インフレ娘たちの俺に対する好感度がストップ高なんだが

Seabird(シエドリ)

プロローグ

 インフレという言葉をご存知だろうか?


 インフレとはインフレーションの略で、物価の水準が上昇していることを表す単語である。


 昨今では経済だけでなく創作物の中で、強さの指標が著しく上昇することにも


 ”インフレする“ 


 という表現がしばし用いられる。


 この物語は、俺(数上値すじょうあたひ) が自身の能力:"数値化ステータス"によって、異世界での様々なインフレに対応ツッコみしていく冒険譚である。



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 俺の名前はスジョウ・ラフト。訳あって今は異世界でラフト姓を名乗っているが、ただの社畜だった男だ。毎日毎日、仕事場と家の往復、物価は上がるが賃金は上がらない、そんな国と時代で以前は生きていたはずだった。


「なにを話しているのだ? スジョウ」


 馬車の荷台でられている俺に話しかけてくれた、黄金色の瞳に短い銀髪をなびかせている娘はマギスクという。俺は彼女と行動を共にしている。


「ああ、やっと落ち着いたし、俺の今の… ってまぶし!」


「どうしたのだ?」


「マギスク、すまん! 化粧を落とすかお面をつけてくれ…」


 俺は至近距離で彼女が発する輝きを直接感じていた。


「光魔法は使っていないぞ? それに僕は今、装飾そうしょく品とかはつけていないのだが」


 俺も彼女も異世界で一般の人が着ているような服装だ。


「そういう意味じゃないんだよ…」


 俺は自身の能力”数値化ステータス"で、彼女の見た目を測る。


見目みめ:55』


(『55』でも光るエフェクトがかるのか…)


 普通の人の見た目平均値は10程だ。ちなみに俺の値も10ぴったりである。


(常人の5倍美しいのか… ”5倍美しい”ってなんだ!?)


 大半の情報を能力のおかげでとして見ることができるからか、俺の異世界生活はツッコみの連続だ。


「僕がなにか変なのか!? 教えてくれ! スジョウに嫌われることがあったら僕は…」


「そういう訳じゃないよ、マギスク。君はその… あの… 可愛すぎるんだ…」


 いろいろ言葉を考えたが、誤魔化さず本音で伝えた。


「す、スジョウ… ありがとう… そんな直視できないほど僕のことを思ってくれるなんて… ふへへ…」


 いつもクールなマギスクが、赤面してもじもじしている。


(オーマイガー! ってホントに女神並みの美貌だよ! どうなってるんだよ!?)


 気絶しそうになる俺の精神を何とか繋ぎとめた。


「でも、ぼ、僕もスジョウが一番かっこいいと思っているぞ!」


「お、おう… ありがとな」


(そう言ってくれるのはうれしいのだけどね…)


 マギスクの俺に対する好感度は、危ないほどに高い。彼女が化粧を落としたのを確認して、視線を向ける。


『好感:135』


(訳が分からん…)


 俺はマギスクのやさしさ、勇気、そして現実離れした可愛さも好きだ。それでも彼女に対する俺の好感度は25程である。


(それに、常に高値を更新し続けているのですが…)


 見るたびに高くなる好感度に、俺は喜びより心配が勝ってしまっていた。


「スジョウ! それよりもっと異世界のことを聞かせてくれないか!?」


 マギスクが目を輝かせて聞いてくる。


「別に良いが… そんなに面白い話は無いよ?」


(俺、まじでただの一般人だったんですよ…)


「スジョウの話なら、すべてが面白いぞ!」


 あまりの好感度の高さに、彼女は俺に対して”全肯定”となっているふしがあった。


「はい… そうですか… まぁあれだ、俺のいた世界はいろいろとインフレしていてな…」


「インフレとはなんだ?」


 この世界はご都合主義的に日本語だ。しかし、そもそも概念が存在しない場合など、稀に意味が通じない場合もある。


「それはね、いろいろと大きくなることかな。特にとかがね」


「そうなのか… 私もその世界に行きたかったな…」


 マギスクが下を向いて落ち込んでいる。


「え? どういうこと?」


(インフレに良い思い出なんて、ほとんどないんだが…)


