記憶喪失と彼女 〜連続殺人事件の後にネット配信をしただけなのに〜
夢原幻作
第1話 彼女なの
「ニュースをお伝えします。
昨夜未明――にある山林にて、頭部が無い遺体が発見されました。被害者は先週から行方不明となっていた、――サキさん。23歳、女性。今年に入ってから、頭部が切断された死体遺棄事件はこれで8件目に達しており、警察は一連の事件を同一人物による犯行として捜査を………指名手配として、――ケンゴ容疑者、26歳を………」
そこで音声は途切れる。誰かがテレビを消したのだろうか?
そんなことを思いながら、僕は目を覚ます。が――
「ここは…どこだ…?」
白い壁、白い天井が印象的だった。察するに、ここは病院の部屋らしい。
…ということは、僕は病院のベッドで、目を覚ましたということになる。
なぜこんな場所に? 僕は、何かケガでもしたのか?
「う……!」
直後、ズキっとした痛みが脳を襲った。
そして、気づいた。
僕は、自分の名前が思い出せなくなっていたということに。
僕は…記憶喪失になっていた。
医者が言うには、一時的な記憶の混濁状態に陥ってるのだろうとのことだったが、僕は不安で仕方がなかった。自分が何者なのかも分からないのは、なんとも言えない奇妙な感覚になる。
「やっほー。元気?」
そのときだった。見知らぬ女性が、部屋へと入ってくる。僕は動揺した。
「キ、キミは……?」
「あ…そっか。記憶を失ってるんだよね? 忘れられたのは悲しいけど…」
「えっと…」
…悲しいと言うくらいだから、この子は僕と近しい関係なのだろうか。そんなことを思ってた僕に、女性は…静かに言葉を投げかけた。
「…あたしはね。あなたの…彼女なの」
「彼女…」
驚愕した。僕の恋人、ということらしい。そのまま彼女は、言葉を続けていく。
「あたしの名前だけど、
「サキ…」
「それで、あなたの名前は…
「ケンゴ…」
サキ…
ケンゴ…
え…?
そういえば先ほど、そんな名前がテレビから聞こえてた気はするが。何について言ってたかはよく覚えてない。
なんとかして記憶を掘り起こそうとするが――
「う…」
再び、頭に痛みが生じた。そんな僕に、彼女は「大丈夫…?!」と心配してくれる。
「もしかしてだけど、何か思い出そうとしたの?」
「あぁ…」
「…ダメだよ? 今は、安静にしとかないと」
なんか、どことなく鋭い口調だった。
「…安静って、僕に何かあったのか?」
「…あたしとデート中にね。ころんで…頭を打ったの」
「そ、そうだったのか」
「うん。幸い、骨に異常はなかったんだけど、まさか記憶を失うなんてね」
そう言って彼女は…白谷早紀さんは…
バッグからナイフを取り出す。それは、見違えるはずもない、正真正銘のナイフだった。
右手に握りしめ、僕を、仰向けになっている無防備の僕を、静かに…見下ろしていた。
一瞬、死刑執行でもされるのではないかという感覚が、僕を襲った。ゆえに僕は「ひ…!」と声を上げそうになった。
そんな表情が伝わったのか、白谷さんは申し訳なさそうに言う。
「あ…ゴメン。出す順番を、間違えたかも」
そうして白谷さんは、お皿やリンゴを出していく。
なるほど、どうやらリンゴをむくためのナイフだったらしい。
「ホント、ゴメン。記憶喪失になったのがショックで、ボーっとしちゃってた」
「あ、いや…気にしてないから大丈夫」
白谷さんを責めることはできない。だって、自分の恋人が記憶を失ってたわけで、動揺して呆然とするのも、無理はないのだから。
それくらいに白谷さんは僕のことを心配してくれてるのだ…
僕の彼女だから……
彼女……
……彼女?
