34 異界書庫とクレイジー金髪バニー
荒川河川敷、ガード下。
枯れ草の奥に、小さな穴が空いていた。
まだ名前も付けられていない〝野良ダンジョン〟への入口だ。
そして、その穴を監視する女が二人。
ナスターシャと秘書の
二人は百メートルほど離れたビルの屋上にいた。
12月の寒空の下、二人は交代で〝魔王〟が来るのを見張っていたのだ。
だがダンジョンに近づく者は一人としていなかった。
「教授、なぜ私も来なければならないのですか?」
「これも〝魔王〟確保のためだ! もし魔王と戦闘になったら、私一人じゃ通報できないからね!」
「教授が魔王に殺されている間に、私が通報すれば良いのですね? ……理屈は分かりました。ですがもう三時間は過ぎていますよ? 真っ暗だし、寒すぎます。と言うか……もしや〝魔王〟は先に入っているのでは?」
ナスターシャは胸の谷間から、懐中時計のような機械を出した。
対魔王探索特化アイテム。
〝闇の魔力〟を探知する
ナスターシャは機械に埋め込まれた水晶の色を見て、言った。
「残念ながら〝闇の魔力〟の反応はない。魔王はまだ来ていないはずだ」
「どうでしょうね。例えば、我々がここに来るよりも遥かに前に、〝魔王〟が現れていたとしたら? 魔王の〝残留魔力〟も大気中に拡散して検知できないはずです」
「さやっち。我々はダンジョンが出現して15分でここに来たんだよ? 流石の魔王と言えど――」
と、そこでナスターシャは言葉を区切った。
「――いや。あの〝魔王〟ならやりかねないか」
「どうします? ダンジョンに入るなら、特別手当てを要求しますが。ただの秘書が無防備な姿でダンジョンに行くのは危険すぎますので」
「え? ねえ、さやっち……まさか彼氏できた?」
「ふざけてるんですか。いませんが何か?」
「だってそんなジョークを言うの、聞いたことないから」
対魔法素材で編まれた厚手のパンツに、現代的なデザインのプレートメイル。
腰には短めのダガーナイフが2本と、魔法触媒の杖が1本。
ただの秘書とは言えない出で立ちだ。
「軽量武器に、連射重視の魔法触媒。ダンジョンを駆け回ることを想定した装備だ。さすがは我が秘書だ。分かってるじゃないか。しかもボディラインが露わになるタイトな戦闘服。ちょっとえっちなところがなお良いね」
「ダンジョンに駆り出されるのはこれで三度目ですから。最低限の装備を整えたにすぎません。それよりも教授。〝野良ダンジョン〟への入場は違法です。本当に大丈夫なのですか?」
「問題ない。私を誰だと思ってるんだ?」
「自分のバニー衣装に興奮する変態。中身セクハラ中年」
「だから、これは魔導装備だって! 魔力が十倍になるんだよ。筋力も敏捷性も防御力も底上げされるんだ! ちなみにさやっちの分もあ――」
「けっこうです。ピンヒールでダンジョンを走れるのは教授だけです。て言うか寒くないんですか?」
「
「寒いですよね?」
女二人はガヤガヤと騒ぎながら河川敷に向かった。
「〝概念番号09。刃、鋭く、RPM200〟」
ナスターシャが奇妙な詠唱をすると、河川敷の枯れ草が一掃された。
「何ですかその詠唱は。……前から変態だとは思っていたけど、詠唱も変態的ですね」
「それは褒め言葉と受け取っておこう。でもさやっち。これも一般的な詠唱なのだよ。魔法に目覚めた人間は、自動的に詠唱すべきフレーズが分かる。
そしてそのフレーズは往々にして、その人間の世界認識と深く関わっている。つまり私が詠唱する言葉は、私の世界認識を象徴している、ということなんだよ」
「ちょっと何を言ってるのか分かりませんが。つまり……どういうことですか?」
「簡単に言えば、詠唱のフレーズは個々人の性格とか世界の見方が出がちってことさ。例えば、極端な中二病患者の詠唱は、全身が痒くなるようなフレーズなんだよ。そう言えばさやっちの詠唱って私まだ聞いたこと――――」
「さあ、早く行きましょう!」
「ねえねえ。さやっちの詠唱って」
「教授! 時間がないんですよ! ほら、早く!! ダンジョン管理機構の監視員が来ないうちに!」
「さ、さやっち? あっ……」
何かを察したナスターシャはそれ以上の追求を止め、穴の中に入っていった。
ダンジョンの中は岩の洞窟……ではなく、格式高い宮殿のようだった。
長い通路の左右には、美しい絵画や彫刻が配置されている。
「これは……異世界の貴族の屋敷、と言ったところかな? 面白いことになってきたじゃないか!」
一直線の通路は、先が見通せないほどに長い。
まるで来た者を奥へ奥へと誘うかのようになっている。
「こいつは……行くしかないな! ひひひひひひ」
〝魔王〟を探すという本来の目的を棚上げし、ナスターシャは奥に進んでいく。
「教授! 単独行動は危険です!」
後から入ってきた
「大丈夫だって。探知魔法は発動している。近くに敵がいればすぐに分かるよ」
荘厳な通路は、不気味なほどに静まり返っていた。
聞こえるのは二人の足音だけ。
敵モンスターは一匹も現れない。
それはそれで逆に不気味だ。
「教授。これは何というか……本当にダンジョンなのですか?」
「良い質問だ。ではさやっち。
「この世界の空間が、ダンジョンのようになること……ですか?」
「だいたい合っているが、厳密には違う。洞窟だとかモンスターだとかは、本質ではないのだよ。
「つまりここは、モンスターがいないダンジョンだと?」
「さすがじゃないか、理解が速い。その通りだよ」
二人は通路の終わりに到着する。
扉の上には、異世界の文字が刻まれていた。
ナスターシャはその文字を観察し、にやりと笑った。
「予想どおりだ。〝世界の叡智、記憶と記録。そして魔導書の複製庫〟と書いてある」
ナスターシャが扉を押し開ける。
すると、巨大な書庫が二人を出迎えた。
「実に素晴らしい……
「ま、待ってください教授! こ、これはさすがに通報したほうが良いのでは!? あまりにも通常のダンジョンと違いすぎます!」
「なーにを言ってるんだ! 機構の奴らなんぞに異界の人文知の価値が分かるはずないだろ! どうせ通常のダンジョン扱いされて、その辺の探索者に二束三文で売り飛ばされるに決まってるじゃないか! 断固として回収する!」
完全に目がキマッているナスターシャを見て、
「……まったく。どうなっても知りませんよ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――数時間後。
二人はまだ書庫にいた。
ナスターシャは目をギラつかせ、一方で
「教授。まさかこれを本当に公開するおつもりですか……? とんでもないことになりますよ」
「まあ国とか大企業を敵に回す可能性はあるかもね! どうだっていいよ問題はなし!」
「いや脳天気に『問題はなし!』とか言ってる場合じゃありませんよ……下手に公開すれば、教授の命が危ないかもしれません」
「けっこうけっこう! この一撃で世界が揺すぶられる方が愉快というものだよ! はははははは! はーっははははは!!!!!」
「きょ、教授…………」
キサラギ・ナスターシャ。
ドイツと日本のハーフ。複数の言語を操り、ダンジョン以外にも多数の専門分野を持つ才媛。
この時
ナスターシャがダンジョン研究の
頭のネジが100個くらい外れているのだ。
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