【圭】執着

 都内某所。圭たちはまたしてもマッドグリーンにしてやられた。



「しかし、今度の被害者は二人か……」氷室先輩がため息をつく。



 そう、圭の両親のように、今回の被害者は二人だった。



「今回の被害者は50代の夫婦。秋葉あきばわたるさんと優子ゆうこさん、と」先輩はメモをとりながら、つぶやく。



「それに加えて、旦那さんは盲目だったそうですね。おそらく、マッドグリーンが忍び寄るのも気づかずにやられたんでしょうね」犯行場面を想像する。やはり、卑劣な奴だ。


 

 死体は変わった状態だった。男性の上に女性が倒れている。それぞれの胸には鋭利なナイフ。でも、このナイフから足がつくことはないだろう。マッドグリーンもそこまで馬鹿ではない。問題は奴の残した文章だ。



「で、今回の文章は……やはり詩だな。それも中原中也の」氷室先輩がすぐに答えを導き出す。圭も前の事件以降、詩集を読み込んでいたが、さっぱり分からなかった。




「いきなり私の上にうつして、それで私を殺してしまつてもいい。すれば私は心地よく、うねうねの暝土よみぢみちを昇りゆく」氷室先輩が読み上げる。



 前の詩より、不気味で不吉だ。「殺して」なんて部分が特に。



「これは、『盲目の秋』という詩の一節だな」氷室先輩がつぶやく。



「盲目!? それって……」圭は絶句する。



「そうだ。今回はわざわざ盲人を探して犯行に及んだ、そういうことだな」



 盲人を探した上に、詩にそって二人ともうつ伏せにしている。前の事件より手が込んでいる、そんな印象を圭は受けた。しかし、何がマッドグリーンを駆り立てているのだろうか。



 無差別殺人なら、別に盲人を探す必要はない。マザー・グースの事件、そして前回の事件と比べてもこだわりというか、執着がものすごい。もし、次の事件が起きるとすれば――起きないことを願うけれど――きっとより詩にそった殺し方に違いない。



「おい、圭。ぼさっとするな。今回は娘さんという関係者がいるんだ。前回よりは収穫を期待できる」



 そうだといいけれど。怨恨えんこんによる事件ではないし、人間関係からマッドグリーンの人物像が浮き彫りになるのだろうか。





「どうぞ、こちらへ」一人娘であるりんさんに家へ案内された。いたるところに絵画が飾られている。風景画から人物画まで多種多様だ。



「あの、ご両親は絵が好きだったんですね」圭は素直に感想を述べた。



 世間話をしないと場が持ちそうにない。事件とは関係はないように見えるけれど、案外こういうものが事件解決のカギになることもある。まあ、沈黙が嫌いなのもあるけれど。



「それは少し違いますね。私は芸術家なんです。まあ、プロではないですけれど」



 よくよく見ると、人物画は被害者の男性をモデルにしていた。なるほど。凛さんの描く絵がよほど気にいっていたのか、額縁は絵と不釣り合いなくらいのものだった。いや、この言い方だと凛さんに失礼だ。



「単刀直入にお聞きします。事件当時はどこにいらっしゃいましたか?」と氷室先輩。



「近くにある絵画教室です。そうですね……だいたい徒歩で10分ほどでしょうか」



「そして、家に帰ったら――ご両親は亡くなっていた」



 凛さんはこくんと首を縦に振る。



「誰かともめていたとか、トラブルはありませんでしたか?」



「もめていたというか……両親はお金を貸していたんです」



 お金を貸していた! 圭は喜ぶと同時に気がついた。犯行文は緑色だった。これは犯人、警察しか知らない事実だ。ぬか喜びだった。



「ちなみに、どなたかご存知でしょうか?」



 氷室先輩の問いかけに凛さんはこう答えた。「宮本みやもとまいという女性です」と。



 宮本舞! 圭の記憶が間違っていなければ、3年前、マッドグリーンに夫を殺された女性だ! まさか、こんなことになるとは。



 どうやら同じ考えだったらしい。氷室先輩が目で合図をしてくる。圭はこう言った。

「貴重なお話、ありがとうございました。必ず犯人を捕まえてみせます!」と。

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