無能貴族に転生、赤子で捨てられ始まった魔王譚〜美女悪魔に育てられ、いつしか剣術・魔術を扱う学園最強の一角として成り上がっていた！？〜

第1話 俺、転生する！

　始まりにしては、少々刺激の強い出来事になるのだが、俺は二十歳の誕生日に過労死した。

　後悔があるのだとすれば、俺の両親は幼い頃に亡くなり、児童養護施設で育ったことだろう。

　だから家族の愛情というもの知らないで育ってきた。子供から大人になるにつれ親のいる子供を見かけるたびに羨ましくて仕方がなかった。

　そんな後悔の念を抱いたまま、俺の人生は唐突に終わりを迎えたのだ。

　でも過労死って自分でも笑えてくる。

　大学に通い、学費や生活費を稼ぐため、そこがブラックだとも知らずに求人に応募した。で、いざアルバイトが始まると休みなしのフルタイム労働。

　平日は朝から夕方まで大学の講義、おまけにその夕方から深夜にかけてはアルバイトだ。

　さらに店長からは「クビが嫌なら死ぬ気で働け」と言われれば、生活費を賄っている以上そうせざるを得ないのも事実だ。

　そういう生活をしていると食欲も湧かない、風呂に入んのもめんどくさい。

　唯一の癒やしは、アニメやゲームをして眠ること、ただそれだけだ。

　で、気づいたらぽっくりと逝ったわけだ。

「ばぶぶ、ばぶばぶ！？」

　何だよ！　この状況！？

　そう声を出そうとしたが、どうしても赤ちゃん言葉に変換されてしまう。なにせ今の俺はどこぞの赤ん坊に転生したからだ。

　飲み込みが早いって？　そりゃアニメやマンガではよくある展開なので見慣れているだけの話だ。

　まあ、それを今自分が経験してるって思うとものすごく新鮮ではあるが。

　周囲を見渡す限り、広々としたこの空間は俺の住んでいた家賃五万ちょっとのアパートではないのは確かだ。

　転生しちゃったから当たり前だけど。

　アパートではカーテンを常日頃から閉め切っているから、そもそも光が差し込むこともなかった。それに大学とアルバイトで忙しかったのもあってまともに掃除すらしてない。よって散らかり状態なのだ。

　友人を招こうにも、人には見せられないレベルだ。

　なのにここは掃除も行き届いてる感があるし、何よりも明るくて気分がいい。

　でもこの無駄に広い部屋はもしかして――俺、貴族に転生しちゃいました、的な何かか？

　だとしたらバッドエンドとかあったりして……正直もうこりごりなんだが。

　命削ってまで何かしたりするの。

「では、息子をお願いね」

「承知しました」

　部屋に入ってきた若い女性と老けた爺さん。

　若い女性が俺を抱えると、感想としてはものすごくいい匂いがした。

　身体は子供でも精神年齢は成人になったばかり。

　だからこそ意識してしまう。

　さっきから当たる柔らかな胸の感触を。

　それによく見るとこの女性めっちゃ美人じゃん！

　北国のような色白い肌。それに相まって茶色い髪がすごく似合ってる。

　エクセレント！！

　こんな美人さんの子供なら転生ってのもアリだな、なんて喜んでいると、

「では奥さま、能力鑑定を執り行わせていただきます」

「大丈夫よ、怖くないからね」

　そして爺さんが能力鑑定なるものを始めた。

　俺の胸元に手を当て、暖かな光が身体中に流れ込んでくる。それはとても心地いいもので、マッサージしてもらったあとに身体がポカポカするあの感覚だ。

「奥さま能力が……」

「もしかしてすごい能力でも！」

　おお、まさか俺はこの世界でたった一人の勇者！？

　それとも魔法をぶっ放す大賢者？

　はたまた身体能力がヤバいほど高い武闘家？

　もう何でもいい。人生、楽に過ごせるなら。

　クッソ忙しい日々を過ごしてきた俺には癒やし成分が全然足りないのだ。それを補うにはこの美人ママさんと異世界で楽に生きていける能力が必要不可欠。

　神様、本当にお願いします。

　俺は前世、未だ童貞すら捨てられず、クソ真面目に大学に通い、アルバイトをしてきました。あんの仕事ばかり押し付けてくる化け物店長の命令も素直に聞いて徳を積んだつもりです。

　唯一優しかった後輩の女の子と笑って泣いて過ごした日々。

　それだけが俺の支えでした。

　ああ、楽しかったな。

　もうちょっと長生きしてたら、あの子と付き合えたりとかできたかもしれないのに。

「落ち着いて聞いてください。……無能力です」

「え？　今なんと？」

　鑑定結果に驚きを隠せない美人ママ。

　信じられない、とでも思っているのか唖然とした態度で立ち呆けている。

「無能、いえ失礼。無能力のようです」

「あ、あなたわたくしの可愛い息子を無能ですって。恥を知りなさい」

「申し訳ございません。こ、これは言葉のあやでして」

「すぐさまこの者を屋敷から連れ出しなさい」

「その前に支払いを！」

「あなたのようなジジイに渡す金などありません！　愛する息子をバカにした罪、償ってもらっても構いませんのよ」

　綺麗な顔立ちをして怒ると恐いタイプだ……。

　でもそんなに怒るとシワが増えますよ、美人ママ。

　しかし俺は無能力だったのか。

　てっきり貴族みたいな金持ちに転生し、美人なママがいて、勝ち組なんじゃねと思ったけど、まさかここで期待を裏切ってくるとは……。

　やっぱ世の中そう上手く行かないな。というより上げて上げて落とすって三段落ちじゃねぇか！

　はは、ほんと神様も笑いのセンスがおありのようで。まあ、存在するかすらわかんないけど。

　何か色々考え事してたらお腹が空いてきた。

　今の俺は赤ん坊だから母乳を飲ませてもらうしか方法がない。

　確か泣いたらいいんだよな、こういう時って。

「ぐすっぐすっ、うえええええん！」

「あらあら、ウンチしちゃったのかしら？」

　おかしい、違う意味で捉えている。

　この状況だと俺の息子が赤裸々にされてしまう。それもまだ名前も知らない――今は母親代わりってことだけはわかってるけど、実質見ず知らずの女性にあれを間近で観察されてしまうのだ。

