ブルーバードウォッチング


「あなたにとって幸せって何ですか?」


 一年生で生徒会に入ってきた彼女は、こうして誰彼構わず定型質問をして回っていた。まるで宗教勧誘の冒頭みたいだなと思っていたら、ついに自分の番になってしまったわけで。


「ちなみに、みんなは何て?」

「ありきたりなことばかりです」


 俺も同じだよ作戦、失敗。まあ、先輩にも臆せず訊いてくるくらいだから、どうせ何らかの答えを残さないと納得してくれなかっただろう。


「とりあえず、中庭に行ってみよっか」


 他のメンバーも、みんな困っていたからな。どうにかこのかわいらしい問題を解決しないといけない。




「今日は本当にいい天気ですね。先輩の幸せって、ピクニック気分のことですか?」


 日が伸び続けているから、放課後でも空は蒼々としていた。一つのベンチに二人並んで腰掛けるこの状況を他人に勘違いされないよう、用意したセリフを急いで言い切らなければ。


「青い鳥症候群って知ってる?」

「聞いたことあるかもしれません」


 天を指差しながら、クサい話を続ける。


「幸せの象徴の青い鳥は、あんな空には溶けてしまって見えないものなんだよ」

「なるほど……遠くに探すのではなく、元々近くにあるものってことですか?」

「その通り」


 頼むからもう他人に訊いて回らないでくれよ——と、叶えてくれるわけもない宙に願ってみる。


「だから皆さん、ありきたりな答えになるんですね」

「そういうこと。これもあげるからもうお終いにしてね」

「何ですか、これ——えっ、クローバー。しかも、一、二……七ツ葉じゃないですか!」


 つくったんだよと伝えたら、想像通りの反応をしてくれて。


「幸せは自分でつくることもできるんだよ」


 初夏の疲労感を覚えながら、脳内台本は閉じられる。脇と背中に嫌な汗を感じていた。


「すごいすごい、先輩。マジリスペクトです! 明日からも一緒に幸せ感じましょ」


 ——あれ、思っていたのと違うぞ。


「え、なんて?」

「私にとっての青い鳥は、先輩とのお話だって今気付いたんです!」

「……俺の都合は」

「私と同じ帰宅部で、塾や予備校にも行ってないと聞きました」


 ダメですか?という問いに、顔が少し引き攣る。やめてくれ、そんな後輩特有のキラキラした表情で見つめるのは。

 俺を売ったのは誰か。敵もまた近くに潜んでいたということを思い知らされた。


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