救国の黒姫は、瑠璃の夢に微睡む
卯崎瑛珠@初書籍発売中
序章 運命に、引き寄せられる
第1話 皇帝、崩御す
「皇帝陛下が、身
その黒い
「慌てるな、夢」
堂々たる体躯を誇る、武人然とした第一皇子が眉一つ動かさず言ったかと思えば、その隣を歩く華奢で女性と
「兄者は父上が亡くなったとて、その冷徹さ。人の心がないのであろう?」
ふたりは腹違いで、水と油と
性格も考えも異なり、決して交わらない。
「……」
「おおこわや、こわや。その鋭い睨み。恐ろしいったらない」
第一皇子の視線を受け、第二皇子はわざとらしく「よよよ」と言いながら、見事な刺繍の入った紅花色の
紅花は、この国において皇族しか身に着けることのできない色だ。第二皇子は「好き好んで着ている」と公言しているが、場に相応しいかと言われればそうではない。その証拠に、第一皇子は黒い無地の束帯姿だ。
「こんな時に、そんな派手な色を着る方が恐ろしいだろう」
「こんな時だからこそ、皇族としての権威は必要でしょう」
そんなふたりの相容れないやりとりは、九条にとって日常茶飯事である。が、今はそれに構う余裕はないとばかりに、無言の早歩きをしている。
長い廊下を、皇帝の寝所のある後宮
紺色の
この
「若君方、九条殿。悪い
九条は片眉を歪めるやすぐに振り向き、二人の皇子が頷くのを確かめてから短く発する。
「申せ」
促された大蔵官は、ごきゅんと大きく喉仏を上下させてから、声音は静かに、言葉は強く答えた。
「国宝
「な」
「なんだと!」
「そっんな」
九条は思わず天を仰ぎ、皇子ふたりも絶句する。
皇帝の
宝物殿入口はもちろんのこと、剣を
つまり、
「……それが
わなわなと震える九条は、気が動転しているのか、二の句が継げずに棒立ちのままだ。
たまらず第一皇子が、地を這うような声を絞り出す。
「即刻
第二皇子はそれを、呆れ声で牽制する。
「兄者には、そんな指示を出す権限がおありでしたか?」
「今はそのようなことを申している場合ではなかろう」
途端にいがみ合うふたりを、左大臣は短く嘆息してから宥めた。
ふたりともようやく二十歳を数えるぐらいの若者同士。血気盛んなのは良いことかもしれないが、
「殿下。左大臣九条の権にて事に当たりますれば」
「わかった」
「ねぇ夢。右大臣もちゃんと呼んで話し合ってね」
「……はっ」
皇太子すら決まっていない中での、皇帝の突然の崩御。
さらには、国を支える国宝の紛失。
九条は、近くを歩いていた役人全員に聞こえるよう、繰り返し叫ぶ。
「
皇雅国の軍は四隊に分かれており、それぞれ剣や
素質と推薦があり、難易度の高い試験を突破した
絶対的な武力であるがゆえに、軍を掌握することが国を
「青剣が失われたのが事実ならっ」
ダン! ダン! と九条が床を踏み抜く勢いで足音を鳴らす。動揺を追いやるためか。心を奮い立たすためか。
「結界は、もうないっ……国中に『あやかし』が放たれる! 国が、滅びるぞ!」
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