　どうやってこの状況を覆す……？

　その時、バンッと扉を蹴破って入ってきたのは、渋い感じのおじさん。

顎鬚（あごひげ）を生やし、目は鋭くいかにも裏組織に属しているかのような顔立ち。その割には貴族らしい格好をしているのだ。

　本当に異世界ってアニメやマンガそのまんま。

　これには正直驚いた。

「フィアこれは一体どういうことなのだ！？」

　美人ママの名前はフィアというのか。

　しっかり覚えておかないと。

「あなたごめんなさい。この子は……」

「やはりお前と婚姻したのが間違いだった」

「そ、そんな……でも見てください。この子ちょっとのことでは泣かないのですよ。これから立派に育ててあげればいつか――」

　だって俺の精神年齢とっくに成人だし。

　でも、こんなに美人ママが俺のこと思ってくれてるとか泣けてくる。母は誰よりも子を愛するってよく言うけど、あながち間違いじゃないのかもしれない。

　しかしフィアがどれだけこのおじさんに言おうと、まったく聞き耳すらもたないこの状況は一体何だ？

　俺だって頑張れば案外この世界を生き延びることぐらいは……。

　ほら転生した主人公が後々何等かの能力に目覚めて俺最強ざまぁしますみたいなよくある展開が起きるとか。可能性はゼロじゃない。　

「いつになるというのだ。無能力な息子がいる時点で我が家には汚名。今すぐ殺すなり、魔物の餌にするなり――」

「ですが、この子はわたくしがお腹を痛めて産んだ子です。そんなことできるわけが」

「だったらこの場で我が首を落とす」

　へっ？　マジかよ？　そういう展開になんの！？

　普通、汚名やなんだかんだ言うなら育児放棄しましたって捨てるもんじゃないの？

　殺すってさすがにやり過ぎでしょ？

「おやめください父上。不肖な弟はわたしが処分して参ります」

「おお！　我が愛娘、セレシアよ！　こんなにも立派に成長して」

　なぜか俺との対応が全然違う。

　でも俺のこと弟って言ったってことは、一応姉にあたる関係性みたいだ。それに顔つきは、そこのおじさん譲りで美貌は母親譲りってところか。

　騎士らしく鎧を身に着けている、それにおじさんに対する堂々とした態度――姉は間違いなくできる女だ。と自分勝手に評価をしてみたのはいいものの、問題は明らかに俺自身だ。

　転生してすぐに殺されるってほんと洒落にならない。

　俺の人生どんだけお先真っ暗なんだよって叫びたくもなってくる。

「うぎゃあああああ！」

　声を出したらこの通り。

　これじゃ会話すら成立しない。だいぶ精神にくるな。自分の考えが一切相手に伝わらないんだから。

「愛娘よ、このうるさいガキをさっさと処分するのだ」

「はい、では行って参ります」

　俺はセレシアに抱えられ、もたろん抵抗もままならない。強制的に部屋からおさらばすることになったのだ。

　部屋を出る前、フィアは膝から崩れ落ち、俺を見つめては号泣していた。そんな姿を見てしまうとこっちまで心が痛くなってくる。

　出会ってわずかな時間、それでもフィアはれっきとした俺の母親だったのだ。

　そうやって別れを惜しんでいると、セレシアが独りでに語り出した。

「父上を絶対に許しません。母上を泣かせたうえ、大切な弟までも奪おうとするとは。でも今のわたしには何の力もない」

　セレシアは家族思いのいい子だな。

　フィアをいかに大切にしているか、今の発言でよくわかった気がする。

　弟である俺を大切だって言ってくれるのも、そんな大切な母親から産まれたからだろう。

　屋敷を出ると、毛並が整った茶色い馬がいた。

　その馬に跨ったセレシアは、ギュッとたずなを握った。すると馬は走り出す。

　向かった先は、屋敷からは数十分ほどの場所――深い深い森の中だった。獣のうめき声、鳥の囀り、葉が揺らぐ音、色んな音が耳に入ってくるこの場所に俺は捨てられた。

　太陽に照らされ、眩い光を放つ神秘的な大樹の元に。

　だけど最後にセレシアが別れる前に言っていた。

「ここなら魔獣に襲われる心配はないから。きっと誰かが助けてくれるはず」と。

　しかし、そんな不確定要素な言葉とはいえ、今は希望を抱くしかなかった。

『誰かが助けてくれるはず』その言葉を信じて。

　セレシアは立ち去り、俺は辺りを見渡した。

　大樹の周りには透き通った水が流れている。

　喉が渇いた。

　けど、今の身体じゃ歩くことすらできない。まだ首も座っていない状態だからだ。柔らかな布に包まれたままでなす術もない。

　だから俺はひとまず眠りに就いた。

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こんにちは、作者の冬ノゆきねと言います

今回、姉弟系異世界ファンタジーに初挑戦させていただきました！　

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