第17話 告白。

【アルト視点】


 ありのまま、今起こったことを説明すると。


────暗殺者に狙われたら、好きな女の子から、脈絡もなくキスを求めてきた。




 ……何が、どうしてこうなった!?


 落ち着け。一度、状況を整理してみよう。


 まず俺とフィオがアジトに戻ると、何者かが屋敷の中に潜んでいた。


 暗殺者を警戒した俺はフィオにその事情を話し、暗殺者が立ち去るのを確認するまでかばい続けた。


 ……では何故、フィオはキスをせがむ? まるで意味が分からない。




 俺の鼻孔を、彼女の吐息が暖かく湿らせる。俺は彼女の上に乗り、腕も足もガッチリ抑え。


 二人きり、アジトの居間の床に、俺は彼女を拘束していた。


「いきなりは嫌なんだよぉ。……分かったから。シていいからせめて最初は……」


 フィオは瞳を揺らしながら、懇願するように俺の顔を見上げている。目が合うと、頬を染め、ぷいと顔を逸らした。


 俺に覆いかぶさられ、身動きを封じられ、その体勢のまま俺の告白を聞いた少女は、恥ずかしそうに眼を合わせない。


 ここまで認識して、ようやく俺は事態の一端を理解した。うん、なるほど。


 ────今の状況、どうみても俺がフィオを襲っている(4日ぶり3回目)!


「アル、ト……」

「……」


 彼女は無言で、目を閉じて、何かを待っている。観念したのだろうか、抵抗らしい抵抗も見せず、小刻みに震えて俺に身を任せている。


 完全に、暴漢に乱暴される直前の、諦めきった少女だ。


 男に押さえつけられ、告白され、じっと見つめられる。こんな状況、夜這い以外の何物でもない。しかも、有り得ないくらいに強引だ。


 どうしよう。どうしようこれ。


 申し開きようがない犯罪行為だ。力で捻じ伏せ、行為を迫ったド畜生だ。


 このまま彼女を襲う訳にはいかない。いや、そもそも襲っていたつもりではない。


 俺は未知の外敵に備えて彼女を庇おうとしただけだ。こんな状況になるとは、想像だにしていなかった。


 そうだ、ならばそれをフィオにちゃんと伝えれば良い。俺も新たな罪を犯さずに済むし、フィオも……。


「……」


 いや。その弁明が、またフィオを傷つけたりしないだろうか。


 覚悟を決めた女性に、勘違いでしたと伝えるのはどうなんだ。そっちの方が、最低ではないか。


 ……ならば、俺はどうする。ここはもう、行くところまでいってしまって────


「キス、か」

「……」


 そこで俺は、ふと気付いた。……先ほどのフィオの言動が、やや不可解だったことに。


 まずキスからしてほしい、という懇願。先ほどまで全力で抵抗していたのに、今や俺に体を預け、唇を突き出して待つ彼女。


 フィオは回復魔法だけじゃなく、水魔法も扱えた。水魔法には口を介して、昏倒させる術があったはずだ。


 ────そうか、これはフィオの仕掛けた罠。抵抗を諦めたように見せかけて、俺を仕留める必殺の牙を研いでいたのだ。


 ……まずは、キスと言っていたな。フィオの望み通り、キスを迫ってみよう。


 俺がまんまとキスに応じた瞬間、何かしらで気絶させられる……のかもしれない。


 性欲に溺れた男が、強引に迫ってかえりうち。なんとまぁ、無様な末路だ。


 だが、その方が彼女の気が済むんじゃないか?


