第20話 ゴブリンキング

 魔の森に入って一日目。子爵軍を先頭にした討伐隊はゴブリンの巣に向かって進み、道中で遭遇する魔物を蹴散らした。


 ハイオークやオーガのような手強い相手もいたが、やはり数の力は偉大だった。全身鎧の騎士やタンク役をこなす冒険者が前衛となって引き付け、中衛から槍、後衛から弓と魔法が魔物を襲う。


 全く危ない行軍。討伐隊の被害は殆どない。


 たまに身の程知らずの新人が前線で無茶をして怪我をすることはあったが、すぐさま子爵軍からポーションを支給されて事なきを得ていた。


 一つ面白かったのは、ミハエルがアミラフのことをかなり気に入っていたことだ。


 俺達はデビッドの動きを見張る為、ミハエルの近くに位置を取って進軍していた。


 ミハエルは護衛の騎士とデビッド、そしてアスター教の司祭に囲まれていたのだが、休憩の度に俺達のところに来てアミラフと会話した。


 それはたぶん、邪な感情というよりも緊張をほぐすための自己防衛のようなものだったのだろう。貴族にもざっくばらんに接するアミラフの態度が、ミハエルには心地よかったに違いない。


 ミハエルとアミラフが談笑する様子を俺とグスタフは目を細めて見ていた。


 一方、アミラフに憧れている冒険者達は顔に絶望を浮かべていた。


 アミラフと一緒に過ごせる! という触れ込みに釣られて討伐隊に参加した冒険者は少なくない。それを横から子爵位を持つ美少年にさらわれたのだから、彼等の心情は察するに余りある。


 とはいえ、討伐隊の雰囲気は悪くなかった。


 ミハエルは子爵軍や冒険者に対して的確な指示を送り、進軍は淀みない。誰もが「これが十五歳の初陣なのか?」と驚いていた。


 そして日が暮れ始めると森の中での野営。


 三班に分かれ、見張りをローテーションしながら仮眠を取った。


 散発的な夜襲はあったものの、これもやはり数がものを言った。


 一人の犠牲者が出ることもなく夜は明け、二日目の進軍は始まった。



#



 森に入って三日目の正午ごろ。討伐隊は動きを止めて斥候の帰りをまっていた。


 ここからゴブリンの巣までは歩いてる三十分もないらしい。いよいよ、ゴブリンキング討伐が始まるのだ。


 森の静寂が俄かに乱される。視線の先にはカモフラージュ柄の鎧に身を包んだ冒険者が見えた。斥候の男だ。


 男は素早い身のこなしで討伐隊に合流すると、冒険者を掻き分けてミハエルの前に来た。 

 

「ミハエル様。ご報告が……」


 含みのある男の声にミハエルは身構える。


「どうした?」

「はい……。ゴブリンの巣ですが、入り口が三つに増えていました」

「三つか……。それぞれ遠いのか?」

「いえ、それほど離れているわけではありません。200歩程度の距離かと」


 ミハエルは思案を巡らせる。そこへ、デビッドが口を挟んだ。


「隊を三つにわけるしかあるまい。幸い、人数もいて実力者も揃っている。司祭も三人いる」


 デビッドの提案にミハエルは考え込む。その背後霊、グスタフも同じような顔をしている。いかにも親子だ。


 暫くして、ミハエルは子爵軍の騎士を呼び付け、命令を下した。 


「……隊を四つに分ける。第一小隊から第三小隊は各百五十名。残りは第四小隊とする。第一から第三小隊はそれぞれ巣穴の入り口を目指す。第四小隊は遊撃。劣勢な小隊のフォローにまわる」

