第9話 初めての野宿
初戦闘を終えた俺達は再び街道を西へ向かう。
その後も何度か魔物と遭遇することがあり、その度にシエルの戦闘経験を積ませていく。
「どう? 慣れてきた?」
「ええ、まぁ……」
本日で四体のブラウンボアと遭遇したが、最初の一体同様に彼女は魔法での討伐を果たした。
回数を重ねる毎に余裕が生まれていったのか、最後の一体は焦りも無く討伐。
なかなか度胸のある子だ。
魔法に関しても二度目からは魔石を使い、精神的な疲労を負うことなく。
加えて、水魔法での『絞殺』にもバリエーションが見えた。
水の縄で首を絞める他に、全身を水で包み込んで窒息死させる豪快な魔法から始まり、四体目の際は顔だけを水で覆うというピンポイント化までやってみせた。
「全身を水で覆うのは、魔石の魔力を多く使ってしまいますわね」
触媒となる魔石の使用回数は実現させる魔法の規模に影響する。
彼女の場合は多くの水を生み出すほど、魔石内の魔力を激しく消耗させてしまうってことだ。
コストパフォーマンスが悪いとすぐに判断した彼女は、出来る限り効率化させようと試行錯誤を始めたわけだが、今度は魔法発動までの時間が掛かってしまう。
発動時間に関しては、細かいイメージを構築しようとすればするほど魔法の発動に時間が掛かる。
しかし、大雑把に使えば魔力コストが悪くなる。
こればっかりはトレードオフの関係にあるので、どこで妥協するかは魔法使い次第ってところだ。
「魔物の顔を水で覆うのは良かったね。あれはすごく使えると思うよ」
魔物であるブラウンボアだって生き物だ。人間と同じく呼吸できなければ死んでしまう。
同時に顔を水で覆うという行為は、魔物に視界不良も引き起こすらしい。
顔を水で覆われたブラウンボアは、魔法使いであるシエルを殺せば解放されると考えたみたいだが、視界が定まっていないのか突進がフラフラしていたのが印象的だった。
今回はシエルに戦闘経験を積ませるべく手を出さなかったが、二人掛かりで戦うなら十分すぎる支援になると思う。
「まぁ、そうかもしれませんけど……。貴方に支援など必要なんですの?」
「え? 必要だよ?」
「ブラウンボアの突進をヒョイヒョイ避けているのに……? というか、乱入してきたもう一体の奇襲も軽々と避けていましたわよね?」
「直線的な動きだから可能だっただけだよ」
シエルに「本当かしら?」と言わんばかりの目を向けられた。
「とにかく、戦闘に慣れることは大事だよ。今後も経験を積んでいこうね」
「ええ」
というわけで、本日はここまで。
「そろそろ夕方になるからキャンプの準備をしよう」
戦闘を繰り返しながら進んだ割には、次の街まで残り半分の距離まで進めた。
今日は外で一夜を明かし、明日は一気に街まで行ってしまおう。
「キャンプで大事なのは場所だよ」
キャンプするならなるべく街道沿いが望ましい。
街道沿いなら人の往来もあるし、何かあっても他人に助けを求められる可能性が高いからだ。
「誰も通らなかったら?」
「その時は自分で解決するしかないね」
ただ、全く人が通らない場所でキャンプするよりもマシだろう。
加えて、街道沿いには他の冒険者や商人が残した「キャンプの跡」がある。
火を囲む石などはそのままの状態で残っていることも多く、そういった場所を見つければ枝を拾い集めるだけで済むので設営の時間短縮に繋がるのだ。
「あとは簡単。火を起こして食事の準備。交代で眠りながら朝を待つんだ」
説明しながら街道を歩いていると、丁度良くキャンプの跡が見つかった。
たぶん、昨晩使用されたものだろう。
「枝を集めて火を起こそう」
俺とシエルは周囲から枝を集めてくると、マッチを使って火を起こした。
次に用意するのは、なるべく平べったい石。
シエルに水魔法を使ってもらい、石をよく洗ってから焚火の上に置く。
「今日は良い物を食べさせてあげよう」
次に取り出したのは道中で狩ったブラウンボアの肉だ。
魔物を討伐した際、討伐の証となる部分――魔物によって違う。ブラウンボアの場合は牙の先端――を採取し、それを組合に提出すれば褒賞金がもらえる。
残った毛皮、肉など、素材になる部位は自由に使って良い決まりだ。
街には魔物の肉や内臓、革などの素材を買い取る商会もあるが、まだ距離がある場所で採取するのは『鮮度』の問題が生じてしまうので無し。
革も綺麗に剥いだり、売り物として処理するには時間が掛かるしね。
「街に持って行くには荷物にもなるし、保管用の瓶や袋は持ってないからね」
よって、勿体ないかもしれないが、今回は討伐の証以外は全て無し。
代わりに今日食べる分の肉だけ採取した。
今日の夕飯はブラウンボアの厚切りロースステーキってことだ!
