第3話 覚悟の敵討ち

 輝く笑みを浮かべた整った顔立ち、エメラルドのような深い緑の瞳、ブラウンの長い髪がしなやかに揺れる。

 息を呑む美しさのイベリスに、アーロン王たちは暫し見とれた。


 慣れた手つきでお茶を差し出し、一歩下がったイベリスに、アーロン王が聞いた。


「そちの名は?」


「イベリスと申します」


「うむ、気に入った。今後、私の世話は君に頼もう。良いな?」


「……仰せのままに」

 

 彼女は、恥じらいの表情を浮かべ目を伏せた。


 この国では、王の世話をするというのは、寝所を共にする事も含まれているのだ。同席していたベテランメイドのロベリアは、夫が居るのに可愛そうと、同情の眼差しをイベリスに向けた。

 ところが、イベリスは困惑どころか、薄っすらと笑みさえ湛えていたのだ。


 王の命令は絶対である。とはいえ、イベリスの態度に違和感を覚えたのは、執事も同じだった。


「……」



 昼食が終わると、アーロン王はイベリスを伴って自室に入った。例の黒猫は、吸い込まれるような黒い瞳をイベリスに向けながら、王の傍を離れない。ドアの外には屈強な二人の黒騎士が警護に付いていた。


 アーロンは、お付きの者を下がらせると、ベッドの方に向かった。


「王様、紅茶でもお入れ致しましょうか?」


 落ち着き払ったイベリスに、動揺の色は見えない。


「紅茶は良いから、こちらに参れ」


 豪華な大きいベッドの上に腰を下ろしたアーロンが、手招いた。

 イベリスが茶器を置いて素直にその隣に座ると、アーロンは、いきなり彼女をベッドに押し倒し、唇を奪おうとした。

 その刹那、イベリスの顔は豹変し、隠し持っていたナイフを取り出して、アーロンの背中を強か突いたのである。


「うっ!」


 不意を突かれて、飛び下がったアーロンだったが、流石に慌てる風もなくイベリスを見据える。


「私はオリバー、ブローニュの娘イベリス! アーロン王、お前に殺された両親の仇を討つ!」

 

 イベリスはナイフを両手で持ち直すと、叫びながらアーロンに突進していった。

 

「メタバシス!(移行)」


 アーロンが何か口走る。だが、イベリスは構わず、ナイフにありったけの恨みを込めて、彼の心臓に突き立てた。


「うっ!?」


 次の瞬間、呻き声を上げたのはイベリスの方だった。胸に痛みが走り、血が噴き出して来た。


「な、何故?……」


 イベリスは、血の噴き出る胸を押さえながらアーロンを睨む。彼の胸には確かにナイフが刺さっている。なのに、彼は何も無かったかのように笑みさえ浮かべているのだ。

 意識が薄れ、目の前が暗くなってきたイベリスは、操り人形の糸が切れたように、その場に倒れ込んだ。


(リアンの言う事を聞いていれば、こんな死に方せずに済んだのかな。……リアンごめんね)


「リアン!! ……」


 イベリスは、最後の力を振り絞ってリアンの名を呼び、アーロンを睨んだまま事切れた。見開かれた彼女の目から、悲憤の涙が頬を伝った。


「ふん、慰み者にしてやろうと思ったに、女狐め。儂を倒そうなどと思わねば死なずに済んだものを……。誰か!」


 アーロンは、吐き捨てるように言って、胸のナイフを引き抜き、床に投げ捨てた。彼の傷は見る間に塞がっていった。


「アーロン王、お怪我は!?」


 入って来た黒騎士が、血を流して倒れているイベリスを見て驚き、王を気遣った。


「心配いらぬ、移行魔法で仕留めた。それより、この忌々しい小娘をさっさと運び出して、オオカミにでも食わせろ!」


「ははっ!」


 移行魔法というのは、本来自分が受けるダメージを、他人に受けさせる魔法のことである。黒騎士たちは慌ててイベリスの遺体を運び出した。



 イベリスの遺体は、二人の黒騎士に担がれて森の奥へと運ばれた。この森には沢山のオオカミが住んで居て、夜に出歩いて被害に遭う者も少なくなかった。彼らは、アーロンの命令通りに、イベリスをオオカミの餌にするつもりなのだ。


 だが、黒騎士たちが館を出た時から、晴れていた空は掻き曇り、雷がゴロゴロと鳴り出した。


「これはいかん。早く死骸を捨てて館に戻ろう!」


 黒騎士たちがイベリスの遺体を草むらに放置して、帰ろうとした次の瞬間だった。耳を劈く雷鳴と共に、特大の稲妻が黒騎士たちに炸裂したのだ。


「ウガァッ!!」


 二人の黒騎士は、一瞬の内に炎に包まれ、弾き飛んだ。兜が飛ばされて露わになった彼らの顔は、人ではなく、蛇のような鱗に覆われた悍ましいものだった。やがて、彼らは黒い煙となって消えていった。


 その後、雨は降りしきり、血に染まっていたイベリスの身体を浄めた。そして、館の周りは激しい雷雨となり、外に居た黒騎士十人程が雷に打たれて死んだのである。


(まるで、イベリスの怒りが天を動かしているようだ……)


 窓を叩く激しい雨を見ながら、執事は、青い顔を強張らせていた。


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