第129話<壱回の女>

彼は己の体を観察する。


ノベロ「薬草を包帯で固定されている。誰かが手当てをしてくれたのか?」


彼はベッドに腰掛け腕をぐるぐる回している。顔を顰めることはなく痛みはなさそうだ。


女性の声「気が付きましたか?」


彼は声の方に振り向く。


全身黒ローブのフードを被った女性の声「こんな格好でごめんなさい。」


ノベロ「あ・・いえ・・、貴女様が手当てをしてくれたのでしょうか?」


女性「はい。」


ノベロ「ありがとうございました。」


女性「・・・・!!」


女性は彼の言葉に合わせて動きを停止した。


ノベロ「どうかされましたか?」


女性「・・・コホン。どういたしまして。」


ノベロは女性を見ている。


女性「もしかして、この格好が気になりますか?」


ノベロ「はい。何か事情があるのでしょうか?」


女性「もし、私の正体を知れば貴方は態度が変わるでしょうから、今はこの姿でいたいのです。」


ノベロ「それは残念ですね。とても可愛らしいお声なので姿を拝見したかったのですが・・・。」


女性「あら、お上手ですね。ジゴロノベロという噂はあながち的外れでもないようです。」


ノベロ「え?ちょっとまって下さい。何ですか?その失礼な噂は?」


女性「あら?ノベロ・シンツェレーツォと言えば、決まった婚約者も作らず、平民貴族構わず手当たり次第に若い令嬢に粉をかけ、食い散らかしているというのが、もっぱらの噂ですよ?」


ノベロ「なんだ?なんだ?これはどういうことだ?一体何が起きている?」


女性「クス・・・・。そこまで騒げるならば大丈夫そうですね。」


女性は不意に静かな声で問いかける。


ノベロ「・・・あ、はい。」


女性はベッドに近づきノベロの顔をのぞき込む。


女性「・・・・・噂通り、貴方は紅眼なのね。」


フード中から銀髪と碧眼がちらりと見える。


彼は背筋をピンと伸ばした。


女性「・・・・・。」


ノベロ「・・・フードをとって頂いて宜しいでしょうか?」


ノベロは災厄に挑んでいる時のような真剣な顔をしながら静かに告げる。


女性「・・・・まあ、いいでしょう。」


彼の様子に思うところがあったのか女性はフードを静かに降ろし、銀髪と縦に割れた瞳孔を持つ特徴的な碧眼が露になる。


ノベロ「・・・・。」


彼は彼女を凝視している。


女性「噂ではジゴロノベロ殿はどのような女性に対しても大げさな誉め言葉を口にするようですが・・・やはり、私は例外でしょうか?」


彼女は無機質な声色で自嘲するかの様に呟いた。


ノベロ「・・・・・・・・美しい。」


彼は女性の言葉が聞こえていないのか一言だけポツリと呟いた。


女性「ふぇ?」


ノベロ「青空のように澄んだ碧眼・・。ただ、美しい。ずっと貴女様を見ていたい。」


彼は数千年後にとある存在に全く同じセリフを言うことになる。セリフを言っている時の目つきがおかしくなっているのも同じである。


女性「え?あの?」


ノベロ「雪あるいは月のような白い肌、白銀のように長く美しい銀髪、その究極の白に映える青空を凝縮したかのような鮮やかな意志の強い青い瞳。こんなに美しい女性がこの世に存在して良いのだろうか?まるで神がその全ての想像力をつぎ込んで作ったとしか思えない。む?待てよ?落ち着け俺。これは所謂、走馬灯と呼ばれる夢や幻の類なのではないだろうか?常識的に考えればこんなに美しい人がわざわざ加護なしの男の治療をするはずがない。となれば・・・やはりここは天国なのではないか?要は俺は死んだのだな。そう考える方が自然だ。伯爵家の嫡男としてかなりいい生活をさせて頂いたが、最後にケチが付いたとも思ったが、こんな美しい女性を死神として遣わすなんて神様も気が利いているじゃないか。トータルとしてはかなり幸せな人生だったと言えるだろう。この女性が今ここに存在しているという事実だけで奇跡というかもう死んでもいいというか・・って死んだんだったな。・・・コホン。美しい死神様。お迎えの時間までは未だ幾ばくか猶予がありますでしょうか?もし、俺の願いを聞いてくださるのでしたらもう少しだけ貴女様を見ていてもよろしいでしょうか?貴女様を見ていると心が洗われると同時にひどく温かい気持ちになれるのです。まるで欠けていた魂の片割れを見つけたかのような気持ちになるのです。できればこの幸せな気持ちのまま逝きたいのです。」


ノベロの眼はセリフが進むにつれ狂気度を増し、セリフの最後ではカルト教団の狂信者の様にギラギラとしたものになっている。


女性「こ、ここまで容姿を誉められたのは『過去全ての生』で初めてですね。」


過去(いや未来か?)最高にトチ狂った公害ポエムを大気に垂れ流したスケコマシに対して女性は少しヒいている様だ。そのお顔は真っ赤ではあるが。


ノベロ「・・すみません。少し興奮して我を忘れてしまいました。」


女性「・・・コホン。取りあえず貴方は死んではいません。私が幻ではないことを証明するのは・・フフ、いい方法を思いつきました。」


女性は初めて笑顔を見せた。


ノベロ「・・・・・かわいい。」


女性「・・・・・!フフフ。えい♪」


女性はノベロに抱き付いた。


ノベロ「!?」


彼は雷に打たれたように全身を痙攣させるように身動ぎした。


女性「幻ではない事、分かって頂きましたか?」


ノベロ「・・・・はい。これ以上なく・・。はい。」


女性は楽しそうにノベロを見上げる。


女性「・・・・フフフ。」


ノベロ「ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?俺はご存じノベロ・シンツェ・・そういえば追い出されたんだったな。平民のノベロです。」


