方がいいかと思っただけ。PGOのことも誤解されっぱなしじゃ気持ち悪い」
「ちょっ待っ、俺にパージ能力がある?」
「そう。さっきゴーストに触れた時、赤い光を見たでしょ?あれがあなたのパージ能力」
佑心はさっきゴーストを包んだ赤い光を思い出し、自分の手のひらを見つめた。
「それがあれば、誰のゴーストが家族に憑いたのか分かりますか?」
「え?」
「急にこんなこと聞かされて納得できないですよ。俺と家族の人生を狂わせたやつが誰なのか、俺は知りたい」
「無理よ」
一条ははっきりと言い切った。
「でも不可能じゃない」
佑心は矛盾に困惑した顔を見せた。
「PGOの情報局には、過去のパージ記録が全て保管されてる。その中にあなたの家族の情報もあるかもしれない。PGO職員なら閲覧許可をもらえる可能性もある」
「じゃあ、俺は、その組織に入る」
「!分かってない!PGOの任務じゃいつ死ぬか分からない。私だって明日生きてる確証があるわけじゃ……」
「それでもいい。このまま何も知らずに生きていけるほど、俺は不幸じゃない」
「……分かった。私がスカウトしたことにして、週末に一度PGOに連れて行ってあげる。話はそれから」
「ありがとうございます。俺、新田佑心です。今更ですけど」
佑心が自転車のスタンドを外しながら言ったが、一条は佑心を一瞥するだけで何も言わず背を向けて立ち去った。
「何なんだよ……」
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