40 閃光

 ドブ板ダンジョンの最下層、水を抜かれた湖の底。

 弔木とむらぎ烈火の拳紐ブレイズ・ナックルを構え、岩底ナマズと対峙する。


 烈火の拳紐ブレイズ・ナックルは革製の長い紐だ。

 その名のとおり炎の刻印が刻まれた、炎属性の魔導具アイテムだ。

 

 装備方法は簡単。

 ボクシング選手のバンテージのように、腕に巻きつけるだけ。

 使い方はもっと簡単だ。

 シンプルに殴るだけ。


 ――ズォオオッ!

 と、幽体化した岩底ナマズが空中を泳ぎ、結香に突進してくる。


「まずはアイテム単体の威力を試すとよう――〝静寂〟」

 弔木とむらぎは闇の魔力をゼロにし、虚空に拳を繰り出した。

「そいっ!」


 ズパァアアアアッ!!!


 弔木とむらぎの拳から、爆音とともに紅蓮の炎が繰り出された。

 眩い閃光と炎がダンジョンを照らし、残響音はダンジョンの上層まで響いていった。


 が、炎と爆音で怯みはしたが、敵へのダメージはほとんどないようだ。

虚仮威こけおどしの爆竹みたいなものか。だがそれで良い――」



 〝解除〟



 そう唱えたとたん、弔木とむらぎの全身からケタ違いの魔力がほとばしる。

烈火の拳紐ブレイズ・ナックルの火花で、闇の力をごまかす……か。社長も面白いことを考える」


 幽体化した岩底ナマズが体を翻し、結香に向かって突進してくる。

 弔木とむらぎは前にかがみ、力を溜める。

「〝絶壁〟!」

 そして詠唱と同時に拳をアッパーのように突き上げる。


 弔木とむらぎの拳から、爆炎と魔力の奔流ほんりゅうが繰り出された。

 岩底ナマズは魔力の濁流に飲まれ、遙か遠くに飛ばされていった。


「おっと、危うく殺してしまうところだった。まだまだ試したいことがあるからな」


 岩底ナマズと弔木とむらぎのレベルは1000以上は違う。そうなるとで敵が死ぬこともあり得るのだ。


「こわ…………」


 と弔木とむらぎの背後から結香の声がした。

 少しギャルめいた女子高生の、素のリアクションだ。

 弔木とむらぎは攻撃の手を止め、結香を振り返った。


「そう言えば、本当に俺が倒していいのか?」


 パーティーでモンスターを倒した時、経験値は戦闘の貢献度によって分配される。

 それゆえ「パワーレベリング」と言えど、多少は戦闘に参加しなければ経験値を得ることができない。

 今日は結香のレベル上げのために来ているのだ。


「構いません。と言うか戦闘に加わってはいるので、多少は経験値が入ると思います。お気遣い、ありがとうございます」

「ちょ……ちょっと良いか」

「何ですか?」

「普通に話してくれないか?」


 すると、結香は顔に恐怖と畏れの感情を滲ませた。

 唇を震わせながら、弔木とむらぎに問う。

「ふ、普通……に? え、怖い。普通って何ですか」

 結香は恐怖のあまり、普通の基準さえも忘れているらしい。


「とにかく普通にだ。『従業員』とか言われるのも嫌だけど、距離を置かれすぎるのもキツいぞ。何でそうなる?」

「でも何か怖いし、強すぎて逆に不気味っていうか……人間超えて魔王みたい」

「言い方ってもんがあるだろ……」

「ひぃいい! すみませんすみませんすみません!!」


 両極端すぎる。

 やはり〝闇の魔力〟の影響だろう。

 普通の人間は魔力を解放した弔木とむらぎの前に立つと、言いようのない嫌悪感や恐怖感を覚えるらしい。

 弔木とむらぎとしてはバイトの先輩くらいの感覚で接して貰いたいところだ。



 〝静寂〟



「じゃあ、これでどうかな?」

 弔木とむらぎは再び魔力の放出を抑えた。

「あれ? 平気に、なった? ただの人間に戻った感じがする。ていうか……弔木とむらぎさんごめんなさい! 私、弔木とむらぎさんのこと誤解してました。これからも一緒にダンジョンに……」


 しかし弔木とむらぎは、歩みよる結香を手で制した。

「その話は、後にしよう」

「え、どうして――」

 時間切れだった。

 岩底ナマズが再び二人の前に躍り出てきたのだ。


我が社ダンジョンスカイの仲間を痛めつけ奴には、相応の報いを与えなければならない」


 ――シュボッ!!!!!


 弔木とむらぎの拳から灼けるような炎、そして黒い瘴気が立ちこめる。

 二つの力は拮抗し、反発し、やがて一塊ひとかたまりの炎となった。


「少し本気を出すか」


 烈火の拳紐ブレイズ・ナックルは、中々に良い武器だ。

 まず、何年も使い込んだかのように手に馴染む。


 何より、炎の調整も自在だ。

 弔木とむらぎ烈火の拳紐ブレイズ・ナックルに魔力を注ぎ込めば、注いだ量に応じて火力も高まる。


 どうやらこの武器には、他の魔力を炎属性に変換する魔法印ルーンが埋め込まれているようだ。


 弔木とむらぎは思わず笑顔になる。

「闇と炎の混合魔力、か。これはこれで、良いものだ」

 弔木とむらぎは10パーセントほど、力を解放した。


 一瞬のうちに岩底ナマズの方に接近し、拳を構える。

 そして想像イメージ詠唱ワードを練り、新たな技を繰り出す。

 その技の名は――


「〝閃光〟!」


 弔木とむらぎの拳を中心に、魔力の爆発が起こった。

 ごく狭い範囲だったが、火力は恐ろしく強かった。

 岩底ナマズは、一瞬のうちに蒸発して消滅した。


「〝幽体化〟している敵も燃やせるのか。いいぞ、上出来だ。これなら堂々とダンジョンで戦闘ができるな」


 〝閃光〟なら、いつぞやのようにダンジョンに風穴を開けることもない。これなら他の探索者に見られても問題ない。

 事情を知らない人間には荷物持ちポーター弔木とむらぎが自衛用の魔導具で戦っているだけにしか見えないだろう。



 ――ゴゴゴゴゴ…………



 と、地鳴りがダンジョンに響き渡っだ。

「ダンジョンの崩壊が始まるな」

 迷宮の主ダンジョンボスを失ったダンジョンは、この世界に存在することができない。


 探索者が手に入れたアイテムは「こちら側」に残り、それ以外は魔力の霧となって消滅する。

 中に残された探索者は自動的に地上に転送されていく。



「取りあえずは地上に戻れるな……って、大丈夫か??」 

「あ、ああ……たた、立てません」


 結香はダンジョンのクリアを喜べるような状態にはなかった。

弔木とむらぎの魔力を全身に浴び、恐怖で全身を震わせていた。

 しかも股の間からは、生暖かいものが漏れていた。


 目のやり場と、声のかけかたに悩むパターンだ。

(ていうかこの関係、ここからどうやって立て直せばいいんだ?)

 消滅するダンジョンの中、弔木とむらぎはそんなことを考えていた。


 やはり弔木とむらぎには、ダンジョン攻略よりも難しい問題だった。

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