放課後レース


 写真部の活動がある日の下校は、いつも一人じゃなかった。駐輪場から自分のものを引き摺り出すと、少し離れたところで待つあの子は、今日もニコニコしながらこちらを見ている。

 部内の同学年は自分とこの子の二人のみであるということ、僕ら以外が皆電車通学であることを理由に、帰りに彼女をバス停まで送るミッションが与えられていた。


「じゃ、帰ろっか」


 任務開始の合図は、彼女が告げる。お待たせ、と言うのは真の彼氏の役割だと思っていて。同級生Aだったらどう声をかけるべきか迷っているうちに、いつも先を越されてしまうから仕方ない。

 自転車を押して歩き始めてから、彼女の方が遅れて左隣に追いつく。ふわりと香る女の子の匂いと彼女に合わせるペースで、足取りも乱れてしまって情けない。


「今日もこっちの道ね」


 最近知ったのが、普段のルートは少し遠まわりだったということ。「人も車も少なくて良いね」と言ってみたら、「気にせず隣を歩けるから良いでしょ」と返されたのは、先週の金曜日だったか。週に2回、放課後だけ通ると言う道は、そりゃ特別感があって華やかにも見えるけれど。


「そっちのクラスに、カッコいい人とかいないの?」


 運動部の写真とか、全然撮ってないよね。取ってつけた理由を添えて、木偶の坊と気づかれないように着飾ってみる。


「うーん、あんまりクラスの男子とは関わりがないんだよね。なんか、マオちゃんが近寄らせないようにしてる気がする」


 視線は前カゴの粗い網模様から動かせない。それでも隣で苦笑いしながら話すのがわかるから、僕もそれに合わせて乾いた笑いを張り付かせる。


「あっ、そうだ。君の写真を撮ってみたんだよ」


 スマホでなんだけどね、と突然目の前に差し出される。バスの窓越し、自転車を漕ぐ姿だった。


「盗撮じゃん。全然カッコよくないし」

「じゃあ、今日も撮る宣言します! だから、カッコよく写ってね」


 前輪より先に飛び出し視界に入ってきた彼女は、ヒロイン以外の喩えが思い浮かばないほど、可憐に映った。




 バスがやって来たのを確認し、一言彼女に残してからフライングスタートを切る。長いストレートは、僕にとって不利だ。それでも立ち漕ぎを続け、少しでも長くカッコつけようと必死になった。

 独特なエンジン音が迫る。そう思った時にはすでに並んでいて、今日の撮影は終わりを迎えた。


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