15 覚醒

「あいつ何で魔法使わないんだ?」

「恐らく魔力が尽きて手も足も出ないって状況じゃないすか。あーあ。あいつ、死ぬっすわ」


 ドーレイ住宅の二人組は、闘技場の観客席に立っていた。

 小野寺がギミックを操作した直後、二人がいたフロアそのものが動き、闘技場まで運ばれたのだ。


 観客席にいるのはこの二人だけだった。

 ギミックを操作した者だけが、この観客席にたどり着けるようだ。

 二人の眼下では弔木とむらぎが巨大な西洋甲冑から逃げ回っていた。

 小野寺達に弔木とむらぎを助ける気はない。

 二人は敵の行動パターンを分析するために、弔木とむらぎを見殺しにすることにしたのだ。


「魔力が尽きれば当然、ダンジョンでは生きていけないっすからね。素手で敵に攻撃しても、魔力の壁に弾かれちゃうし」

「魔力の壁? なんだそりゃ」

「ダンジョンの魔物は、魔力の壁で常に守られてるんすよ。んで、その壁を破った上で攻撃をしないと全然ダメージが入らないって仕掛けっすね」

「魔力のバリアみたいなものか。ゲームみたいだな」

(こいつ、こんなことも知らなかったのかよ……)


 久保はそんな内心を隠しながら、話を続ける。

「だから、拳銃とかは魔力がついてないからモンスターに効果がないんすよね。銃弾に魔力付与するのは結構難しいらしくて」

「じゃあ俺がそのやり方を発明すりゃ、大金持ちだな。……ああん? ちょっと待て」


 会話の途中で、小野寺が目を細めて闘技場を見た。

「どうしたんすか?」

「何かあいつ、見たことあるぞ」

「え、マジすか」

「思い出した。去年、俺が面接で落としたガキだ」

「すごいっすね。うちの会社受けて落ちる奴とかいるんすか?」


 小野寺は久保の頭を軽く小突いた。

「馬鹿お前、俺の話を忘れてんじゃねーよ。去年、新橋の居酒屋で話しただろ」

「ああ、異世界から帰ってきたとか嘘こいてた〝勇者様〟でしたっけ?」


「ははは……!! ふははははっ!!! あのガキ、自分で魔法使えるってエントリーシートに書いてたんだぞ? みっともねえな。死にかけてんだろ!」

「やっぱ、ダメな奴はどこ行ってもダメっすね!」

「そういうことだな!」


 ダンジョンは人の価値観を壊し、狂わせる。

 魔法という超常なる力を与え、地下資源は莫大な富をもたらす。

 モンスターは害獣として殺すことが推奨されている。

 ある種の人間にとっては、ダンジョン攻略とはゲーム以上に暴力的な快楽をもたらすものだった。

 ブラック企業に身も心も染まり果てた小野寺達が狂うのは、ある意味では必然だった。


 下卑た笑い声が、高らかとコロシアムに響く。

 その声は当然、弔木とむらぎの耳にも届く。

 やがて弔木とむらぎの心は、絶望に沈むことになる。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 〝幽牢の闇騎士〟は巨大な剣を軽々と振り回す。

 しかも重厚な鎧を装備しているはずなのに、異様なまでに素早い。

 対する弔木とむらぎは、防戦一方だった。

 いや、防戦と言うよりはひたすら逃げ回る他なかった。

 ダンジョンの中で魔力を持たぬ者に、生きる権利などないのだ。


(だ、誰か……助けてくれ。何で、誰も来ないんだ……?)


 ズアッ!

 恐ろしい剣圧が弔木とむらぎの首筋をかすめていく。

 弔木とむらぎの命を辛うじてつなぎ止めているのは、異世界で冒険した時の記憶だった。


 〝幽牢の闇騎士〟とは前に戦ったことがある。

 そのため、攻撃パターンだけは予測できたのだ。

 が、だからと言って勝てる訳ではない。

 〝光の勇者〟としての力もなく、体力も一般人レベルとなった弔木とむらぎの死は、着実に近づいていた。


 魔力の蓄えがある限り、〝幽牢の闇騎士〟は無尽蔵に動き回る。

 対する弔木とむらぎはただの人間。

 相手になるはずがない。


「は、はあ……はあ……息が続かない……く、くそ……やめてくれ……! こんなところで――」


 ――ザンッ!


「ぐあああ!」

 視界が180度、ぐるりと回転した。全身に衝撃が加わる。

 弔木とむらぎの体が地面に転がった。

 闇騎士の繰り出す斬撃が弔木とむらぎの足元を派手に破壊したのだ。


「くそ、何だ!?」

 弔木とむらぎは立ち上がろうとする。

 しかし、またも転んだ。

 闇騎士は何度も剣から衝撃波を繰り出し、弔木とむらぎを転倒させる。

 完全に逃げる術は失われてしまった。


「うあ……ぁぁぁああ……ああああ!!!」


 弔木とむらぎは、闘技場を這いずり回った。

 〝幽牢の闇騎士〟は弔木とむらぎを殺さんと近づく。

 逃げる。

 必死に逃げる。体が思うように動かない。

 前に進まない。


「助けてくれ……誰か……」

 闘技場に人影はない。誰も彼もがダンジョン攻略に行ってしまったのだ。

 俺はここで死ぬのか――と思った時だった。

 人の声が聞こえた。


 助けに来てくれたのか?

