第17話 緋依の正体

 ボクはダンヌさんの魔法で、状況を打開しようとした。


 しかし、ルゥさんに止められる。


「ダメですぅ、菜音ナオトさん。緋依ヒヨリさんに、ケガをさせちゃいますよぉ」

 

「おっと、動くなよ。動くとこのお嬢ちゃんがハチの巣になるぜ」


 ハンターのリーダー格が、ライフル銃を撃つ。


 弾は、緋依さんの近くに着弾した。


 緋依さんはビクリとも動かず、ただリーダー格を睨みつけている。気丈な人だ。


 とはいえ、ここは従うしかないらしい。

 

 ボクは、武器を下ろす。ダンヌさんの右腕も、しまった。


 ハンターたちが、ボクの腕を縛り上げる。


 緋依さんが、女性ハンターたちの手で乱暴に立ち上がらされた。

 刀は取り上げられ、両手は二人がかりで取り押さえられている。


 ルゥさんも、ハンターたちに縄で縛られた。

 使い魔がただのカボチャに変わる。

 ロープに、魔法を封じる効果が込められているらしい。

 

『やったね~。うまくいったよ。エルフ族の姫様だけじゃなくて、【ファム・アルファ・烈火】の中の人まで捕まえられたからね~』


「ファム・アルファちゃんの? どこにいるんです?」


『そこにいるじゃん』

 


明日葉アシタバ 緋依ヒヨリちゃんこそ、火炎系VTuberの【ファム・アルファ・烈火】その人だよ』


 え、ウソ。





 ファムちゃんは、ボクに勇気をくれる人だった。

 

『過激に、ブレーイズッ! 炎のVTuber、ファム・アルファ・烈火だ! 今日も、みんなから送られてきたマシュマロをドロドロに焼いていくぞ!』

 

 ハイテンションで、ファムちゃんがスマホからリスナーに声を掛ける。


 一方のボクはベッドに横になりながら、スマホを見つめていた。

 真っ暗な部屋の中で、電気もつけずに。


『最初のお便り! 「学校がつまんない。ずっとファムちゃんだけを見ていたい」だとぉ!? 思ってくれるのはありがたいが、学校は一応通っておけ! アタシだって、学校や仕事はつまんないぜ!』


 ファムちゃんが、コメントに強い返事をした。


 

 このお便りは、ボクが出したものだった。

 なんのために勉強しているのか、わからなかったのである。

 早く自立したいという気持ちばかりが、募っていて。

 バイトを始めたのも、育ててくれた祖父母の負担になりたくないからだった。


 でも、できるだけ仕事の時間を増やして、一刻も早く家を出たい。


 そう考えていくうちに、ますます学校がイヤになってきたのだ。


『お前の気持ちはわからなくもない』


 ファムちゃんは一回、不登校になったことがあるという。Vの活動を始めたので、仕事と学業の両立が難しかったためだ。

 だが活動中、自分勝手に過ごしてしまったらしい。終始イライラして、わがままになっていったという。


『苛立っていたときに、仲間から指摘されてな。また学校に通いだして、仕事もセーブするようになったんだよなー』


 そうか。ファムちゃんだって、完璧じゃないんだ。


 ちょっとポンコツなところがあるからこそスキだったはずなのに、ボクはすっかりそんなことを忘れて。


 ファムちゃんの中に完成されたキャラクター性を見て、勝手に神格化していたのは、ボクの方だった。


『いいか? 孤独になると、人とのつながりをなくしちまうんだ。全部自己責任になるのはいい。けど、思考まで自分勝手になっていくぞ。気をつけろ! はい次!』



 ボクみたいな雑草人間のコメントでも、ファムちゃんは親身になって読んでくれる。


 ファムちゃんのことを「暑苦しい」と語る、アンチも多い。


 でも、世間に対して冷めた視点しか持たないボクからすると、彼女くらいヒートアップしたコメントをくれる方がありがたかった。背中を押してくれるような。


 その女性が、今目の前で拘束されている。



 

 

