3 暗き力
内定がないまま、卒業した。
生きていくには金がかかる。
世界を救った勇者といえど、それは例外ではない。
十年以上前に家族をとある災害で失い、奨学金とバイトだけでここまでやってきた。頼れる人はどこにもいないのだ。
新しいバイト先は「クラフトマン」という国道沿いのホームセンターだった。
「クラフトマン」は首都圏に50ほどの店舗を持つ、そこそこの規模の会社だ。
弔木がここを選んだ理由は、アパートから近いことと、バイトから正社員になれるルートがあることだった。
だがその目論見は前途多難だった。
いつものようにバイトに行くと、弔木は店長に呼び止められた。
「弔木君、ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「スマイルだよ!」
店長は自分の頬をぐいっと持ち上げ、弔木に顔を近づけた。
「はい? スマイル……ですか?」
「そうだ。君には笑顔が足りない。いちおう接客業なんだから、もっと愛想よくしてもらいたいんだ。ここに来てもう三ヶ月になる。そろそろレジ打ちしながらでも、作り笑いくらいできるだろ?」
店長の三浦は穏やかな口調で言う。
40代の、温和な性格の小太りの男だ。
ドーレイ住宅の小野寺よりは常識がある。人格に裏表もない。だが少し説教がしつこい。
バイトに出ると、決まって店のバックヤードで小言が始まるのだ。だから弔木は、いつも30分早く出勤している。
「就職が決まらなくて残念な気持ちは分かるが、切り換えてくれ。君からはとにかく暗い雰囲気が漂っているんだ」
「はあ」
「パートさんも、なぜか君を怖がっている。一応聞くけど、弔木君、殺人とかしたことないよね?」
「なっ……ないですよ……!!」
実は、殺している。
異世界で何人か。
しかしどの殺人も、パーティの仲間を守るためのものだった。敵は人類の裏切り者で、魔王の手先だった。弔木も好き好んで人殺しをする性格ではない。
さすがに異世界での殺人はノーカウントだろう、と思いたい。
しかし弔木は、店長に内心を読まれているような気分になり、焦る。
「あの、信じてください。本当ににないですよ。ないですって!」
「はっはっは! 本当に人を殺したようなリアクションじゃないか! ……と言うのは冗談だけども。弔木君、とにかくスマイルだ。レジ打ちがいちばんお客さんと接するんだから、しっかり頼むよ!」
「はい、すいません。頑張ります」
と言うか、何を頑張ればいいんだ?
今でも弔木は精一杯の笑顔で接客をしている。
バイトが終わった後は、顔の筋肉が痛いくらいなのだ。
だがこの世界に戻ってきてから何かがおかしい。
弔木を見た人間は、なぜか「げっ」と言うような顔をするのだ。
(俺、そんなに凶悪な顔してるか……?)
思い切って、聞いてみるか。
「店長。俺の顔、そんなにヤバいですか?」
「いいや、顔は普通だよ。でも何か不吉なんだよね。それにパートさんも噂してるんだけど、最近、店の商品が動いたり、黒い影が横切ったりするらしいんだ。どうも弔木君がここに来てから、何かがおかしいんだよ……」
「そんな、ちょっとしたホラーじゃないですか! 俺、関係あります?」
「あるかも知れないねえ……だからこそ、スマイルだよ! ほら、レジに入る前に練習だ! 私に続いて!」
店長がぐいっと頬を持ち上げる。
弔木も仕方なく頬をあげる。
「スマイルだ!」
「は、はい……」
「ほーらもっと! スマイル!」
作り笑いをしながら、弔木は別のことを考えていた。
俺は、勇者だった。
俺は、世界を救った。
俺は、剣を振れる。
俺は、魔法も使える。
なのに、なぜこんなことに。
俺には、本当は力があるんだ。
何で俺は、こんなところにいるんだ。
力が、欲しい。
全てを壊せる、力が……。
弔木ははっとした。
なぜそんなことを考えてしまったのだろう。
そして、次の瞬間だった。
――ガシャン!!!!
