第3話 後編
和住さんは、件の若頭補佐について、一人ずつ簡単に説明し始めた。
一人目は、反田組系
彼は血の気が多く喧嘩っ早いが、自分を慕ってくれる舎弟や子分に対しては、面倒見の良い兄貴肌という人物らしい。しかしその一方で、自分に歯向かう人間のことは徹底的に目の敵にするという一面もあるという。
「望月さんと凛ちゃんには、ちょっとした因縁があるんだよね」
「因縁ですか?」
「凛ちゃんが十七の時だったかな?凛ちゃん、その頃家出して放浪してたんだよね。その時、街中で望月さんと肩がぶつかったとかそんな些細なことで殴り合いの喧嘩になったの。しかも、先に殴り掛かったのは凛ちゃんのほうなんだって。よくやるよねぇ、あんなあからさまなヤクザ相手に。しかも、望月さん、三人も舎弟を引き連れてたんだよ」
和住さんはそう言ってケラケラと笑う。
その一方で、私は因縁の内容に驚愕した。
「四対一だから、もちろん凛ちゃんのほうがKOになっちゃったんだけどね。望月さんもそのくらいにしておけばいいのに、あの人、家出少年に殴り飛ばされたのが相当頭に来たのか、そのまま凛ちゃんを拉致した挙句、自分が経営してる会社に監禁してボコボコにしたらしいよ」
「えぇっ!?」
私は血の気が引く。
一瞬、私の脳裏に、凄惨な光景が浮かび上がってきた。
「騒ぎ聞きつけた宮永さんが凛ちゃんを助けて、それがきっかけで凛ちゃんは宮永さんが率いてる下部組織・宮永会に入ったの。実は望月さんも、当時は宮永会の構成員だったんだよね」
和住さんの話によると、凛ちゃんも、望月さんも元々は宮永さんの子分だったそうだ。
今では二人とも多額の上納金を収めたことによって出世し、本家である反田組に入った。つまり、「親分と子分」の関係から、「兄貴分と弟分」に変わったのだという。
「ボロボロになった凛ちゃんを見つけた宮永さんは、そりゃもうカンカンに怒ってたらしいよ。ヤクザが寄ってたかってカタギのガキ一人を暴行したなんて、宮永さんの仁義に反する行為だからね。本来なら破門にされてもおかしくないところを、宮永さんの恩情で、望月さんと舎弟三人が小指を一本ずつ切り落とすだけで済ませてくれたってわけ」
和住さんはサラッと言ったが、指を一本切り落とすという行為はかなり大事な気がする。
しかし、よく考えてみれば望月さんの処分は妥当なのかもしれない。いきなり人に殴り掛かる凛ちゃんにも非があると思うが、拉致までして暴行するなんてあまりにも酷すぎる。
二人目は、反田組系
この人は、若頭補佐の中で一番の古参だという。
「三上さんは二十年近く昔の抗争の時に、敵対してた組の若頭を射殺して名を上げた人なの。その時、一発でヘッドショット決めたっていうのが、三上さんの武勇伝っていうか、伝説だね。丁度、その敵対組織の組長が病死した直後だったから、若頭まで失って、その組は跡目争いで内部抗争が起きて分裂したの。反田組からすると、三上さんの大手柄って感じだね。まあ、ちゃんと十年間臭い飯食ったらしいけど」
「抗争、ですか……」
「今じゃ珍しいけどねぇ……。三上さんに関して俺が知ってることは、抗争のことと、愛人が四人いるってことくらいかなぁ?あの人、女のことはベラベラと喋るくせに、自分の生い立ちとかプライベートについては話したがらないところがあってね。どこに住んでいるのかすら、舎弟も子分も知らないらしいよ。さっきの武勇伝も、他の構成員が語り継いでるだけで、本人が自慢してるところなんて見たことないし」
和住さんの話を聞く限り、三上さんは「抗争で名を上げた素性の分からないヤクザ」ということが分かった。その人物像から、私は三上さんのことを「近寄りがたい性格の人」とイメージした。
「気難しい人なんですか?」
「いや、全然。むしろ、フレンドリーな人だよ。ただ、『俺は組長の隠し子だ』とか『駅のコインロッカーの中に住んでるんだ』とか、訳の分からないこと言って、
和住さんはそう言って、小首を傾げる。
正直、和住さんの話を聞いても、三上さんがどういう人物なのか想像ができない。
三人目は、反田組系
この人が、先ほど店に来ていた男性だという。
市ノ瀬さんは、若頭補佐の中で最も人望が厚い人物だ。彼が率いている市ノ瀬会は、反田組の下部組織の中で最も規模が大きいらしい。
「市ノ瀬さん、全然ヤクザに見えなかったでしょ?あの人、全くオーラがないよなぁ。俺も初めて会った時びっくりしたもん」
「学校の先生かと思いました……」
「ああ、実際、ヤクザになる前は、中学校で教師やってたらしいよ」
和住さんはあっけらかんと言う。
私は思わず「えっ!?」と声が裏返ってしまう。
「そんな人が、どうしてヤクザに?」
「何かねぇ、人殺したらしいんだよ」
和住さんは眉をひそめる。
「……人殺し?」
私の脳裏には、市ノ瀬さんの穏やかな顔が浮かんだ。
虫も殺せなさそうな顔をした市ノ瀬さんが、殺人を犯しただなんて信じられない。
「まだ小さかった娘に対して、
「そ、そうですか……」
私は胸がキュッと締め付けられた。
