誤解と運命の番

「我々人狼の男は時折運命のつがいに出会う者がいるんだよ」

 望月家当主の清正はゆっくりと穏やかな声で話し始めた。

「運命の番は同種族だけでなく、人間や天狗といった他の種族の場合もある。そして特に人間だった場合、番に対する愛情は並々ではなくてね。他人の目に触れさせたくないあまり、番の女性を閉じ込めてしまうことがあるんだ。そうなったら中々外へは出られなくてね。もちろん、外出不可以外では何一つ不自由な暮らしはさせないのだけれど。そういったことから、人狼に嫁ぐと殺されてしまうという話があるんだよ。もちろん、鬼や吸血鬼も我々人狼と同じように運命の番に出会うし、番が人間だった場合は同じようになる」

 清正は苦笑していた。

「つまり……わたくしが聞いたお話は全て誤解であったということでございますね」

 小夜子は黒曜石の目を大きく見開いた。

 そして清正や旭達に頭を下げる。

「真偽も確かめず、噂を信じてしまいました。ご不快な思いをさせて申し訳ございません」

「小夜子さん、気にしないでくれ。しかし……確かに初めて出会った時から君を離したくないと強く感じていた」

 旭の金と銀の目は、真っ直ぐ小夜子を見つめていた。

「あの、旭様とはどこかでお会いしたことがございますのでしょうか?」

 小夜子は過去を思い出しても旭と出会った記憶はない。特徴的なオッドアイなので、旭のような人狼に出会っていたらしっかりと覚えているはずだ。

「ああ、この姿ではないから覚えてはいないか。小夜子さん、昔、怪我をした狼の手当てをしたことがあっただろう? 冬の寒い日、満月の夜のことなのだが」

「冬の寒い日……満月の夜……狼……?」

 小夜子はゆっくりと思い出す。



 それは小夜子がまだ七歳の頃。

 冬は日が短いので午後五時でも既に暗い。

 小夜子はコソッと飛鳥井家の屋敷を抜け出した帰りであった。その途中、椿の生垣の裏に、何かが呻いているのを見つける小夜子。

 呂色の毛並みに、右目が金色、左目が銀色の子犬に見えた。子犬は少しだけぐったりしている。

「まあ、怪我をしているわ」

 小夜子は呂色の子犬の足から血が流れているのを見つけ、持っていたハンカチを巻く。子犬はされるがままに小夜子の治療を受けていた。金と銀の目は、朧げながら真っ直ぐ小夜子を見つめていた。

「出来たわ。これで治ると良いのだけれど」

 小夜子は優しく子犬の頭を撫でた。



「あの子犬……もしかして、旭様でございましたの?」

 小夜子は目の前にいる旭を見て黒曜石の目を大きく見開く。

 呂色の髪の毛に呂色の狼の耳。尻尾も呂色。金と銀のオッドアイ。確かに旭の特徴を押さえている。

「その通りだ。ただ、子犬ではなく狼だ。俺達人狼は、満月の夜に狼の姿に戻ってしまう」

 旭は子犬と間違えられていたことに苦笑する。

「それは……失礼いたしました。狼とは知らずに」

 小夜子は自分の勘違いに恥ずかしそうに頬を赤く染め、旭から目を逸らす。

「いや、まあ知らないなら仕方のないことだ。俺はその時、小夜子さんが運命の番だとすぐに分かった。ただ、当時は風邪を拗らせていて嗅覚が上手く効かなかったから、君を探し出すのに大分だいぶ時間がかかってしまった」

 旭は懐かしそうに金と銀の目を細めている。

「ようやく見つけた時には飛鳥井家が大変なことになっていた。俺の運命の番である小夜子さんのご家族がご苦労なさっているのだから、是非支援したいとも思った」

「本当に……ありがとうございます。何とお礼を申し上げたら良いか……」

 小夜子は再び深々と頭を下げた。

「頭を上げてくれ、小夜子さん。当然のことをしたまでだ。それよりも……やはり君を俺しか知らない場所に閉じ込めて一生二人だけで過ごしたいと思ってしまう。ようやく見つけたのだからな」

 金と銀の目は情熱的に小夜子を見つめている。小夜子は若干ドキリとし、たじろいでしまう。

「こら、旭、やめないか。小夜子さんが怖がるだろう。それに、きっと小夜子さんのご家族も心配している。お前達の祝言には飛鳥井家の方々も呼ぶのだから」

 やんわりと旭を窘める清正。

「そうよ、旭。私だって小夜子さんと仲良くしたいわ。独り占めはいけません。娘が全員嫁いで寂しくなったところに小夜子さんが来てくれたのだもの」

 凪も旭に抗議する。

 望月家には旭の上に三人娘がいるのだが、全員他家に嫁入りしたようだ。

「分かっています」

 旭は諦めたよにため息をつく。そして小夜子に体を向け、頭を下げる。

「小夜子さん、これからどうぞよろしく頼む」

 小夜子も慌てて頭を下げる。

「そんな、わたくしの方こそ、不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 こうして人狼に対する誤解が解け、小夜子の望月家での生活が始まるのであった。

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