第9話

 マリが仕事を辞めたという情報が来た。

 ついでに浮気相手の男の情報も。


 どうやらマリ自身が教えたらしい。


 本当にどうしようも無く頭に来る。


 浮気相手を売り渡してまでして俺との再構築を望む理由が分からない。


 どうせマリに聞いてもどうせ「愛している」からという薄っぺらい言葉が返ってくるだけだろう。

 マリの口からその言葉が出る度に虫酸が走るというのに。


 試しに何人かの友人に相談してみたが殆どが「許してやったらどうだ」と言う言葉が返ってきた。


 誰しも間違いはある。

 一時的な気の迷い。

 反省している。


 そんな都合の良い言葉でマリを養護する。


 マリの両親も同じ様にマリとやり直してほしいと頭を下げてきた。

 

 なぜ俺がマリの愛情を信じられなくなっているか分かりもしないのに。

 きっと裏切られる痛みと恐怖を、何より大切な宝物が壊された時の虚無感など想像できないのだろう。


 所詮は責任のない第三者的な意見。

 ある意味で客観的な考えで、本当はそれが正しいのかもしれない。


 でも今の俺がマリの事をどれだけ頭の中から消し去りたいのか、そのくせ考えるのはマリのことばかりで、それがどれだけ苦しい事なのか分かりはしない。

 そんな状態でマリと再度生活をする事がどれだけ苦痛なのかなど、結局は俺自身にしか分からない痛みだ。他人が共感できるはずもない。


 そして本当に分からない……。


 分からないのだ。


 どうすれば俺の中からマリが消えてくれるのかが?


 そんな出口の無い思考の迷路を彷徨う中で、最近聞か慣れた声が俺を掬い上げる。


「シュウ兄さん。ただいまー」


 俺の部屋なのにすっかり自分の部屋のように気楽な感じで入ってくるアキちゃん。


「おかえりって、ここ俺の部屋な」


 そんなアキちゃんに俺もつい気安く言葉を返す。


 アキちゃんと話している時だけマリの事を忘れる事が出来る。


 皮肉なことにマリに良く似た彼女の存在が、暴走しそうになるマリに対する憎しみや怒りを抑えるトランキライザーになってくれていた。


「今日は私の得意なオムライスを作りますよ。楽しみにしていて下さい」


 何度か食べさせてもらったが、アキちゃんが自分で得意というだけあり絶品オムライスだった。


 すっかり勝手知ったるキッチンで料理を始めるアキちゃんを見る。


 その姿が昔のマリの重なる。

 楽しかった頃の、誰よりも信頼し、愛していた頃の姿に……。



「出来ましたよシュウ兄さん。食べましょう」


 テーブルに並べられたオムライス。

 アキちゃんが最後の仕上げで卵の中心をカットすると綺麗に割れてライスを覆い隠す。


「いつ見ても見事だな」


「えへっ、どうせだからハートマーク書いてあげますね」


 アキちゃんは持ってきていたケチャップを手に取ると本当にハートマークに仕上げる。


「これメイド喫茶なら最後どうするんだっけ?」


 冗談で言ってみる。


「ああ、勿論美味しくなるための隠し味に抜かりはありませんので、そんな事をしなくても大丈夫ですよ」


 アキちゃんはそう笑って返す。

 すっかり俺の中で少なくなった平和な日常。


 何気ない会話で救われている。


 そう思うのはアキちゃんを部屋まで送り届けてから実感する。

 いつの間にか俺はアキちゃんと離れるのを名残り惜しいと感じるようになっていた。


 でも、それは歪んだ俺の心のせいだというのも理解していた。


 俺はどこかでマリとアキちゃんを重ねて見ている。

 そんなのはアキちゃんも望んでいないと分かっていても、マリの存在がどうしてもアキちゃんにオーバーラップしてしまう。


 そんなアキちゃんの存在をすら貶めようとするマリの存在がどうしようもなく鬱陶しくて。

 何もかもを清算したくて。

 混ざり合って、わけが分からなくなって、憤るだけの感情に振り回され続ける日々がしばらく続いた。



 そして俺の心が限界を迎えそうになった時。


 側でずっと俺を見守ってくれていたアキちゃんが、悲しそうな顔で言った。


「シュウ兄さんは純粋すぎです。だから愛を貫けなかった姉さんを許せないでいる。今でも姉さんの事が好きでたまらなくて、愛して止まないのに」


 最初は意味が分からなかった。

 俺はそのマリを消し去りたいと思っていたのだから。


「良いですよシュウ兄さん……いえシュウさん。私のことを姉さんの代わりにしても」


 でも、その言葉を聞いて納得してしまった。


 俺はずっとマリを求めていたのだと。


 そしてアキちゃんにこんな事を言わせてしまった自分の不甲斐なさに、俺は自身に切れた。


「アキちゃん、ごめん。今の俺はその気持ちに甘える事は出来ない……だから俺は自分に気持ちにケリを付けるよ」

 

「……分かりました。でも忘れないで下さい、私はいつでも貴方の味方でいますから」

 

「ありがとうアキちゃん」


 俺は一度だけアキちゃんを抱きしめる。


 そして、その日の内に弁護士に連絡を取った。

 



 

――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

評価をしていただいた方には感謝を。


初めて長編のコンテストに応募します。


少しでも多くの方に読んで頂けたら嬉しいです。


《タイトル》

『ダンジョンエクスプロード 〜嵌められたJKは漆黒宰相とダンジョンで邂逅し成り上がる〜』


https://kakuyomu.jp/works/16817330664753090830


こちらも引き続き応援してくれると嬉しいです。

面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると泣いて喜びます。


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

  


 

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