何か、言いようのない違和感が、僕を包み込む。何だ? この感覚は…。
その、違和感の正体を確かめるために、改めて僕は 彼女である白谷さんの容姿を見つめる。
……顔立ちの整った、美人で可愛い女性。
茶髪の、鎖骨まで伸びているオシャレなミディアムヘアーに、少し大きめの胸。
ラフな格好で、ミニスカートからは美脚がのぞいている。
今のは、あくまで客観的評価というやつである。
では主観は? というと…
明らかに、僕の苦手なタイプだった。
僕は、記憶は失ってても、自分にしみついてる嗜好的なものは、なんとなく分かる。
だからこそ言わせてもらうが、僕のタイプではない。
こういう見た目の女は、歓楽街とかで体を売ってそうなイメージがあった。極論と言われようが、それが僕の抱く感性。
逆に
僕の理想の女性というのは……
長い黒髪のお淑やかで清楚な大和撫子……
だからこそ思った。
現実が…理想と乖離しすぎている…と。
まるで夢のよう……で……
「キミは本当に彼女なのか?」
気づけば、僕はそう疑問を投げかけていた。
「…急にどうしたの?」
「だってキミは、僕のタイプの女性からは…明らかにかけ離れている」
僕は正直に言うことにした。
「……どういうふうに、かけ離れてるの?」
「どうも何も、見た目的に…体を売ってそうに見え――」
直後、やばいと思った。さすがに今のは、正直に言い過ぎた。白谷さんも呆然としている。
こういうのは、彼女とか彼女でないとか関係なく、人に対して放ってよい言葉ではない!!!
「ご、ごめん!! 今のは、ち、違――」
あわてて取り繕うとした、その矢先のことだった。
「ふ…ふふ……」と、おかしそうに笑う白谷さんの姿。
予想外すぎる反応だった。てっきり、不機嫌な表情をされるか、それか、怒られるとばかり…
「…なんていうかさ。ひどすぎて、逆に笑っちゃった」
「あ、そういう…」
感情を通り越して…ってやつだろうか?
「…えっとね。謙吾くんの好みの女性じゃないってのは、分かったよ。でも、それでもあたしは…謙吾くんの彼女なんだよ」
僕に…微笑んでくれる白谷さん。
…罪悪感でどうにかなりそうになった。こんな、ひどい言動をした僕を、許してくれるばかりか…優しく…接してくれる。
…正直、どういう経緯で付き合うことになったのかは、さっぱりだ。でも、白谷さんはちゃんとした彼女なんだ。僕は、そう信じることにした。
「あ、そうだ。何か聞いてみたいこととか……ある?」
「聞いてみたい…こと…」
……今のは。情報を知ることで、少しでも記憶喪失の不安がぬぐえたらという、白谷さんなりの配慮ってやつなのかも。
「…じゃあ、白谷さんの年齢を…」
発言してから後悔した。またしても僕は、失礼なことを言ってしまった…。デリカシーがなさすぎなのかもしれない。
そんな僕に、気遣うように白谷さんは言う。
「別に、女性に年齢聞くなんて…とか言わないから安心して?」
「そ、そう…?」
「だって、謙吾くん記憶喪失だから。大目に見てあげる」
そして一息置いて、彼女は言った。
「えっとね、23歳だよ」
…23歳。確かに、そう言われれば納得はする。20代前半くらいの大人の女性感はあったから。…でも、別に女子高生とか言われても、それはそれで違和感はない見た目って感じではある。
「そっか。……あ、そういえば、僕は……」
何歳なんだろうか? そう思ってると、「謙吾くん。これ…」と、彼女が何かを渡してくれる。
坂島謙吾と書かれた運転免許証だ。生年月日も、記載してあって。……今年が何年かは不思議と覚えていたこともあり、そこから逆算し、26歳であると分かる。
「少しは、安心した?」
「まぁ、そうだな」
確かに、年齢が分かるだけでも、だいぶ心は軽くなった。少なくとも、当初抱いてたほどの漠然とした感覚は、なくなった、ような気はする。
「…じゃあ、落ち着いたところで。あたしのこと…
「え…?」
「だって、さっきから謙吾くんさ。白谷さん呼びになってるから…」
「あ…そっか」
そういえば、名字で呼んでたな。初対面な感覚がしたから、つい名字呼びをしてしまってたけど、それは僕が記憶喪失だから。目の前の白谷さんとは、本当は初対面なんかじゃないんだよな…。
…下の名前を呼ぶくらい、仲が進展してたんだなと分かった。いや、進展も何も、恋人だったのだから当たり前ではあるのか…?
