第6話 互助会の実力



 パブにおける前祝を終えた三人は、マーティンの事務所へと移動した。移動中もラッセルはペラペラと話し続ける。

「所でマーティンさんと、ラッセルさんのお仕事って何なの?」

付けは要らないよ。マーティンから聞いていないの?」

「しがない何でも屋さんって言ってた」

「無口と言うか秘密主義というか、本当に何も話さないんだよね。僕たちは探偵だよ。でも護衛や今回みたいな警察からの依頼も受けるから、トラブルシューターに近いかなぁ」

 光の青年はヘラヘラ笑いながら、彼らの仕事について説明を始めた。


 通常は単独行動を行なっているが彼ら二人は、必要に応じてパートタイムでチームを組むコンビである。今回のようにザ・ヤードなどから依頼を受けたり、単独で賄い切れない大きな仕事の時は提携する。主として実行役がマーティンで、作戦立案がラッセルと言った所だろうか。

「僕はいつでも一緒に仕事をしたいんだけど彼、気難しいからねぇ」

 闇の青年に聞かせるように話しているが、彼は完璧と言って良いほどの無反応だった。ベイカー通りを横切り、蒸気パイプが這い回るレンガ壁の建物に入る。


「……!」


 扉のノブに手を掛けたマーティンは、背後の二人に目配せを行った。見れば扉に張り付けてある髪の毛が、千切れてぶら下っている。

「あれ? これって……」

 闇の青年は人差し指でチャールズの唇を押さえると、腰の日本刀の鯉口を切る。そして扉の直線上から身を隠すように指示した。気が付けば背後に居た、ラッセンの姿が消えている。そのままの状態で約一分程経過しただろうか。扉の奥からガチャリと、ガラスの割れる音が響いた。


 ギィ……


 マーティンは壁に張り付いて扉の鍵を使い、そのままの姿勢で扉を開ける。三秒数えてから玄関に突入した。慌てて後に続くチャールズ。


 プシュッ プシュッ プシュッ


 奥の部屋から蒸気銃の発射音が聞こえて来る。どうやら内部で格闘が始っているようだ。銃音の切れ目に部屋へ雪崩れ込む闇の青年。しかし何の音も続かなかった。

「チャールズ君。もう大丈夫だよ」

 陽気なラッセルの声が聞こえる。そっと壁から顔だけを出して、室内を確認した。部屋の真ん中には、三人の不審者が呻き声を上げて倒れている。


「凄い! マーティンさんが、やっつけたの?」

「……違う。コイツの仕事だ」

 闇の青年は何処から持ち出したのか分からない、手錠などを使って侵入者の拘束を行なっていた。男たちの足や腕からは血が流れている。見ればラッセルの両手には、黄金色の蒸気拳銃が二つ握られていた。どうやら奥のベランダから乗り込んで、侵入者たちを撃ち倒したらしい。

「何だか撃ち足りないなぁ。ねぇ、君たち。拘束を解いてあげるから、もう一度逃げ出してみない?」


(そうすれば、もう一度、君たちを撃てるのに)


 ヘラリと妖しく微笑む光の青年。その笑顔を見て彼の思惑を感じ取った、男たちの顔は引き攣った。

「……止めておけ。このトリガーハッピーが」


 マーティンは彼の後頭部を平手で叩くと、その両手から拳銃を奪い取る。その途端にスンッと音がして、ラッセルの表情から憑き物が落ちたように見えた。

「まぁ、いいや。それじゃあ何処から来て、何をするつもりだったのか話して貰おうかな」

 そう言って勝手気ままに事務所の、ダイヤル式受話器を手に取った。スコット警部と連絡を取る。侵入者と三人はザ・ヤードへ逆戻りする事となった。



 ザ・ヤードでの尋問は深夜に及んだ。三人に控え室として貸し出していた、いつもの取調べ室に戻ったスコットは、ウンザリした表情を隠さない。

「やっぱりザ・ヤードに内通者が居たんでしょ?」

 底抜けに明るい調子で開口一番、ラッセルが疲れた中年男に声をかけた。スコット警部は肩を落として、頭を下げた。

「誠に申し訳ない。組織の中に内通者が居た事が判明した。容疑者を捜索しているが、六時間前から連絡が取れなくなっている」

「僕たちがザ・ヤードを出た直後位だねぇ。あのパブで時間調整していたのが、効いていたみたいだ」


「え? ラッセルさん。何言っているの?」

「僕に付けは要らないよ」

 光の青年はそう言うと、ピタリと口を閉じた。何度かチャールズが話しかけるが、横を向いてツーンとしている。仕方がない。ため息を付いて口を開いた。

「どうしてそう思うの、?」

 ニヤリと笑うと説明を続ける光の青年。ボクの事は君付けなのになぁ、というクレームを完璧に無視している。


「僕がスコット警部から、資料を貰ったって言ったよね。その資料は警部の部下から貰ったんだけど、周りには何人も警官が居たんだ。そこでこれからマーティンの事務所で、作戦会議をするんだって話しておいたんだ」

「それが互助会に対する餌だったんだね。パブで時間調整してたのは?」

「そうそう。僕たちが事務所に居る時に襲われると危険でしょう? だから先に中へ入って貰って、こっちが襲う側にさせて貰ったんだ」

 確かに侵入者たちは、自分たちが待ち伏せしていると考えていただろう。そして防御よりは攻撃の方が、相手の油断も誘いやすく危険も少ないのであろう。


「……それに侵入者はウチの鍵を開けた。この錠前は、そこらのコソ泥では解錠できない。更に人数分の手錠や拘束道具を所持している。正確に俺たちの情報が互助会へ、伝わっていたという証拠だ」

 マーティンの声は低く暗い。その口調から、互助会の恐るべき実力がヒシヒシと感じられた。スコット警部は顔色を蒼白にしている。しかしラッセルはヘラヘラ笑いながら、言葉を続けた。

「そういう訳で警部。これから僕たちは没交渉にさせて貰うよ。今度会う時は切り裂きジャックをやっつけた時だ」


「本当に済まない。隠れ家セーフハウスは準備しておくから……」

 その言葉に闇の青年は、首を横に振った。

「……ザ・ヤードが管理している場所は、奴らも把握していると考えた方が良い。安全な隠れ家だと、油断している所を襲われると厄介だ」

 彼の言葉に、更に肩を落とすスコット。それでもヘラヘラ笑っている光の青年が、両手を上げて口を開いた。


「あ、でも警部。経費の前払いは多目に宜しくね」


 マーティンの舌打ちの音が、取調室に空しく響いた。

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