第35話

「四日前、ここから北にある村が白竜に襲われました」

 明後日には目的地へ到着する予定で、宿で休息を取っているとそう伝達があった。


「どこだ」

 アレクが地図を広げて確認すると、伝達が示した箇所に印をつけた。

「白竜は人間の居住地を襲っては山に帰ることを繰り返しているようです」

「そうか。これまでの出没地から察するに……次はこの辺りの可能性が高いな」

 地図を凝視してしばらく考えて、アレクは目的地から少し離れた箇所を示した。

「おそらく白竜は尾根を伝って人里へ降りてきている。今までの出没場所は全て尾根が終わった先にあるからな」


「じゃあ近くまで行って、まずは索敵すればいいかな」

「そうだね。頼んだよリサ」

「了解!」

 やっと白竜に辿り着ける。

 そう思うとホッとするような、緊張するような妙な気持ちだ。


  *****


 二日後。

 私たちは目的の山裾にある森の前に到着した。

『索敵』

 地面に杖を突き立て魔力を流していく。

 ざわり、と身体を逆撫でするような感触が走り抜けた。


「見つけた。――これは確かに、とても強い」

 今まで感じたことのないような……いや、この魔力を知っている?

(どこで?)


「作戦はあるのか」

 内心首をひねっていると、ルーカス様がアレクに尋ねた。

「竜は炎が厄介です。木々の少ない、我々が優位な場所へ誘導します」

 そう答えてアレクは私を見た。

「リサ、正確な位置は?」

「あの山の山頂に」

 私は木々の間から覗く山を指差した。

「今のところ動く気配はなさそう」


「では、人里から逆方向でなるべく開けた場所を探せ」

 アレクは振り返るとスラッカの騎士たちに命じた。

「誘引薬の準備を。リサは白竜の監視を続けてくれ」

「分かった」



 しばらくして散っていった騎士たちが戻ってくると、その報告を元に山へ向かった。

 少し登ると見晴らしの良い場所に出る。

「リサの指示で誘引薬を放ってくれ。全員臨戦態勢」

 水の魔術師が瓶の蓋を開けると、風魔法で誘引薬を山頂へと送った。

 風に乗って薬に含まれる魔力が昇っていくのを感じる。

 やがてその魔力が山頂にある巨大な魔力と混ざり合った。


「白竜が動いた」

 巨大な魔力がうねるのを感じる。

「降りてくる……速い!」

「構えろ!」

 魔力を感じなくても分かる、風を切る音が頭上から響く。

 巨大な真っ白い翼をはばたかせて、それはゆっくりと降りてきた。

 うっすらと身体の表面を白い炎が覆うその姿は、美しくすら感じてしまう。


「あれが白竜……」

「なんと大きい」

 周囲を見回す銀色の鋭い瞳と視線が合う。

 あっと思う間もなく白竜の身体を覆っていた炎がゆらめくとこちらへと向かっていた。

「レベッカ!」

 まずい、と思うと同時にパンッと懐に入れていた魔法石が弾ける音が聞こえて白い光が炎を弾いた。

 その瞬間、脳裏にいくつもの――たった今まで忘れていた記憶が浮かび上がってきた。


  *****


 幼い私は賑やかな街の中にいた。

 一緒に歩いていたはずの父の姿が、いつの間にか見えなくなっていた。

「おとーさま……?」

 不安になって周囲を見回していると、ふいに力強い腕が私を持ち上げて。

 視界が真っ暗になった。


 次に意識が戻った時は、見知らぬ怖い顔の男たちに囲まれていた。

「死なれたら困るからな、これを食っとけ」

 縛られた足元に置かれた皿には固いパンと干し肉。

 怖くて心細くて、でも何も出来なくて。

 怯える私を乗せた馬車が山道へ入っていく。

 何が起きているのかも分からず、ただもう二度と家族に会えないかもしれないと思って。

 恐怖で胸がいっぱいになった時、激しい音が響くと共に強い衝撃を感じた。


 馬がいななき、馬車が激しく揺れて止まった。

「何だ!?」

 一緒に馬車に乗っていた男が叫ぶとドアを開け、外へ出ていく。

 すぐに外から悲鳴や怒号、大きな音が聞こえてきた。

(なに……こわい)

 身体が震えるけれど、それでも恐る恐る私は馬車から顔を出した。


 そこにいたのは倒れた男たちと、それを見下ろす巨大な真っ白い竜だった。

 竜がゆっくりと頭を動かすと、銀色の瞳が私を見た。

 真っ白な光と熱さ、そして痛みが私を襲った。


  *****


「あ……」

「レベッカ! どうした⁉︎」

 遠くでルーカス様の声が聞こえる。

 視界が真っ白だ。

 感覚が分からなくなってめまいを覚えた私を力強い腕が抱き止めた。

「レベッカ!」

「……白い……怖い……お母様……お父様……」

「レベッカ⁉︎」

「助けて……こわい……」


「一体何が……」

「まさか、記憶を思い出したのか?」

「記憶?」

「誘拐された幼いレベッカを襲ったのは白竜だった。白竜を見てその記憶を思い出したのかもしれない」

 遠くでルーカス様とアレクの声が聞こえる。


 こわい、あつい、いたい。

 だれか……たすけて……

「レベッカ!」

 両肩を強く掴まれた。


「しっかりしろ! 俺が分かるか」

 白い世界にぼんやりと人影が浮かぶ。

「……ルーカスさま……」

「あの白竜はレベッカを襲った竜じゃない。君より弱い竜だ」

 はっきりと見えた緑色の瞳に、ふっと身体を巡っていた悪い気が消えたように感じた。


「レベッカは誰よりも強い。俺がついているから大丈夫だ」

 ルーカス様は落ちていた杖を拾うと私の手に握らせた。

「戦えるか」

「――うん」

 ルーカス様の目を見て頷いた。

 そうだ、私は幼い無力な子供じゃない。

 あの時神様から力をもらった『青の魔女』だ。


「くそっ」

「駄目だ全く歯が立たない!」

 見ると騎士たちが白竜と戦っていた。

 あちこちで魔法石が弾け光が放たれていく。

(あの人たちに任せて……最低だ)

 私が戦わないといけないのに。

「下がってください!」

 叫ぶと杖を振り上げた。

 白竜がゆっくりとこちらを見る。


(大丈夫)

 蘇ったばかりの記憶に引きずられて、怖くなるけれど。

 私には誰よりも強い『青い炎』がある。

「全員離れて!」

 一気に魔力を杖に注いだ。

 杖の水晶玉が青い光を帯びる。


『爆炎!』

 杖から放たれた光が青い炎となり、白竜を包み込んだ。

 燃え上がりながらも白竜は苦しげに身悶えると大きな身体を揺らす。

 長い尾がしなりながら私へ向かって打ち付けられた。

「危ない!」

 ルーカス様が私の身体を抱き寄せた。


 最後の咆哮を上げると白竜の身体は崩れ落ちた。

「やったか⁉︎」

「まだ息がある……!」

「剣でとどめを刺せ! 首を切り落とすんだ!」

 アレクの言葉に騎士たちが駆け寄っていく。


 何度か剣が肉や骨を断つ音が響くと静かになった。


「……おわった……?」

「ああ。もう大丈夫」

 アレクが振り返った。

「良かった……」

 安堵と共に身体に力が抜けていく。


「レベッカ!」

「魔力……切れて……」

 ルーカス様の腕の中に落ちると私は意識を手放した。

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