第10話 花火

~龍海の客間~

「・・・」

龍緑は目の前の光景に圧倒されていた。

大きな音とともに夜空に光の花が咲いては消えていく 火薬の匂いがするが、火薬からこんな美しい光の花ができるはずがない。

一体どうやって?

人族の作るものは全く仕組みが分からない。

賢い妻に尋ねようとしたが、隣の妻は目に涙を浮かべて花火に見入っている。

龍緑は、花火が終わるまで、妻の隣で黙って一緒に花火を見ていた。


「父上、お邪魔しました。」

「お義父様、ありがとうございました。花火の特等席でした。」

「ははは!気に入ってもらえたなら良かった!じゃあまた明日」

花火が終わり、父に見送られて、龍緑は妻子を連れて父の客間から出てきたのだが、


「ん?空歩くうほはどうした?」


廊下には龍緑の執事しかいない。 父のトンビの執事が見当たらない。

「ああ、空歩には周囲の見回りを頼んだんだ。心配いらない。」

父にそう言われて、龍緑は妻子を連れて客間に戻ったのだが、翌朝、大騒ぎになった。



~マムシ族本家~

「そ、そんなバカな!?」

マムシの族長は悲鳴をあげた。


3日前、鹿領の宿で紫竜族長の筆頭補佐官である龍海の執事が死体で見つかったという。

執事のトンビにはマムシの獣人に巻き付かれ、その噛み跡が残っていると知らされたが、紫竜の執事に危害を加えるバカはマムシ族にはいない。

そう思って、トンビの死体を、紫竜のフクロウの医者と、マムシ族の医者と共同で解剖したのだが・・・


「し、信じられませんが、紫竜の執事の死因は、マムシ毒で間違いございません。く、首元の噛み傷も、マムシ族によるもののようで・・・」


そう言うマムシの医者は真っ青だ。

「そんなバカなことがあるか!」

マムシの族長は信じられない。

紫竜の執事を殺すなんて賠償問題では済まないかもしれない。

ましてや、殺されたトンビの執事の主は紫竜族長の右腕だ。

あの若い族長の逆鱗に触れようものなら・・・考えただけでも恐ろしい。


「だ、誰が?」

「そ、それがトンビ執事が殺された現場のすぐ近くの鹿の宿にマムシ族の商人たちが泊まっておりました。」

族長の側近が説明を始めた。


「そいつらの仕業か?」


「落ち着いてください、族長。その商人たちは全員、トンビの死体が見つかった朝に、客間で死んでいました。部屋の中には毒の入った瓶が転がっており、おそらく自殺かと・・・」


「はあ?毒?自殺だと?なんでそんなことを?」

マムシ族長は意味が分からないが、

「自殺の動機は分かりかねますが、その、もし、万一、何らかの理由で、マムシの商人たちが紫竜の執事を殺していたら、その・・・」

ためらいがちに話す側近の言葉にマムシの族長はもう言葉が出ない。


「わ、儂と家族の命だけで紫竜は許してくれるだろうか?」


マムシの族長がそう呟いた時だった。

別の側近のマムシが部屋に駆け込んでいた。

「ぞ、族長!り、竜波様と龍兎様が至急お会いしたいとたった今本家に!」

「もう?」

マムシの族長は死を覚悟した。



~マムシ族本家 応接室~

「失礼します。」

竜波は龍兎とともに、マムシ族長の側近に案内された部屋に入った。

部屋ではすでにマムシ族長が・・・床に土下座している。

竜波にとっては想定内だが、隣の龍兎は明らかに困った顔になったので、竜波は肘で小突いておいた。


「マムシ族長殿、とりあえず我らの話の間は椅子に座って下さいませ。我らは紫竜族長の代理で話をしに参りましたの。マムシ族長の首を頂きにきた訳ではありませんのよ。我らは。」


竜波はにこりと笑いながらマムシ族長に語りかける。

「実はですね。龍海様の執事の死体が発見された朝に、マムシの商人たちも客間で死んでおりましたが、その前夜、マムシの商人たちと取引をしたタンチョウの商人たちが行方不明になっているそうです。マムシたちから購入した獣人の奴隷たちとともに。」

「はい!?」

マムシの族長は驚いている。

「奴隷商人の殺害、奴隷の失踪は、解放軍という人族の仕業である可能性がございます。その解放軍に協力しているマムシ族に心当たりはございませんか?」

「は?解放軍?人族?」

マムシ族長は今度は困惑した顔になる。

「解放軍に参加していたという元奴隷マムシ2匹は、確か紫竜の龍算様と龍景様に発見されたとお伺いしておりますが・・・」

「ええ、その2匹は今回の執事殺害には無関係ですわ。」

竜波は断言した。

「それ以外となりますと・・・申し訳ございませんが、マムシの奴隷全てを把握している訳では・・・」

マムシ族長は困った。


もしも執事殺害がマムシ族ではなく、マムシの奴隷なり人族の解放軍の仕業というなら願ったり叶ったりだが、さすがに解放軍に参加しているマムシ族に心当たりなんてない。


「困りましたわねぇ。マムシ族長に心当たりがないとなると、やはり今回の執事殺害は、死んだマムシ商人たちの仕業ということになるのかしら?」

そう言う竜波様はなんとも凶悪な笑みを浮かべている。その隣の龍兎様は無表情だ。

これはこれで怖い。


「あ!いや!お待ち下さい!マムシ族の総力をあげて解放軍を探しますので、少しだけ!少しだけ!お時間を下さいませ!」


マムシ族長は慌てて、再び床に土下座した。

「そうですか。我らとしてもマムシ族とは良い関係で居たいのです。一週間だけお時間を差し上げますわ。」

「ありがとうございます!」


マムシ族長の命をかけた調査が始まった。

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