没落令嬢、借金の肩代わりを条件に人狼の元へ嫁ぐ 〜死を覚悟していましたが、待っていたのは情熱的な旦那様から愛される日々でした〜
蓮
没落令嬢・飛鳥井小夜子の嫁ぎ先
雲一つない青空。初夏の爽やかな日。
しかし爽やかな日とは裏腹に、
「すまない、
心底申し訳なさそうに謝るのは飛鳥井
「いいえ……お父様が謝ることではございませんわ」
飛鳥井家長女の小夜子は眉を八の字にし、困ったように微笑している。
真っ直ぐ伸びた濡羽色の長い髪。黒曜石のような黒い目。儚げな美しさを持つ十七歳の少女である。
「飛鳥井家を守る為ですもの。仕方がありませんわ」
諦めたように微笑む小夜子。
「ああ、小夜子……小夜子……。どうして……? どうして小夜子がよりにもよって人狼一族の
オイオイと泣いているのは、秀雄の妻で小夜子の母である
「お母様、
気丈に微笑む小夜子だが、その手は震えていた。
小夜子達が暮らす
そして小夜子は友人からこんな話を聞いていた。
時は少し遡り、数日前。
女学校の放課後のこと。
小夜子は複数の友人達と会話をしていた。
色とりどりの袴、髪を結うリボンも華やかな友人達。それに比べて小夜子は地味な海老茶色の袴。そして古い簪で髪をまとめるのみであった。小夜子の濡れ羽色の髪は、ほんの少し傷んでいる。
「ねえ皆さん、ご存知? この前退学された
痛ましげな表情の友人。
「ええ。確かご結婚が決まったので退学なさったのよね?」
思い出す素振りをする小夜子。
結婚が決まり女学校を退学する者はそう珍しくはない。しかし、友人の様子から何やらただごとではないことが感じ取られる。
「それがね……久代さんの結婚相手、人狼だったみたいなの」
「まあ……!」
「人狼、鬼、吸血鬼に嫁いだ女性はそれ以降姿を見せないって言うじゃない」
「酷い扱いを受けた末に殺されてしまうとも聞いたわ」
「久代さんがお可哀想だわ……!」
小夜子の友人達は人狼に嫁いだ久代の話を聞き、嘆いている。
「私、結婚相手はやっぱり人間の殿方が良いわ」
「百歩譲っても妖狐か天狗みたいな、人間にあまり危害を加えない種族の殿方が良いわね」
友人達は自分が久代のように人狼に嫁ぐことがなくて良かったと心底ホッとしている様子である。
「中には困窮した家の令嬢をお金で買う人狼や鬼や吸血鬼もいるそうよ」
友人の一人の言葉に、小夜子はドキリとする。
(困窮した家……)
「あら? 小夜子さん、どうかなさったの? 顔色が悪いわ」
友人の一人が小夜子の様子に気付いた。
「いえ、大丈夫よ。お気になさらないで」
小夜子は取り繕ったように微笑むことしか出来なかった。
飛鳥井家は伯爵位を持つ、日桜帝国の由緒正しい華族の家系である。小夜子の祖父の代までは裕福であったが、小夜子の父・秀雄の代になってからは困窮し始めていた。
秀雄は人が良すぎる故に、困っている者には誰彼構わず金銭などの施しを行っているのである。それ故に、困窮した者達が飛鳥井家からの施しを求めるようになった。更にはただ怠惰な者達も飛鳥井家に施しを求めるようになってしまっている。そして更に悪意ある者が近寄って来て、秀雄は騙されて借金を負わされてしまったのだ。
故に、飛鳥井家は現在困窮して没落寸前であった。
かつては艶やかな濡羽色の小夜子の髪も、困窮し切ってからは傷みが出て来ている。
そんな中届いた小夜子への縁談。その相手は人狼の中でも最も家格が高く、帝の側近も多数輩出していてかなり権力がある望月家の長男・
しかし、女学校で聞いた通り、人狼の元に嫁いだ人間の女性はその後一切姿を見せなくなる。よって、世間でも人狼に嫁ぐことは死を意味するようになっていた。人狼だけでなく、鬼や吸血鬼に嫁ぐ場合もそうである。
それ故に、これ以上どうしようもない困窮や没落を除く場合以外は娘を人狼に嫁がせようとはしないのである。
「現在の飛鳥井家の状況を踏まえても、この縁談はお受けすべきだと思います。
この先、自分の身に起こるであろうことに恐怖を覚えたが、それでも小夜子は家族を守りたいという気持ちが勝ったのである。黒曜石の目からは覚悟が感じられた。
「小夜子……本当にすまない。私が不甲斐ないばかりに」
「ああ……小夜子……小夜子……」
泣き崩れる秀雄と千代子。
部屋の襖が勢い良く開き、二人の少年と一人の少女が入って来る。
「小夜子お姉様、人狼なんかの所に行かないで! ミツ子の側にいてください!」
「ミツ子……」
縋るように小夜子に抱きつき、涙を流すのは妹のミツ子。まだ幼い少女である。小夜子は優しくミツ子の頭を撫でる。
「ならば僕がその人狼の所に行って姉上との縁談を断って来ますよ!」
「勇二……」
小夜子は勇ましい勇二の姿にほんのりと表情を綻ばせる。
「飛鳥井家の経済状況を向上させる為に、俺も何とかします。現在日桜帝国は西洋諸国と肩を並べる為に、近代化に力を入れております。特に工業分野では。ですので、少額でもその分野に投資をしたら、利益はそれなりに出ることが考えられます。だから姉上一人が背負わないでください」
「正一……」
聡明な正一。彼が飛鳥井家の後継ならきっと大丈夫だろうと小夜子は思っていた。
「みんな、ありがとう。だけど、
少しだけ震える手をギュッと握り、小夜子は優しく微笑んだ。
自分の命と引き換えに、家族を守る決意をする小夜子であった。
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