「その世界だと、僕の胸も…」


 俺は、ぼそぼそと話した彼女の言葉を聞き取れなかった。


「まあまあ、この世界がどんなところなのか、俺はほんとに楽しみだよ!」


 夢にまで見た異世界転生だ。俺のファンタジー脳をフルに活用できる時がきたのだ。


「スジョウ、なにか来るぞ」


「いきなり!?」


 馬車を操縦している人も、馬だって気づいていない。


「どこにいるんだ?」


「ここから10キロ程南だ」


「遠すぎるわ!」


(異世界での距離単位ってキロなんだー、って違う違う)


 ご都合主義の積み重ねに感覚が麻痺してきているが、それよりも異常な距離での索敵をしたマギスクに驚いた。


「マギスクの索敵魔法ってどれくらいの範囲なんですかね…?」


「条件にもよるが、一国いっこく程度ならおおうことができるぞ」


「”程度”ってなに!? え? それもうマギスク一人で騎士団の索敵業務的なのすべて担えるじゃん!」


「褒めてくれてうれしいぞ」


「本当にすごいです…」


 マギスクがを張っている。俺は強さのインフレに小学生並みの感想しか出なかった。


「スジョウ。向かってきている奴… おそらく魔族から通信だ」


「通信!? …まぁあるよね」


(ここは異世界、なんでもありだな…)


つなぐぞ」


 マギスクが俺の手を取ってくる。


『俺は魔王軍四天王直属九魔将軍配下五剣聖、ロログ! 強者を見つけたからな! いざ尋常…』


(長い長い長い! 役職名長すぎだろ!!! しかも剣聖が5人もいていいのかよ!?)


 ロログと名乗った男の魔族は、登場のセリフを終わらせることが出来なかったようだ。


「終わったぞ」


「えっと… マギスクさん? 何をしたので?」


「奴に対して、僕も魔導波で通信を返しただけだぞ」


「ま、魔導波ですか?」


(電波の魔力版か?)


「うむ、今頃奴の頭は情報を処理できずに機能を停止させていることだろう」


DoSドス攻撃かよ! 天才ハッカーかな!?」


(やってること大量のデータを送り付けるサイバー攻撃だよな… オンゲとかの障害の原因になってるやつ… 今のでそんなことできるの!?)


「はっかー? とは分からないが、褒めてくれて嬉しいぞ!」


 マギスクが嬉しそうにしている。


「あの… どれくらいの情報量を送ったので?」


「魔導書40冊分くらいだな」


「40万!?」


(大体電子書籍一冊で50MBくらいだから…)


 俺の前職、ITエンジニアの経験が無駄にきてくる。


(20TBって…)


「脳の記憶容量超えてるわ!」


 魔導書の内容だ。もっと容量が多いかもしれない。


「流石だスジョウ、博識だな」


「いやいや! その情報量をあの一瞬で!? マギスクの通信回線どうなってるの!?」


 回線業界に革命が起きるレベルの通信速度インフレだ。


「これは相手が弱かっただけだぞ。魔導波にもかけて無いとは、相手は”情報戦”という言葉を知らなかったみたいだな」


「軍事評論家かな?」


(通信保護の考えもあるのかよ…)


 俺は異世界でも通信に保護をかけるようになっていることに驚く。


「マギスクさん… IT業界に転職しませんか?」


「あいてぃー? スジョウはたまに難しい言葉を使うな。でも僕はスジョウとならどこへでも行くぞ!」


「いや、はい。俺はもう… いいです…」


 俺は彼女のように優秀ではない。もう仕事に生きる毎日にはりだ。


「そうなのか? スジョウが行かないなら僕も行かないぞ! …ずっと一緒だ」


 マギスクが最後小声でなにかを言った気がした。


「それより! スジョウのことをもっと聞かせてくれ! 元の世界ではどのようなことをしていたのだ!?」


「はいはい、話すから落ち着いて」


 目を輝かせたマギスクに俺は過去のことを話し始める。楽しそうに俺の話を聞いてくれる彼女を見ていたら、さっき物語のっぽい魔族に襲われたことも忘れた。


 剣聖と呼ばれる敵も一瞬で片が付いてしまう、そんなインフレにまみれた”なんでもあり”な異世界で生きることになったのは、つい先日のことだ。

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