 闘技場をもう一度見渡す。

 いた。

 二人の男が観客席にいた。

 弔木とむらぎの中に生きる希望が芽生え――そして即座に黒く塗り潰された。


「ギャハハハハハハ!!! あいつ、死ぬっすね!」

 聞こえて来たのは、弔木とむらぎを嘲笑う声だった。

 二人に弔木とむらぎを助けようとする様子は、ない。


 ――まさか俺が殺されるのを、楽しんでるのか?


「た、助けてくれ! たのむ……!!」

「ばーか! もっと頑張れよ! そんなんじゃ攻撃パターン分かんねえだろ!? ははははははは!!!」

 二人組は弔木とむらぎをただ見下ろし、ゲラゲラと笑うだけだった。

 弔木とむらぎの心が、ドス黒く染まった。


「…………ふざけるなよ」


 弔木とむらぎの中で何かが弾けた。

 湧き上がるは怒りの感情。


 そして自分が置かれてきた、最悪な境遇に改めて気づく。

 この世界に戻って来てから、と。


 弔木とむらぎは誰かを見下したり蹴落としたりすることが嫌いだった。

 平和に、平凡に。

 ただ心静かに生きていたかった。

 だというのにこの現実世界は、常に弔木とむらぎを理不尽な目に遭わせる。


 いつも誰かに馬鹿にされ、見下ろされ、見殺しにされる。

 気持ち悪い、黒いオーラが出ている、怠け者、負け犬。

 

 クソが――

 今にも死ぬという時になって、弔木とむらぎの中にあった、心の枷が壊れた。


 温厚で、控えめな性格。

 それが弔木とむらぎの自己認識だった。

 異世界で勇者をやっていた時も、それは変わらない。

 だがここに来て何かが変わった。


「ああああああああ! 畜生が! クソが! もう知るか! やりたいようにやってやるよ!」


 とうせ死ぬのが確定してるなら。

 一つくらい予定調を起こしてやるよ。

 攻撃手段は何もない。

 敢えて言うなら、拳のみ。


「いいぜ、だったら……やってやるよ……拳でな!!!!」


 俺は死ぬ。

 もうそれで良い。

 でもこいつだけはブン殴ってやる。

 弔木とむらぎはほとんどヤケクソな気分で、気合いだけで立ち上がった。


「くそ、俺は、勇者……だ! 異世界から、帰って来た、男だ! 魔王を殺した……んだ…………!!! うああああああああああああああああ!!!!!」


 ぱしっ


 弔木とむらぎの柔らかな拳が、〝幽牢の闇騎士〟に触れた。

 ただ、それだけだった。

 しかし弔木とむらぎが繰り出した拳の結果は、想像を絶するほどに異常だった。


 ――ズゾァッ!!


 大気を切り裂くような、あるいは巨大な砲撃のような爆音が、ダンジョンに響いた。

 そして、時が止まった。

 弔木とむらぎは訝しんだ。

 いつまでたっても敵は剣を振り下ろさないし、自分はまだ生きてる。


 弔木とむらぎは思い切って目を開いた。

 〝幽牢の闇騎士〟の胴体に巨大な風穴が空いていた。

 ほどなくして〝幽牢の闇騎士〟は魔力の霧となって消滅した。

 そして奇妙なことに、闇騎士が持っていた魔力は――弔木とむらぎの肉体に吸収されていった。


「誰かが助けてくれたのか? ……いや、違うよな」


 アリーナを見上げれば、弔木とむらぎを嘲っていた二人組が唖然としていた。

 あの二人が助けてくれたのではないようだ。

 弔木とむらぎはひたすらに戸惑う。

 そして「これが答えだ」とばかりに弔木とむらぎの体には、強力な魔力が漲っていた。


「まさか、俺が……やったのか?」


 弔木とむらぎは、自分が生み出したを目の当たりにして、愕然とする。

 弔木とむらぎは〝幽牢の闇騎士〟に拳で抵抗した。

 拳から衝撃波のように魔力が撃ち出された。

 そして、魔力の塊は闇騎士を一撃で倒し、アリーナの壁を破壊した。


 そしてそれ以上に、弔木とむらぎを困惑させることがあった。

「なんだよ、この魔力。違う、これは〝光の力〟じゃないぞ……!」

 弔木とむらぎの魔力はどこまでも深く、ドス黒い――闇の気配を帯びていた。

「何で俺に魔王の力――〝闇の力〟があるんだ!?」

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