「魔物のお肉って美味しいんですの?」
シエルは魔物肉を食べたことがないらしい。
まぁ、貴族はちゃんと飼育された動物肉しか食べない――魔物肉は平民の肉、なんて言われているからね。
「動物肉とそう変わらないよ」
そう言いながらも、小さな瓶に入った塩と黒コショウを肉にふりかけていく。
黒コショウは値段が高かったものの、買って良かった物の一つでもある。
「さて、下味をつけたら石の上にズドンだ」
豪快かつ野性的な肉の焼き方だが、逆に言えばキャンプの時にしか味わえない。
熱した石の上に置かれた肉からはジュウジュウと音が鳴り、その音が俺の胃袋をビシバシと刺激してくる。
「……ごくり」
「ね? 美味しそうでしょう?」
調理過程を見るシエルの喉が鳴ったのを聞き逃さない。
ここで注意すべきは、魔物肉は「よく焼き推奨」ということ。
レアで食べると腹痛を起こしかねないので、中までしっかり火を通さねばならない。
ただ、干し肉よりは断然美味い。
外で温かい食事が取れるだけ有難いのだが、外で食うという特別なシチュエーションが何故か食事を美味くしてしまう。
「よく焼いたらナイフでカットして……。はい、どうぞ」
俺はフォークを彼女に差し出し、石の上にある肉を勧めた。
シエルは肉にフォークを差して口に運ぶと――
「美味しいですわぁ!」
彼女の瞳が輝いた。
はふはふと焼きたての肉を味わうと、続けて二切れ目に手を伸ばす。
「たくさんのスパイスを持ち運べばもっと美味しい料理が食べられるよ」
「買いましょう! 是非!」
フライパンや鍋などもあれば、もっともっと幅が広がるんだけどね。
さすがに荷物になるから持ち運んではいない。そういった物資を持ち運べるのは、馬や馬車で移動する人達くらいだろうか。
「食堂で食べるお肉よりも硬いですが、そこまで変わりませんわね」
シエルは「魔物肉もなかなか」と美食コメントを口にした。
「でしょう?」
「他にも食べられる魔物はいますの?」
「たくさんいるよ。魔物を狩れば道中の食事にも困らないね」
「では、今後も積極的に狩りましょう」
魔物肉を味わったことで、彼女の討伐意欲も上昇したようだ。
魔物肉料理を食べさせて正解だったな。
――魔物肉を堪能していると、空の色は本格的に暗くなっていく。
夜が来た。
彼女にとっては初めての野宿ということになるが、火の温かさを浴びていた彼女の首がこっくりこっくりと動く。
「先に寝ていいよ」
俺は毛布を一枚地面に敷くと、彼女に寝転ぶよう促した。
遠慮なく彼女は目を瞑って眠り始め、次第に彼女の寝息が聞こえてくる。
外で熟睡できるのも才能の一つだ。
「…………」
俺は火の状態を見ながら魔物の気配に気を配るが、今のところは俺達を狙う魔物の気配は無い。
しかし、油断は禁物だ。
「…………」
そうして時間は過ぎていき、手持ちの懐中時計で時間を確認すると――深夜の一時を過ぎた。
外で夜を過ごす際、ここからが本番と言える。
夜空を見上げると今日は満月だった。
あまりよろしくない夜だ。
『ウフフ……。ウフフフ……』
内心言っている傍から聞こえてきた。
俺はチラリと横に目を向ける。
街道脇に広がる平原には黒い影があり、視線を絶対に上へ向けないよう注意深く確認を続ける。
空に浮かぶ雲が移動し、月明りが強くなると……。ソレの姿が一部確認できた。
巨大で太い蜘蛛の足。全裸になった女の腹部。腰まで伸びた髪の先端。
……顔は見ちゃいけない。
『ウフフ……。ウフフフ……』
ソレは誘うように笑う。
真っ黒な闇を背景にしながら、一歩も動かずに笑いかけるのだ。
「……ね、ねえ」
「見るな」
俺は強く言った。
「絶対にヤツの顔を見るな。目が合わなければ襲って来ない」
「…………」
シエルは素早く顔を動かし、毛布に覆いかぶりながら俺の顔を見つめてくる。
「あれは……」
「異界の魔物、異界生物、闇の神に従う眷属……なんて言われているものだね」
奴らは俺達が住む世界とは別の世界に住む生き物だ。
魔物のような姿をしており、こちら側に生息する魔物よりもずっとずっと強い生き物。
一部宗教からは『邪悪』と断定されており、バトルプリースト達が駆逐しようと躍起になっているという話も聞く。
だが、夜になると異界からやって来る奴らは、倒しても数が減っているのか判断しようがない。
「よ、夜になると必ず現れるの?」
「いいや。奴らは気まぐれな存在だ。ふらっとこちら側にやって来るんだよ」
出現する条件は不確定だが、夜になると――特に満月の夜はよく目撃される。
こちら側にやって来た奴らは家畜を根こそぎ襲ったり、人間を誘惑して傀儡にしたり、子供を攫って異界に連れてってしまうなど、とにかく被害報告は多岐に渡る。
とある本には、英雄を有する国が一晩で滅ぼされた……なんて記述も。
「異界生物には手を出すな、これは冒険者の鉄則だよ。長生きするコツでもある」
英雄ですら敵わない謎多き化け物。
それが『異界生物』だ。
「気にせず眠った方がいい。何かあればすぐに起こすから」
「え、ええ……」
俺達に向けられる視線はしばらく続いたが、朝日が昇ると同時に異界生物の姿は霧のように消えていった。
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