8-3
永遠に布団の中で、いやベッドの中でいられるわけがない。
そこでしぶしぶ買い物へと向かうことにした。買い物に出かけなくちゃいけないのだ。なんせ平日は仕事、仕事で色々な物を買う余裕がないから。
そこでまずは百貨店へと向かう。百貨店の中で、私にとって大事なのは書店。そういうこともあって、書店にさっさといくのだった。
えっと買いたい本はいっぱいあるので、何冊か手に取る。その中に『恋文の技術』という本がある。実はこの本の作者が、奈良県生駒市出身なのだ。そこで生駒市にゆかりがある私が、絶対読むしかない。
買った本をリュックにいれてから、エスカレーターへと向かう。さーてどこに行こうかな? 無印良品でレトルトのカレーを買おうかな、それともドラッグストアで栄養ドリンクを買おうか?
そういえば喪中ハガキを買わなくちゃいけないかもしれない。だって母の姑は、私の2親等の親戚だから、スルーするのは問題のはず。本当は父方の親戚、すなわち母の舅や母の小姑とは絶縁したし、実質無関係なもんだ。でも一応母の親戚ではあるのだし、年賀状じゃなくて喪中ハガキを出さなくちゃいけない。
というわけで百貨店近くの文具店へと行く。その文具店は『いなもり』というお店で、生駒駅近くに昔からある。
そのお店で喪中ハガキを買う。こういう個人のお店だった、他とは違うオリジナリティあふれる喪中ハガキがあるのだろうか? 分からないままに、白い百合っぽい花が書かれた紫の喪中ハガキを買う。
母の姑の葬式や、母の姑のお墓参り、私は何もしてない。そこで実はまだ母の姑が亡くなったという意識がない。ぶっちゃけまだどこかで、母の姑が生きているのではないかって思う。
母の舅は倫理研究会だったっけ、違うかったっけ、そういう『倫理』に関する活動をするような怪しい会に関わりがあるらしい。なんかその会において母の舅は偉い人だったらしいけど、私にはそんなの関係ない。
その怪しい会は家族を大切にしようとする考えらしいけど、母の舅は家族を責めること以外しない。まあ家族が大事とはほざく老人が大事なのは、基本的に自分が偉くいられる立場って決まっているから、しゃーないけど。
今の世の中、何よりも仕事が大事とされる。
そこで母の姑の死を悼むよりも、仕事をする方が大事なのは当たり前。例えロボットのように言われたことをただするだけで、無給の時間にも業務に関することをするのが当たり前でも、仕事の方が親戚よりも大事なのは当たり前。
本当は人として生きるよりも、ロボットととして生きる方がいい。人としての考えや望みなんて、仕事をしている上で必要ないから。
どこにも心理的安全と言われるような場所がないから、淡々と現実を消費するしかない。
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