バックヤードに置かれていた無数の商品が、いっせいに飛び跳ねたのだ。
「な、な、何だ今のは!? 君も見たよね、弔木君。やっぱり、君が原因なんじゃないか??」
「そんな、俺は何も……」
もちろん弔木には何の自覚もない。
大体にしてこの世界に戻ってから、魔法が一切使えないのだから。
戸惑う弔木をよそに、奇妙な現象は続いた。
「うっ……」
店長が急に苦しそうな顔になる。
喉を抑え、口から泡を吹き出す。
「おかしいな……急に何か……うううっ! 胸が苦しい……!」
「店長? だ、大丈夫ですか? 店長!」
直後、店長が泡を吹いて倒れた。
「そ、そんな……何で? えええ???」
弔木の記憶では、異世界では〝光の勇者スターク〟だった。
だがこれではまるで――魔王の手先。
闇の力を操る暗殺者じゃないか。
俺は勇者だ――。
弔木はふいにわき上がった疑念をかき消すように、思わず魔法を詠唱した。
「〝
しかし何も起こらなかった。
弔木は、床に倒れて痙攣する店長を見て、はっと我に帰った。
「違う、そうじゃない! ……救急車だ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
店長は心筋梗塞だった。
幸いにも後遺症はなく、二週間ほどで退院できることとなった。
自分のせいで店長が死んだら……と気が気ではなかったが、ある意味でただの病気で安心した。
店長が不在になると、一つだけ良いことがある。
バイト前の説教がなくなるのだ。
弔木は少しだけ軽い気持ちでバイト先に向かった。
が、店長の説教よりも面倒な事態が弔木を待ち受けていた。
「店長がいなくなって大変なんだ。お前はレジと品出しを並行してやれ。ポップも古くなってるから新しいのに交換しておけ」
と言うのはバイトの
数週間前に入ってきた、都内の有名国立大学の学生だ。弔木と年はほとんど同じだ。
「でも俺レジなんで。品出しとかはやったことないんだが」
「おい弔木。俺の命令を聞けないのか?」
「だからやったことないって。つうか、君もバイトだよね?」
「店長はバイトの中で最も優秀な俺に、リーダーの権限を与えることにした。店長が戻ってくる一週間の間だけだがな」
「そ、そうなのか……?」
「そんなことも知らなかったのか、情けないな。バイトには昨日のうちにラインで連絡が行ってたはずだが」
「忙しくて見てなかったんだ」
「だらしない。実にだらしないな! もっとも、そういう奴だから就職もできずにフリーターなんかやってるんだろうな。四年もあって、何をやってたんだ?」
「………………」
「ふん、そうだよな。答えられるはずがないよな。何もしていないんだからな」
世界を、救っていた。
もちろんそんなことを言えるはずもないし、言う必要もない。
弔木も、普通に就職活動をしていれば就職くらいはできていた。
異世界から戻ってくる時間がたった一年ずれてしまっただけで、こうなってしまったのだ。
「一つだけお前の発言を訂正する。俺はバイトじゃない。超エリートだ。俺は国立帝都大学を主席で卒業する予定だし、既に超大手デベロッパーの青島土地開発のインターンに行って内定の確約を得ている。世界のアオシマだ。お前のようなバイト風情と同列に語られるのは虫酸が走る。以後気をつけろ」
誰が気をつけるか、馬鹿。
内心で弔木は毒づいた。
そして心の中の「復讐リスト」に加えた。
ドーレイ住宅の木村と合わせて、これで二人目だった。
国立大学の超エリートを自認し、SNSで自らの充実した生活ぶりをアピールする。その名のとおり、弔木のように立場が下の者を見下してはイキがる大学生だ。
弔木にとっては天敵のような存在だった。
バイトの休憩中、弔木は缶コーヒーを片手に、スマホでニュースサイトを巡回していた。
つかの間の休憩時間は貴重だ。
二十分の休憩を弔木は前半と後半に分けている。
前半の十分は、ニュースサイトの巡回。
後半の十分は、ソシャゲの消化。
だが今日だけは、そのスケジュールが崩れた。
弔木の目は、ニュースサイトに躍り出た見出しに釘付けになった。
「ダンジョン探索者の募集? 首相の記者会見?」
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