 俺は晴れて性犯罪者になってしまうが……報いとしては妥当だろう。


 この一件が表に出ると、王都の裁判所で裁かれ、パーティの中で後ろ指をさされることとなる。


 ……だがそれでも、フィオを傷つけるよりずっとマシだ。俺が馬鹿にされてコトが済むなら、それで構わない。



「目を閉じてくれフィオ。唇を重ねよう」



 ちゃんと、フィオの両手を開放する。その気になれば、すぐにでもフィオはスルリと俺の腕から抜け出せるよう力を緩める。


 そして俺は敢えて防御魔法を解いて、目を閉じたままゆっくりとフィオに顔を近付ける。


 さっきのフィオのビンタは、とても痛かった。身体的な痛みじゃなく、心がすごく痛くなるのだ。


 ……だが、もう覚悟は出来た。来るなら、来い。






 はむ。





────フィオからは何も、抵抗が無かった。


 やがて彼女は、貪るように俺の口を求めだす。フィオ自ら、俺の首筋に手を回す。見れば、恍惚とした表情になっていた。


「……っは、ん」


 お、おい、フィオ。罠はまだか。


 彼女のキスは、濃く、激しい。駄目だ、そんなに吸われてはムラムラと来てしまう。


 たまらず、一度フィオと顔を離し息を整える。混乱と、興奮と、酩酊で、頬が上気していくのを感じる。


「やだぁ、もっとぉ」


 フィオは頬を染め、目をとろんと細めていた。


 彼女は俺の首に手を回し、再度、唇を求めて迫ってくる。唾液が糸を引き、唇を妖しく輝かせて。


 フィオの表情は、見たこともないほどの快楽と安堵に満ちていた。


────ああ、彼女は、どうやら本当にキスが好きなのか。


 甘えるように、俺にしがみついて口の中を激しく求める彼女は、演技には見えなかった。フィオは純粋に、俺とのキスを求めていた。


 舌と舌とが絡まり合い、たっぷり数秒は息を止め彼女の口腔を貪る。そんな俺の行動に、フィオは嫌がる素振りはなく、むしろどこか甘えているような仕草で。両手で俺の頭を抱え込んだまま、離そうとしない。


 明らかに彼女は、発情していた。



────ならば責任を取ろう。俺は、腹を決める。



 ここまでやっておいて、もうフィオとの距離を曖昧なままになんてしておけない。今、彼女を、落とす。


 そうだ。今までは、薬の影響だったり、焦りすぎての行動だったりと彼女を抱く時の想いは純粋なモノじゃ無かった。


 今回もそうだ。流され、彼女の返事も聞かず、強引に肉体関係を迫っただけの形。きっと、このまま朝を迎えても、彼女とは微妙な距離感のままだろう。


 俺は、これ以上流されて彼女と関係を持ちたく無かった。たまたま侵入者がいて、勘違いした彼女がたまたま受け容れてくれたから、彼女を抱く。


 それは、きっと違うと思うから。


「フィオ、聞いてくれ。今から、俺はお前を抱くだろう」

「……うん」

「お前が好きだフィオ。俺は、お前を誰にも渡したくない」

「……」

「だから今日から、俺のフィオになってくれ」


 きちんと、気持ちを伝えて。きちんと、フィオと向き合いたい。



「……うん」



 彼女は、相変わらず目を逸らしたままだったが。


 俺の告白に、しっかりと頷いてくれたのだった。




 そこからの時間は、まさに天国だった。何も嫌がるそぶりは見せず、フィオは俺と共に快楽の波に堕ちた。今度は一人寝かさぬよう、フィオの体力を考え程々に彼女と楽しむ。


 コトを始めるとフィオは、普段とは打って変わって静かになる。今までは、きっと内心では嫌がっていたから、俺との行為の際には口数が少ないのだと思っていたけれど。


 それは、間違いらしい。彼女は、きっと元々おとなしい少女なのだ。普段は明るく、快活に振舞っているし、それも偽らざる彼女の姿だろう。だけど、きっと俺の目の前にいる、儚くしおらしい甘えん坊な少女もまた、彼女の本性なのだ。


 ここからはまさに、二人だけの時間だった。


 昼間の不機嫌は何だったのだろうか。普段からは想像もつかないような、切なくも蠱惑的な表情のフィオ。彼女は今、俺の前で、俺の為だけに、身体を揺らしていた────





 







 ちゅん、ちゅん。


 アジトの外で囀る鳥の、その鈴の音のような鳴き声につられて俺は目を開く。


「……。そっか」


 朝日が部屋に輝きを満たし、少女の悩まし気な裸体を照らす。居間のソファの上で、ほのかな熱源を感じながら俺の意識は覚醒した。


 頭を俺の肩に乗せ、体にしがみついて寝息を立てている幸せそうなフィオを眺めながら。俺は昨日の出来事を改めて想起し、思わず口元が緩む。


 どうやら、二度の生を通じて、俺に初めて恋人が出来たようだった。


 寝ている彼女のさらりとした金髪を、穏やかに梳いて俺は彼女の目覚めをゆったりと待つ事にした。この何でも無い時間が、とても幸福に思えた。

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