「緋依さん。だから同じVの人が、ダンジョン犯罪に手を染めているのが、許せなかったんですね?」


「ええ。できれば、私だけの力であの人を止めたかったんだけど」


 緋依さんが、うつむいた。


『なにが同じVだっての! ふざけんなって!』


 ボクたちの会話を聞いて、テロスが激昂する。


『アタシは昔から、こんな姿だった! どれだけ避けられて、からかわれたか! アタシだって、「みんなと同じだよ」って言いたかった! でも、受け入れなかったのはそっちじゃん! だから今度は……』


 テロスの声が、ひときわ低くなる。

 

『アタシがみんなを排除する側に立つ』

 

 ボクは、血の気が引いた。


 この人は、全員を殺す気だ。


 おそらく、ルゥさんや緋依さんも、生かすつもりはない。


 だったら、敵だね。


 ボクは一瞬で、腕を【獣化】させた。


 リーダー格の腕を、ダンヌさんの雷魔法で吹き飛ばす。


 ハンターたちの動きが、一瞬だけ弱まった。

 

「カアア!」

 

【ウォークライ】で、すべてのハンターたちの足をすくませる。


 雷魔法の【精密雷撃】で、殺さない程度に痛めつけた。

 脚や腕を打ち抜き、ダウンさせる。


 だた、「殺さない」とは言っていない。


 リーダーの眉間に、爪を突きつける。


「ダンジョンから去ってください。今なら間に合います。出血多量で死にたくなかったら、ダンジョンから出ていってくれませんかね?」


「ざけんな! テロス様の部下であるオレが、そんな簡単に逃げるわけ……ひい!」


 ボクは、リーダーの片目を爪で突き刺した。


「あああああが!」


 目を潰されて、リーダーが悶絶する。


「他の冒険者さんたちも、あなたたちの説得に来たんでしょう。だが、返り討ちにあった。そんなところでは?」


 ハンターたちからの、返事はない。図星か。


「殺したんですね。じゃ、殺されても文句は言えませんよね?」


 ボクが脅すと、あれだけ威勢がよかったハンターがすくみ上がる。


「だってそうでしょ? ボクは別に依頼された冒険者ではありません。この間まで民間人でした。だから、遠慮なんてしない。する必要はないんです。これは正当防衛ですし」


「殺さないで」


 女性ハンターが、命乞いをしてきた。


「どうして? ボクには、あなたたちを生かす理由もないんですが? どうして自分が助かるなんて、あなたたちは思っているんです? 奇跡なんて起こさせない。ボクは、コミックの悪役じゃないんです。命だけは助けてあげますが、二度と人を殺せない身体にはなってもらいますよ」

  

 ちょっとイジワルをして、ボクはチョーコ博士のマネをしてみる。


 命乞いをしたハンターが、あんぐりと口を上げて涙を流し始めた。


「いやだ!」


「ヤバイ。こいつは本気だ! 逃げろ!」


 足を引きずりながら、ハンターたちが逃げ去っていく。


「……本気だったの? あいつらを殺すって」


「そんなワケないでしょ。今のは【アウトレイジ】。【ヘイトコントロール】の上位互換だよ」

 

 激しい怒りによって、ボクの脅しが相手の精神を汚染するように仕向けたのだ。

 もっとも相手とのレベルに大きな差がないと、ほとんど効果はないけど。

 

 ヘイトコントロールは、今後も使える。対人戦においては、特に効果がありそうだ。

 

「でも怒りは本当だよ。ボクの大切なファムちゃ……いや、緋依さんを傷つけようとしたからね」


「私がファム・アルファだから、助けたの?」


「違うよ。仲間をひどい目に遭わされたからだね」


「そう……ありがとう」


「いや。ボクだってダメだね。ルゥさんに止められたのに、怒りを相手にぶつけてしまうなんて」


 散々脅した後に回復させてやろうと思ったけど、逃げちゃった。

 

 リーダー及びハンターたちに、ボクはダメージを与えていない。

 軽く電気ショックを与えて、「ケガをしたように見せかけた」だけである。


 もっとも、ボクのスキルで相手にはそう映っていないけど。


「ぎゃああああああ!」


 だがボクたちの眼の前で、ハンターたちが本当に死んだ。


 彼らに手をかけたのは、画面にいたテロスである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る