第10話 ボス戦 決着
「父は生前、この世界の戦士職だったの」
イクミの父親は、ダンジョン化した世界を戦士として遊んでいた。
中級レベルの魔物でさえ、軽く討伐できるほどの腕だったという。
「父は有名人たちを、このダンジョンに招待した。だけど、そいつらから『撮影したい』って要求されて。『できない』って反論したら、『この世界を、一般に報道して公表する』って、脅されて。それで、父は壊れた」
イクミの父は、タレントたちを皆殺しにして、証拠隠滅を図った。
だが、それでさらにユスリ、タカリを迫られる。
「その度に、相手をこのダンジョンへ連れて行き、処理していた。娘であるワタシにも、手伝わせて」
人殺しを繰り返すうちに、イクミは狂っていった。
誰にも知られず、人殺しができる状況を前にして、殺人者に目覚めてしまったのだ。
「だからダンジョン内で、配信ができなかったのか」
「スマホの電波は、ダンジョンの外には通じないお」
いじめっ子を殺すために、この力がほしいと頼んだという。
「父は反対したわ。だからワタシが、父を殺した」
イクミは父親を殺害し、デヴァステーションファイブの権利を強奪した。
「いい気味だったわ。なにが『劣等種なんだから少しは貢献しろ』よ! 劣等種はテメエの方じゃない! 毒親を殺して何が悪いの?」
イクミは、父親を殺したことに、なんの罪悪感も見られない。
「君は君で、しんどかったのかもしれない。だが、それは市民を巻き込む言い訳にはならないよ」
「なによ、キレイごとを言って!」
「たしかにボクは、ただ生き残りたいだけの偽善者だよ。でもさ、悪党な君に言われる筋合いはないんだよ」
「ゴチャゴチャと耳障りな……やれ、モンスター共! あいつだけに集中攻撃!」
イクミが、魔物に指示を出す。
三つ首のオオカミが、口から火炎弾を撃ってきた。
オークの群れを盾にして、弾を防ぐ。
ボクは、上空を見上げた。
「ダンヌさん、あれを使う」
ボクはガイコツと戦いながら、キバガミさんと打ち合わせをする。
「……キミには、あれが見えるのか?」
キバガミさんが、上空に視線を向けた。
「見えますよ。ダンヌさんの力のおかげですけど」
視認できるギリギリ上空に、ぬいぐるみのような魔物が浮いているのを。
「あのブタのぬいぐるみみたいなのが、衛星兵器なんですよね」
レーザー単体をダンジョンに撃ち込めば、電波が湾曲してしまう。スマホの電波さえ。
ならば、どうしてあんな正確に、イクミへと砲撃できたのか。
魔法か何かの特殊な方法で、位置を把握したのでは。
そう考えたのだ。
そしたら、答えが宙に浮いていたではないか。
「うむ。あれこそ我々の秘密兵器、【グリンブルスティ】だ」
北欧神話に出てくる、神様の乗り物だ。
「ダンジョン調査用の人工衛星【ドラウプニル】とダンジョンを繋ぐ。敵を確認したあと、我が主が撃ち出す【ミョルニル】という雷属性魔法を増幅させて放つ」
ドラウプニルで敵の位置を完全に把握して、雷属性魔法で黒焦げにしちゃう作戦らしい。
「あなたには、上司がいるんですね?」
てっきり、彼がダンジョン攻略のまとめ役と思っていたが。
「私は責任者に従う、ただの駒だよ。
もしその責任者が死んじゃうと、ダンジョンに入る手段がなくなっちゃうらしい。
キバガミさんは、いわば上司の手足となって動く実働部隊だ。
「それでグリンブルスティのような依代を介して、ダンジョンの外から攻撃の手段を伺っているのだ」
「じゃあ、あれを使って攻撃を?」
「うむ。ミョルニルでなければ、イクミを殺し切ることができんのだ」
キバガミさんの攻撃力でも、イクミの防壁を突破できないらしい。
「あの、こういうのは」
ボクはキバガミさんに、思いついた作戦を提案してみた。
「キミ……正気か?」
キバガミさんが、青ざめる。
