愛弟子が救世主パーティーを追いだされたので一緒に抜けようと思う~田舎に帰って弟子と暮らしながら周りを助けていたら「こっちが本物の救世主!」って言われるようになった件について話す?~

鈴木竜一

第1話 愛弟子追放

「おまえをパーティーから追放する! 今すぐ荷物をまとめて出ていけ!」


 恐れていた事態が起きてしまった。

 いつかこの日が訪れるのではないかと危惧していたが……まさかこんなにも早いとは。


「何をしている? 俺の言うことが理解できなかったか? お前はもうこのパーティーにいらねぇって言ってんだよ!」


 俺たちの所属するパーティー【ヴェガリス】のリーダー・アルゴが一方的に捲し立てている相手は俺――ではなく、俺の弟子のミレインだった。

剣士としての腕前はまだまだ未熟ながら、十八歳という若さを考慮すれば伸び代は十分にある。今後の成長次第ではリーダーのアルゴを超えるかもしれないと期待するまさに逸材だ。

 最近は実戦でも成果を挙げている。

 先日も、渓谷に出現したオークの群れを撃退するのに彼女は大きく貢献した。その功績により、俺たちは晴れて魔族から世界を救う救世主パーティーとして認められたのだ。

 だから追放される理由などないはず――だが、俺は当面の活動拠点としているこの町の住人たちから、ある話を聞かされていた。


 それは、アルゴがミレインにしつこく言い寄り、彼女がその誘いをスッパリ断っていたというものだ。


 アルゴは俺の目を盗んで密かにミレインと接触し、彼女を口説こうとしていたのだ。

 腕は悪くないし、センスもあるのだが……いかんせん、アルゴは女癖が悪すぎた。振られた腹いせに戦果を挙げているミレインへ追放を言い渡したのだろうが、彼は両サイドには別の女性を侍らせている。ただ、どちらも新しく認定された救世主パーティーのリーダーへ媚を売ろうとしているだけで、本当に愛情があるわけではないようだ。

 しかし、それに気づかずプライドを傷つけられたと憤慨したアルゴは、とうとう越えてはならないラインを越えてしまった。


「本気で言っているのか、アルゴ」

「当然だ! 俺たちは先日のオーク討伐の成功で救世主パーティーと認められた! ミレインはその栄誉あるパーティーに相応しくない人材と判断したんだ!」

「アルゴの言う通りだぜ」

「おら、とっとと失せな。目障りなんだよ」


 がなり立てるアルゴの脇を固めるのは腰巾着のジェームスとカイン。このふたりは常にアルゴと行動をともにし、いろいろとおこぼれをもらっている。大方、ミレインがアルゴの女になったら自分たちの相手もしてもらおうと思っていたが、そのあてが外れて関心を失ったのだろう。

 ……揃いも揃って、よくもまあここまで低俗な態度を取れるものだ。

逆に関心してしまうよ。


「っ!」


 耐えきれなくなったミレインはその場を駆けだす。

 追いかけようとしたが、それをアルゴに阻まれた。


「放っておけよ、あんな女」

「何っ?」

「見込み違いだったんだよ。あんな低レベルな剣士に居座られたらこっちにまで迷惑をかけられる。まあ、見た目のレベルは高かったがな」

「っ!」


 こいつは……前から考えの足りないヤツだとは思っていたが、ここまでとはな。こちらの想像を遥かに超えてくる。


「次はもっと腕の立つヤツを選んでくれ――それと、この俺に絶対服従を誓えるような子がいいなぁ。どんな要求にも迅速に応える、みたいな」


 アルゴが下卑た笑みを浮かべながらそう言うと、腰巾着のふたりも「いいなあ、それ!」とか「目の保養にもなるぜ!」とか好き勝手に言い放つ。


 以前はもう少し骨のある若者たちだった。

 某国の魔剣騎士団を一身上の都合で退団後、ある人物に頼まれて彼らのサポート役に徹していたが……これ以上はさすがに面倒見きれん。

 まあ、救世主パーティーと認定されるまでは後押しをしてやったんだ。他にもメンバーは十人以上いるんだし、あとは自分たちでなんとかするだろう。剣も魔法も「そこそこ」は腕が立つしな。


「見込み違い、か……確かに、俺はとんだ見込み違いをしていたよ」

「はっはっはっ! 素直に間違いを認めるとはなぁ!」


 高らかに笑い飛ばすアルゴに背を向けると、俺は静かに歩きだした。


「おい、どこへ行くんだ?」

「……俺もここまでだ。先に宿へ戻って今後の準備をする」

「仕事熱心だな。頼りにしているぜ、デレクさんよぉ」

 

