【刹那】恐怖
深夜。刹那は圭が交換日記に書いた内容を読み上げる。そして、「なるほどね、これは運が向いてきたな」と刹那は思った。
刹那は一睡も出来なかった。当たり前だ。両親の仇が再び現れたのだから。
いつの間にか、太陽が部屋を明るく照らし出していた。刹那はベッドからむっくりと起き上がると交換日記を読み返す。犯行予告にはこう書かれていた。「今度は私の犯行を止められるかな?」と。完全に警察をからかっている。そして、必ず捕まることはないという自信に満ち溢れている。
絶対に捕まえてみせる。だが、捕まえた後、刹那は魂の抜け殻になるのではないだろうか。生きる目的を失って。それに、マッドグリーンを目の前に刹那はどんな反応をするのか、自身でも分からない。殺すのか? それとも司法の手に委ねるのか?
答えはすぐには出ない。でも、一つの指針はある。我が家の家訓、「まっすぐでいるか、もしくはまっすぐにされるか」だ。殺人犯はまっすぐにされるべきだ。いや、マッドグリーンの場合は、まっすぐにされる前に絞首台に送られるだろう。それこそが奴に相応しい結末かもしれない。
刹那が出勤すると、西園寺警部が珍しくあたふたしていた。デスクの上には山のように積もった新聞の数々。今にも雪崩を起こしかねない。いや、すでに床に散らばっていた。
「ああ、刹那! とんでもないことになった!」そう言いながら、西園寺警部が新聞を渡してくる。一面にはこう書かれていた。「殺人狂、現る」と。
「マッドグリーンがあちこちのマスコミに犯行予告を送りつけたんだ。これは間違いなく世間を恐怖に陥れるためだ」西園寺警部は寂しい白髪をかきむしりながら言う。
「これはまずいですね。奴の狙いはパニックにさせるのと同時に、『事件が続けば警察は無能だ』と言いたいのでしょう」氷室先輩が顔をしかめる。
「そう、それも問題だ! 私は会見で質問攻めにあうに違いない!」西園寺警部はヒステリックに叫ぶ。
確か犯行予告の後半はこうだった。「愚かな警察諸君よ。今度は私の犯行を止められるかな?」と。つまり、前科があることをほのめかしている。ここも追求されるに違いない。そうなると、マザー・グース殺人事件について説明せざるを得ない。
マザー・グース殺人事件は犯人が捕まらずに迷宮入りしたのだから、世間からの批判もすごいに違いない。マッドグリーンは事件を起こす前から警察を心理的に追い詰めたいらしい。かなり厄介な相手だ。刹那は、その手際の良さには舌を巻く。いや、敵を褒めるのは良くない。
会見は散々な結果に終わった。当たり前ながら「目下のところ調査中」としか答えようがないのだが、マスコミは食い下がった。「マザー・グース殺人事件について、警察が知っている情報を開示しろ」と。仕方なく説明したが、マッドグリーンの血塗られた功績と警察の無能さが際立っただけだった。なんとか、文字が緑色だったことは伏せることが出来た。これで、模倣犯が現れることを防げる。
いつもの熱血さはどこへやら、会見を終えた警部はすっかり
「警部、これを」氷室先輩がお茶を差し出す。
「助かる。会見中は水を飲む暇もなかったからな。まったく、マスコミはすでに被害者が出たような勢いだった」西園寺警部は、ごくっと一息に飲み干す。
「まあ、マザー・グース殺人事件を止められなかったわけですから、マスコミからはそう受け取られても無理はないですね」と氷室先輩。
確かにそれもあるが、マスコミに別の思惑があったのは間違いなかった。パワハラ問題で世間から批判を浴びているテレビ会社、誤報道で追い詰められている新聞社。彼らにとって、今回の犯行予告は自分たちから目を逸らす絶好のチャンスと捉えたのだろう。とんでもない奴らだ。刹那は思わず手を握る。
会見から数日間、テレビ番組では連日犯行予告について報じられていた。犯罪心理学者を呼んでは、あれやこれやと憶測を垂れ流す。まったく、この手の話は当たった試しがないというのに。
一人の専門家はこう言った。「おそらく、今回も連続殺人でしょう。それも何かに見立てて。最初の事件が起きても、私は警察を責めるべきではないと思います。しかし、二人目の犠牲者が出たら無能と言わざるをえないでしょう」と。
ピリッとした空気が続くある日のことだった。滝沢が幽霊のように真っ青な顔で部屋に飛び込んでくる。いつものキッチリさは微塵のかけらもなかった。
「け、警部! マッドグリーンによる犯行と思われる殺人事件が起きました!」
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