そりゃあそうだよね。死にに行くようなもんだし。
「たしかに無謀です。けどボクなら、というかダンヌさんなら可能です。だってあれ、魔法を媒介にしているんでしょ?」
「キミの言うとおりだが」
だったら、うまくいく。
ダンヌさんがいれば。
「があああああ!」
じゃれつくみたいに、三つ首のオオカミがボクを執拗に狙う。
「ああもう! 今、しゃべってるでしょうが!」
ボクは、さっきからボクに噛みつこうとする三つ首の魔物を殴り飛ばした。
倒れたウルフの横っ面を、追い打ちで殴って砕く。
「なんと! ケルベロスを一撃で!」
「そんなにヤバイこと?」
「危険度Cクラス、私とほぼ同レベルの悪魔だぞ」
「で、でもギバガミさんとの戦闘で弱っていたんで」
実際、何発も打ち込まれていたから、問題ないはず。
「ケルベロスを倒すなんて……さすがは、獣王 ダルデンヌ。魔物たちからは神獣と敬われ、カトウ・アウゴと最後まで渡り合った宿敵!」
そんなに、すごい魔王だったんだ。ダンヌさんって。
話しやすい感じだから、魔王だってことを忘れてしまいそうになるけど。
「だが、お前を倒すのは、人類の叡智。科学力だ」
「また、衛星砲台? 同じ手を食うとでも!」
そう、たしかに衛星砲台は使わせてもらう。
「
だが、今回は
緋依さんの刀が、イクミを捉えた。
イクミが、緋依さんから繰り出された「物理攻撃」を、移動魔法で「回避」する。
やっぱりイクミの結界は、魔法攻撃しか防げないんだ。
キバガミさんの銃弾も、魔法が付与されていたから防げたのだろう。
イクミの逃げた方角へ向けて、ボクは飛びかかった。
「今よ、
「おおおおおおお!」
衛星からのレーザーは、ボクの方に降り注いだ。
「なんだと!? 衛星砲台を、自分で受け止めた!?」
「これが、ダンヌさんの力だ!」
レーザーの熱を含んだボクの爪が、イクミの防御結界を破壊する。
雷属性の精密さで、イクミの弱点を調べた。
胃の中に、小さくて赤い玉を発見する。
「あれが、ダンジョンコアだお!」
興奮気味に、ダンヌさんが叫ぶ。
ダンジョンコアとは、ダンジョンを形成する核の部分らしい。
そこを破壊すれば、ダンジョンは形をなすことができないのだ。
自分の父親を殺し、コアを飲み込んだのか。
「そこだ! 【
ボクは、ケモノの腕を振り上げた。
イクミは今、移動魔法を使えない。
移動魔法と障壁は、同時に扱えないとわかった。
だから、緋依さんに切りかかってもらったのである。
「まずい! スケルトンキング!?」
イクミからの命令を受けて、スケルトンキングがイクミをカバーした。
構うもんか。
魔物ごと、ボクはイクミを斬り捨てる。
雷撃を込めた斬撃によって、スケルトンが粉々になっていく。
人の肉が焼ける不快な臭いが、ボクの鼻を刺激した。
しかし、ボクは容赦なく、イクミの身体を切り裂く。
「ぐあああああ!?」
イクミの胴体が、真っ二つになった。
下半身は、雷撃の余波を浴びてドロドロになっていく。
赤いダンジョンコアも、砕け散った。
だが、イクミはまだ生きているのか。
さらに追撃しようと、踏み込む。
そこへ光が降り注ぎ、イクミを包んだ。
「イクミが、逃げる!」
「逃がしてはダメだお! 殺しきらないと、ダンジョンコアは再生してしまうお!」
とどめを刺そうとしたが、もう一つの光の柱がボクの前に立ちふさがる。
『イナダ・イクミは、回収させてもらうよ。まだ利用価値があるのでね』
光は、成人男性の形を取る。若い男ではあるが、鋭い目や尖った耳から、ただの人間ではないと推測できる。
「
緋依さんが、刀に手をかけた。
この男が、カトウ・アウゴか。世界のダンジョン化を進める、張本人の。
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