 アルゴの言葉には何も答えず、俺は自分の飲み代だけを清算して酒場をあとにした。


 

 夜の町を捜し回っていると、昼に比べて人気がまばらになった中央通りの片隅にミレインの姿を発見する。

 せっかく憧れだった救世主パーティーとなったのに、それから間もなくあまりにも理不尽な理由でパーティーを追いだされた。未だに事態を呑み込めず、放心状態に陥っているようだ。


 しかし、人の少ない夜の町で彼女のような美少女がフラフラ歩いていれば……良からぬ考えを持った男たちにとって格好の標的となるだろう。

 早速、チンピラ風の若い三人組の男がミレインへ声をかけた。


「へへ、こいつは上玉だぜ」

「今夜はツイてるなぁ、おい」

「おら、こっちに来い!」


 ミレインを暗い路地裏へ連れ込もうとする男たち。いつもの彼女ならば、あの程度の連中などあっという間に蹴散らしてしまうのだろうが……今の精神状態ではそれも難しいか。

 俺は男たちへ近づくと、ミレインの肩に触れようとした男の腕をつかむ。


「っ!? な、なんだ、おっさん!」

「彼女は俺の連れだ。手を出さんでもらおうか」

「カッコつけてんじゃねぇよ!」


 すぐ横にいた別の男が俺の脇腹を思いっきり殴る――が、むしろ殴った方が拳を痛めたようでその場にうずくまってしまった。


「て、てめぇ――あいででででで!?」


 掴んでいる腕に少し力を入れると、男は涙目になって抵抗する。だが、この程度の力で振りほどけるわけもなく、さらに強く締め上げていった。

 

「や、野郎!」


 最後のひとりが隠し持っていたナイフを手にこちらへ突進。切りかかろうとした瞬間、大きく開いて隙だらけとなっている腹に前蹴りをお見舞いすると、男は吹っ飛ばされてそのまますぐ近くを流れる運河へと落ちていった。


「これに懲りたらもう悪事からは足を洗え。君たちは弱すぎる」

「く、くそっ!」

「覚えてやがれよ!」


 悪党らしい捨て台詞を吐きながら、男たちは退散していった。

 一方、ミレインはようやく正気に戻ったようだ。


「デ、デレク師匠!? どうしてここに!?」


 彼女にとっては予想外の登場だったようで、驚きに目を丸くしていた。


「君を追ってきたんだ。それより、これからどこへ行くのか、あてはあるのか?」

「えっ? そ、そうですね……実は何も考えていなくて……私って故郷もどこだか分かりませんし」


 ミレインはかつて違法な奴隷商のもとにいて、幼女趣味の変態貴族に売り飛ばされる寸前だったところを保護したという過去がある。あの頃の彼女はほとんど記憶喪失状態で、すでに十歳前後の年齢だったが言葉もまともにしゃべれず、普通の会話ができるようになったのは保護してから二年後であった。


 そんな彼女はしばらく俺の故郷であるクラン村の教会で育った。

 やがて騎士団の仕事に興味を持ち、俺を師匠と呼んで教えを乞うようになる――が、ミレインが騎士団に入れる年齢となる前に俺は騎士団を辞め、世界を救う使命を与えられた救世主パーティーの剣術及び魔法の指南役として加わった。

 それを聞いたミレインも一緒についてきた形になったのだが……辛い思いをさせてしまったな。


「行くあてがないなら、一緒にクラン村へ帰るか」

「えっ? クラン村に――というか、一緒って!? 救世主パーティーは!?」

「あいつらはもう俺がいなくても大丈夫さ。もともと、頼まれていたのは救世主パーティーに育ててくれってことだったし、もうお役御免だろう」

「で、でも……」


 不安そうな表情のミレイン。

 そこで、俺はこれからのプランを話した。


「クラン村に戻ったら、のんびり農業でもしながら村の自警団でも創設しようかと思っているんだ。最近は何かと物騒だしな。そこで必要な人員を確保しなくちゃいけないんだが……どこかに腕の立つ剣士はいないものか」

「っ! そ、それなら、私が立候補します!」


 狙い通り、ミレインが食いついた。


「よし。それなら帰ろうか……クラン村へ」

「はい!」


 こうして、俺たちの救世主としての旅は終わった。

 だが、同時に新しい旅のはじまりでもある。


 気がつくと、まるで俺たちの前途を祝うかのように朝日が町を照らしだしていた。






※本日はこのあと10時、12時、15時、18時、20時に投稿予定!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る