始まり6


顔にかかる髪のせいで顔全体は見えないが、わかるのは、目は1つだということ。額全体を覆うほど大きな目。

彼女の姿勢は猫背気味で、その腕は髪と共に揺れている。


しばらく見つめ合っていたが、彼女はその場に立ち尽くし、動かない。

ただわたしを見据えている。


彼女の横をダッシュで通り抜けられるんじゃ。一瞬脳裏を過ったが、それを実行に移せる勇気は無い。



どうすればいい。

わたしは、どうすれば ・・・。


考えるより先に動いたのは、右手だった。

「あ、こんばんは」次にこの口。


わたしは店長か!

毎日ギリギリに出勤してきては、「あ、おはようさん」と、気怠そうに手を上げる光景が頭に浮かんだ。

ああ、今頃2人は冷えたビールを堪能してるんだろうな。こんなことなら、わたしも一緒に行けばよかった。



もちろん、彼女の反応は無い。


「あの、わたし家に帰らなければならないので。失礼します」自分で何を言っているかわからなかったが、勢いに任せて、1歩足を踏み出した。


すると彼女の大きな目が、バサっと動いた。

わたしはそれに驚き、ビクリと身体が跳ねる。

瞬き1回で、そんな音しないでしょ普通。

まあどう見ても、普通ではないんだが。


その時だった、何処からか弱い風が吹いてきて、彼女の顔にかかった髪を、一瞬持ち上げた。


わたしはそれを見逃さなかった。街灯の灯りでハッキリ見えた。

彼女には、口が無い。というか、鼻も無い。おそらく耳も。

顔に存在するのは、あの大きすぎる目だけだ。


ということは当然、喋ることも聞くことも出来ないわけで・・・。


どうしたものか —— 今まで、何かを訴えてくる"者達"はいたが、こういうタイプは初めてだ。こういうシチュエーションも。

そこに居るとわかっていても、決して目を合わさず、見て見ぬフリをしてきた。


だから、対処方法がわからない。

逃げるという選択肢以外、浮かばない。


わたしは頭の中でシミュレーションを立てた。


よーいどん!でダッシュ。出来るだけ彼女から離れながら、逃げ去る。

今日はスニーカーだし、足は決して遅いほうじゃない。



















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