ヒアソビ


「花火やりたい、やろう!」


 唐突にそう彼女が声をかけたのは、べつに僕一人にだけではなかった。掃除が終わった教室に偶々残っていた男女問わずの数人が、彼女の明るい性格に連れられて、買い出しなどの役割を各々任せられていく。


「君は……私と一緒に場所探し!」


 どっか近くにいい所あったっけ、なんて。本当にただの思いつきで、これが高校生のノリなのかーって。ただのオマケ、クラスの一軍のお付きになりきって、なかなかない彼女の隣で一人勝手に熱が上がっていた。


 計画性のない妙案は、実行の途中で変更が付きもので。日が伸び続ける梅雨入り前の下校時ではまだ明るいから、と彼女の一声で結局一旦解散することになった。

 決定した集合場所は、僕の自宅から最も遠い所。みんなの最寄りを考えてばかりで、自分のことを考慮するのを忘れていた。一度帰宅してしまってからの重い腰を想像して、みんなにはバレないように遠回りして直接向かうことにする。

 どこかの部室から拝借したというバケツを引き受け、片手にぷらぷら揺らしながら一人歩く自分の姿を俯瞰してみると、何ともお似合いな滑稽さで笑えてきた。









「あれ、もう来てたんだ」


 薄暗くなりベンチで意味もなく単語帳をただ眺めていると、彼女がまず来たんだと音で知らせてくる。見慣れた夏服にスカート姿ではないのは、シルエットですぐにわかった。


「ってか、制服のままやん。いつからいたの?」

「さっきまではカフェで勉強してたんだよ」

「そのバケツと一緒に?」


 陰る表情も、いつもの大きな笑い声のおかげで容易に想像できた。適当な言葉を並べても、夕闇が恥ずかしさを隠してくれる。


「実は私、自分でも昨日買っててさ」


 袋から取り出される手持ち花火と100円ライター。


「先に二人で始めちゃわない?」


 この上なく魅力的な誘いだった。






——まさか本当に来てくれると思わなかったからさ。


——まあ、人数多いと居づらいなとは考えたけど。


——二人でならいいの?


——ノーコメントで。


——イヒヒ、いい事聞いた。


——何も言ってないよ。


——ノーコメント、ってもはや答えじゃん。あのさ、


「このまま誰も来なかったらどうする?」


 夏を先取りした煙がワイシャツに染みていく感じと、火花に照らされた彼女のしたり顔に、僕らは悪いことをしているのだと教えられた気がした。


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