市ノ瀬さんと「殺人」という二文字が私の中でどうしても結びつかなかったのだが、その動機を知ると少し納得できてしまった。
「市ノ瀬さんは、刑務所の中で宮永さんと知り合って反田組に誘われたの。出所した時には、もう既に四十を超えてたらしいよ」
和住さんの話を聞いて、私の脳裏には再び市ノ瀬さんの顔が浮かんだ。
「……何だか信じられないです。あんな優しそうな人がヤクザだなんて」
「確かに、市ノ瀬さんは優しい人だね。カタギだった期間も長いから、常識はあるし。あの人が怒ってるところを見たことある奴、この世にいないんじゃないかなぁ?」
和住さんは、何か意味あり気な笑みを浮かべる。
「そんな穏やかな人でも、ヤクザって勤まるんですか?」
「ああ、今のは反田組流のブラックジョーク。つまり、市ノ瀬さんを怒らせた人間は、もう
和住さんはそう言って、ニッと得意げに笑う。
それに対して、私は背筋を凍らせた。
そして、最後の四人目が、反田組系酒々井組組長・酒々井凛。――凛ちゃんだ。
「まあ、候補が四人いるって言っても、実質望月さんと三上さんの一騎打ちだけどね」
「えっ、どうしてですか?」
「簡単に説明すると、他の二人は『年齢』に問題があるんだ」
「年齢、ですか?」と、私は小首を傾げる。
「実は市ノ瀬さん、宮永さんよりも二つか三つくらい年上なんだよね。若頭は組長の後継者だから、それが組長よりも年上っていうのはマズいでしょ」
「なるほど、確かに」
確かに、それだと組長の宮永さんが退くよりも先に、若頭の市ノ瀬さんがヤクザを引退するかもしれない。
「凛ちゃんは市ノ瀬さんとは逆で、若すぎるんだよね。市ノ瀬さんは五十代、望月さんと三上さんは三十代後半で、凛ちゃんはまだ二十代。ヤクザって無駄にプライドの高い連中の集まりだから、自分よりもずっと年下の若造の下につくなんて死んでも御免って奴らが多いんだ。もし、凛ちゃんが若頭に選ばれたら、内部抗争が起きるかもね」
和住さんは「はぁ」とわざとらしくため息を吐く。
正直、私は凛ちゃんが実質若頭候補から外れていると聞いて、少し安心した。
反田組という大きな組織で地位が高くなるということは、敵対組織や警察に目を付けられやすくなるということだ。
私は凛ちゃんが危険な目に遭うことが心配だった。
「でも、今の話を聞くと、三上さんのほうが有利そうですけどね。望月さん、何だかトラブルメーカーみたいですし」
「うーん、それがそうでもないんだよなぁ」
和住さんはガシガシと頭を掻く。
「一年くらい前だったかなぁ?三上さん、敵対してる組の組長の孫娘に手を出しちゃったんだよね。可愛い孫に手を出されて怒った組長が反田組の事務所で、ショットガン乱射して大暴れしたの。三上一家の事務所じゃなくて、反田組の事務所で暴れた理由はよく分からないけど……。幸い近くをパトロール中だったポリ公がすぐに取り押さえて、怪我人は出なかったけど、事務所はもう穴だらけ。危うく抗争になりかけるところだったし……。その一件で、組織内の三上さんへの印象が結構悪くなってるんだよね」
「えぇ……」
私は和住さんの話に困惑した。
「敵対組織のボスの身内に手を出すなんて……。三上さんって女癖悪い人なんですか?」
私は、先ほどの和住さんの「三上さんには愛人が四人いる」という話を思い出した。
「女癖が悪いっていうか、『恋多き人』って感じかな。何だっけ?ポリアモリーっていうの?四人いる愛人に対しても、それぞれに本気らしいし。さっきの孫娘の件も『ロミオとジュリエットみたいで逆に燃え上がっちゃった』って言ってたし、組長の襲撃事件が原因で別れて、結構落ち込んでたし。抗争の火種になりかけたんだから、もう少し反省してほしいもんだけどね」
呆れたように話す和住さんを見て、三上さんはその事件のことや反田組のことを軽く考えているのではないかと、私は思った。
「それに、最近望月さんの上納金が急激に増えてるって話もあるからね。昔はヤクザと言えば抗争で名を上げる奴が出世できたけど、最近じゃシノギで稼いで、多額の上納金を収めた奴が偉くなるんだ」
かつて抗争で名を上げ、最近女性関係で問題を起こした三上さんと、かつてカタギに手を出して問題になり、現在では多額の上納金を収めている望月さん。
二人とも悪い部分があるため、どちらを若頭に選べばいいかと訊かれると、正直悪い意味で悩むかもしれない。
「市ノ瀬さんが一回りくらい若かったら、あの人で決まりなんだけどなぁ。しばらくは後継者争いというか、派閥争いというか、反田組内がギスギスするかもね。下手すりゃ
和住さんの言葉を聞いて、私は凛ちゃんのことが心配になる。
もしかすると、凛ちゃんに危険が及んだりするのだろうか。
「ああ、でも、争うのは望月さんと三上さんだから、凛ちゃんは大丈夫だよ」
私の不安を察したのか、和住さんはそう付け加えた。
「ふふっ、ありがとうございます。ちょっと安心しました」
私は気丈に振る舞った。
その翌朝、反田組の組長が死去したと、私はテレビのニュースで知ることとなった。
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