「それぞれを率いるのは?」

「第一から第三は子爵軍のベテランの三名が率いてくれ。第四小隊は私が率いる。また、司祭についてはが第一から第三小隊に同行させろ」

「はっ!」っと返事して騎士は動きだした。


 命令は瞬く間に伝わり、直ちに討伐隊は四つに分かれ始めた。


 ミハエルは緊張した表情で、グスタフは誇らしげに編隊の様子を眺めている。


「ミハエル。私は第三小隊に入る。万が一のために、これを渡しておく」


 そう言ってデビッドが腰のポーチから小袋を取り出した。


「これは……?」

「ある伝手から手に入れた上級ポーションが中に入っている」

「上級ポーション……!? そんな貴重なものを……」

「隊長であり、領主でもあるミハエルを失うわけにはいかないからな。じゃあ、俺はいく」


 デビッドは小袋を渡すと、第三小隊に加わるために歩いていった。その背中にむかってミハエルは頭を下げる。叔父のことを微塵も疑っていないようだ。


『おい、ニンニン。あれは本当に上級ポーションだと思うか?』

『普通には売っていないけど、アスター教の幹部からなら手に入れることは可能よ。使ってみなければ本物かは分からないけど』


 グスタフも怪しんでいるが、なんの確証はない。それに、ポーションを使って怪我が治らなければ、流石のミハエルもデビッドのことを疑うようになるだろう。デビッドもそこまで馬鹿には見えない。


 編隊が終わると、ミハエルが声を張った。


「ゴブリンの巣に向かって進軍、開始!」


 各隊は生き物のようにうなりながら前に進み始めた。



#



「ツボタ。これで見てみ〜」


 アミラフが渡して来たのは双眼鏡だ。何処かの落ち人が開発したのだろう。地球の双眼鏡と非常によく似ている。


 アミラフは自前の身体強化魔法で視力を強め、鋭い目つきで各隊の戦いを見つめていた。


 俺たち第四小隊は森の小高くなったところで待機中だ。ここからだと各小隊の動きが掴みやすい。俺は双眼鏡を顔にあて、覗き込んだ。


 とたん、ゴブリンの頭が宙に舞う場面だった。やはり雑魚は雑魚。歴戦の騎士や冒険者には敵わない。


「なんか変やな」


 アミラフが呟くと、近くにいたミハエルが反応した。


「どうかしましたか?」

「うーん。ゴブリンが逃げないんよなぁ」

「それはゴブリンキングの存在によって狂乱状態になっているからでは?」


 首をふり、アミラフは続ける。


「狂乱状態になってたら、巣穴にはこもってない筈なんよ。まだスタンピードは発生してない。なのに逃げずにワラワラと巣穴から殺されに出てくる。これはなんか変──」


 ドンッ! と下から突き上げるような振動。第四小隊に緊張が走る。


「地震か……!?」


 誰かの声。それを否定するようにまた激しい振動。何度も連続する。


「こんな地震ないやろ! なんか来るで!」


 小隊から五メートルほど先の地面に異変があった。土が盛り上がっているのだ。その山は振動を重ねる度に大きくなる。


「構えろ!」


 ミハエルの声に騎士が剣を抜いて構えた。冒険者達もそれに続く。


 ドドンッ! とこれまでで一番大きな衝撃。黒い塊が地表を突き抜けて中空に身を踊らせた。


「あれは……」


 その威容にミハエルの声が震えている。


「ガアアァァァ……!!」


 雄叫びをあげたのは体長三メートルを超えるような真っ黒な肌をした、怪物。


「ゴブリンキングや! 来るで!」


 第四小隊と正対したゴブリンキングは紅い瞳を輝かせた。途端、黒い巨体がブレる。


 前衛の騎士の身体が幾つも宙を舞った。黒い疾風が第四小隊を突き抜ける。


 ゴブリンキングの通った後には何もない。トラックがノーブレーキで群衆に突っ込んだように。そして、ねじ曲がった人の身体がゆっくりと地面に落ちてくる。


「ぐっ……」


 後方から何かに耐えるような声がした。振り返ると、ミハエルが顔を歪め、息を乱している。


「ミハエル様、腕が……!!」


 護衛の騎士の悲痛な声。赤い液体が地面に広がる。


 ミハエルは、その右腕を失っていた。

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