銀髪碧眼の女性「ノベロ君は私のこと知らないの?」


女性は楽しそうに小首を掲げる。


ノベロ「こんなにかわいい女性を一度見たら忘れるはずが・・銀髪碧眼・・・ん・・・?何処かで聞いたことあるような・・?」


女性は彼のセリフの後半辺りで一瞬だけ哀しそうな顔をした後、微笑に戻った。


ノベロ「あ、貴女様はもしや・・・。」


銀髪碧眼の女性「・・・・・。」


ノベロ「女神様?」


銀髪碧眼の女性「ふぇ?」


彼女は再び呆気にとられたような顔をしている。


ノベロ「そうだそうに違いない。俺が死んだのではなく、女神様が地上に顕現されたパターンだったか・・・」


彼はベッドの上で女性に抱きつかれながら勝手に納得したようだ。


銀髪碧眼の女性「・・・・クスクスクスグス。」


女性はツボに入ったのか涙を眼に浮かべながら笑っている。


銀髪碧眼の女性「クスクス。貴方になら正体を明かしても問題なさそうですね。」


ノベロ「貴女様は何を司る神様なのでしょうか?」


銀髪碧眼の女性「クス。私は女神ではなく、この国の第一王女ですよ。」


ノベロ「・・第一王女殿下!?って・・・あの血も涙もない傲慢王女殿下!?・・あ・・!!・・・いや・・・これは・・その・・。」


第一王女「クスクス。はい。その傲慢王女で正しいですよ。」


王女は彼の暴言を笑顔でスルーした。


ノベロ「こんなに素敵な人が傲慢って・・あの噂は全くの出鱈目じゃないか・・。ただの妬みか?この分だと妹のプルーナ様こそ我儘なパターンか?・・。」


第一王女「あらあら、貴方がどのような噂を耳にしたか知りたいところですね。」


ノベロ「も、申し訳ありません。」


第一王女「クスクス。冗談ですよ。」


ノベロ「ハハハ。ところで・・その・・・既に抱きつく必要性はなくなっているのではないでしょうか?」


第一王女「あら?ご不満ですか?」


王女はノベロを絶対に逃がさないと言わんばかりに両腕で強く抱きしめている。


ノベロ「そのようなことはないのですが、未婚の女性がしかも王女様のような立場のある御方が男に抱きつくのは・・いろいろとまずいかと・・。」


第一王女「そうですね。では、お願い事を聞いてくれたら離れてあげますよ。」


ノベロ「どのようなお願いでしょうか?」


第一王女「もし私が貴方の婚約者だとしたらどのような言葉でプロポーズするかを教えてくださいませんか?」


何処かで聞いた事がある流れである。尤も当時の彼は知る由もないが。


ノベロ「え?」


第一王女「ほら、早く~。・・・早くしないと不敬罪にしますよ?」


第一王女は口だけ笑いながら冗談かよくわからない理不尽な命令をする。


ノベロ「ヒ、ヒイ!!」


ノベロは逃げようとしたが、残念、王女からは逃げられない。


第一王女「クスクス。ダメですよ?貴方の前に居るのは傲慢王女と呼ばれ国民から恐れられる酷く我儘な女なのです。」


そう言いながら王女はキスする寸前のような距離まで顔を近づける。


ノベロ「第一王女殿下!?ち、近いです!!」


第一王女はノベロの腰から両頬に手を移動させ覗き込むように至近距離で凝視している。彼の眼には彼女の瞳しか映らないことだろう。




第一王女「その呼びかけ方は大減点ですね。さあ、早くプロポーズしなさい。もちろん私の名前もつけてくださいね。当然フルネームで♪・・・・・さあ、早く言質を取らせてください。」


王女の最後のセリフは小声であった。




ノベロは桜の木の幹にもたれかかりながら目を覚ました。


ノベロ「・・・・・。俺は・・・・いや、妄想の可能性もある。確かめないと・・。」


ノベロはいつの間にか濡れていた顔を拭いながら周囲を見回す。寝る前までいた狐は姿を消している。


ノベロ「チェリザはどこに行ったんだろうか?時々見たあの変な夢と今の記憶が関連あるものとすれば、もしかしてというレベルだが・・」


女性の声「どうしたの?私のノベロ君?」


ノベロ「女神様?」


彼は声のした方に振り向く。そこには銀髪碧眼の女神様が笑顔で佇んでいた。


女神「誰かを探していたようですけど、どうかしました?」


彼女の格好は初対面の時と同様に銀髪に映える赤い簪、白を基調とし青色の刺繍がなされたドレスに黒い刀をつけていて裸足であるが、唯一違うのは左腕の飾りがなく、




彼の右腕にある物と同じ痣があった。




ノベロ「・・・。女神様、つかぬ事を伺ってもよろしいでしょうか?」


女神「な~に?私のノベロ君?スリーサイズでも聞きたいの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る