「じゃあ…早紀。これでいい?」
「うん! なんか以前の関係に戻ったみたい♪」
笑みを見せてくれる早紀。…彼女の喜ぶ姿というのは、悪い気はしないな。
…そうして、僕の心理にも余裕が出てきたからか。ふと、周りの景色が視界に映った。
…小棚の上にお皿が載ってる。そこに、先ほど早紀が持ってきたリンゴとナイフが、置かれていて。
…ナイフが。室内の明かりに照らされ、鈍く光が反射してたのが、印象的だった。
その後。身体に異常はないということで、僕はすぐ翌日に、なんと退院することになった。気絶するくらい頭を強く打ったことを考えると、運がいいと僕は思う。
「謙吾くん、これからどうするの?」
家についてきてくれた早紀が、そう尋ねてくる。
僕は、「とりあえず、お金を稼がないとだけど…」と答える。
そういえば、僕はどこか会社にでも勤めているのだろうか?
そんな疑問を抱いてると、早紀が…勢いよく口を開いた。
「じゃあ、さっそく Vtuber(ブイチューバー)やってみようよ!!」
予想外の展開に、僕は驚く。
「ブイ……何だって??」
「Vtuber。ネット動画配信者の、新しい形だよ」
早紀によると。Vtuber(ブイチューバー)というのは、自分の姿をアニメキャラ的な…絵にして画面上に映し出して、配信をする人のことを指すらしい。
「実際に見てもらったほうが早いかな」
早紀はスマホを取り出し、動画サイトにアクセスし……チャンネル登録者の多いVtuberの動画を開く。何やら、雑談配信のようだった。
「へー…キャラが笑ったりするんだな」
「これね。実際に、中の人が笑ってるんだよ」
「え……自分の動きがキャラクターに反映されてるってこと??」
「そうそう」
なんと、そんな技術があるらしい。
…webカメラが、その人の表情や動きを読み取って、画面上に反映させてるということなのだろうか。
そして早紀から、お金を稼ぐ方法を……教わっていく。例えば広告収入とか、スーパーチャット(投げ銭)とか、キャラクターグッズ販売とか……
「…なぁ。一つ思ったんだけど」
「何?」
僕は…率直に抱いた感想を吐き出していく。
「こういうのって、よほど人気にならないと、生計を立てていくのは難しいんじゃないか??」
とてもではないが、僕のような素人が簡単にできることとも思えない。
「まぁ確かに、難しくはあるけどさ」
「…そもそも、何でVtuberなの??」
それが最大の疑問だった。お金を稼ぐ方法というのは…世の中にいろんなものがあるのだろうが、その中で、敢えてVtuberを提示してきたのは何か理由でもあるのか?
「だって謙吾くん… Vtuber、凄くやりたがってたし…」
……何を言われたのか分からず、反応が遅れた。
「…僕が…やりたがってた…?」
「うん。それで、生計立てていくんだ!って」
「…ちょっと待ってくれ。僕が言ってたの?」
「そだよ。記憶を失う前の謙吾くんは…確かに」
……マジか。…驚きしかないんだが。そんなにVtuberというものに、熱意を見出していたのか、僕は…?
だが、彼女である早紀が嘘をつくとも思えない。だから僕は…本当のことであると受け入れることにした。
「そうそう。個人情報は、出しまくったほうがいいよ」
「…え…」
突然 背後から殴られたような感覚がした
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